■ 喪われた星 (DATE:2005/10/29)
歌が、聞こえる。
十字に蒼く光り輝く帆船の中で。
艦橋の最先端で。
全てを見渡す位置で。
少年はきつい瞳で前だけを見据え腕を振るった。
少年の動きに合わせ、艦船が移動していく。驚く程にゆるりと、驚く程の拙速さで。
少年の乗る船の鼻先を掠めて瞬時に駆け抜けていく光の軌跡。ほんの僅かでも操舵を誤れば少年の乗る船ごと大破させ、少年は宇宙の藻屑となるだろう。だが、少年は怯まない。口許にはうっすらと笑みすら浮かべ、声を張り上げ、歌っていた。まるで自らを励まし、そして仲間達を鼓舞するかのように。
「――大した、子だね」
「幸村?」
「あの子は、喪われた星の生き残りだ」
「たった11人の、子供達の?」
「たったの11人。1億人の中のたったの11人。けれども貴重な11人。ゼロでないという事実が、今なお語り継がれる奇跡のひとつ」
静かに語るような雪村の言葉が重々しく響いた。
人類が宇宙に居を求めてから長く時が過ぎた。居住可能な惑星への移住ばかりでなく、人工的に居住区を生み出してもいた。
それらは総称してコロニーと呼ばれた。半永久的な稼動を意図して作られていたが、中には構造的な欠陥やその他諸々の理由により人の住まなくなったコロニーも存在する。
政府の容認しない非居住区であるそのコロニーは廃棄コロニーとして扱われていた。そんな廃棄コロニーへと、集まり移り住んでいく者達も居た。居住できないとされた廃棄コロニーに許可もなく住み込む彼らは不法居住者達であった。そんな彼等の存在を政府は認めていない。
それは、宇宙の一角で起きてしまったひとつの悲劇であった。
警告はあった。が、逃げる術を持たぬ人々にとってのそれは婉曲的な嫌がらせですらある。
そこは打ち捨てられた廃棄コロニーのひとつだった。住みついていた者達は不法住居者だ。だが、そこに確かに人々が生き、暮している事は知られていた。公然の秘密という奴だったのだ。
逃げる術も持たぬひとびとは、なす術もなくその命を散らしていく。
そして最後の止めとばかりに――――核が放たれた。
誰一人救えなかったと、救援に乗り出していた義勇軍の者達は悲嘆にくれた。その中に、緊急医療が必要だった場合にすぐさま処置できるようにと、最前線まで駆けつけてきた医師・看護師・看護婦の一団を乗せた医療チームの艦船があった。彼らもまた、自分達の力の及ばぬ範囲で多数の命が失われてしまた事に涙した。
その時、僅かな可能性を捨て切れずかつてコロニーがあった宙域を索擢していたあるオペレーターが微弱な信号を受信した。
それは全宇宙に共通する救難信号であった。
知らせを受けて、医療チームは船長を脅すような真似すらして、そのポイントへと急行した。
現れたのは、ふらふらと自力航行すら敵わないような一機のシャトル。
外壁は熱で溶け、まさに死に体といった有様で、生存者の存在など信じられなかった。だが、シャトルから発信され続けている救難信号は途絶えていない。今にも消えてしまいそうなか細い通信であったが。
彼らはそのシャトルへと突進した。いまだ放射濃が色濃く満ちた空間に、被爆の危険など省みず。
そして救い出だされたしたシャトルの中には、静かに横たわるパイロットスーツが5体発見された。生存者は11名。全員が、まだ幼い少年少女達であったのだ。
1体のスーツに2名ずつ。中にはまだようやく乳離れがしたばかりの赤ん坊も居た。大人であれば1人しか入らない。1人でも多くの生存者をと、誰がこの非常かつ辛い選択をしたのか――――子供達を脱出させたのは傑出した人物であったのだろう。
救出後も子供達は泣かなかった。ただその大きな目を見開いて、救出者達の顔を見つめていた。君達は助かったをんだよ、と涙を溢れさせ、きつく抱き締める暖かな腕の中で。
子供達の手を引き、二人の人物が爆発の中を駆け抜けていた。背には走れぬ幼子を背負い、触れれば切れるような厳しい顔つきで。
よく見ればまだ彼らも大人とは言えぬ少年の域を脱していない年頃であった。
「跡部、こちらの方向で間違いないのか?」
「ああ、この先にあるポートはまだ生きているはずだ」
「確定ではないんだな」
「仕方ねぇだろ、この状況だ」
「・・・・・・そうだな。使えるシャトルが残っているといいが」
「俺達の悪運をかけあわせれば可能性はゼロにゃならねぇだろ。もう、生き残りはここにいる俺達しかいねぇ。そしてこのコロニーは直に消失する」
「――――核か」
「ったく、やりたい放題やってくれっぜ。俺たちゃモルモットかっての」
「その通りなのだろうな。俺達は『存在せぬ人間』達だ。・・・・・・・・・・着いたな」
「やったぜ手塚!シャトルは無事だ!!」
「だが、動くかどうか」
懸念を抱きながら調べた手塚と跡部であっったが結果はあまり芳しいものではなかった。けれども最悪ではない。
ちょっとした修理を施せば、飛び立つ事はできそうだった。が、飛び立たせる所までで限界だろう。飛び立った先で惰性のままに進むしかない。
「それでもここに残るよりは、可能性があるだろうよ」
「苦しみが長引くだけかもしれない」
「悲観的に考えんな。助かるんだ。それだけを考えろ。――俺は通信機の方を何とかする。救難信号ぐらいは発信できねぇとな」
「頼む」
二人は突貫工事で作業に及んだ。専門ではない彼らであったが、機械弄りは得意であった。そして彼らの頭脳はかつて帝国の研究施設から誘いをかけられた程に優秀であったのだ。それでも、時間を考えても、本来ならば到底無理の事であった。しかし彼らはやり遂げた。二人の執念がそれを可能とした。
「問題は、機密性が完全じゃねぇって事だな」
「スーツは幾つある?」
「5体」
すっぱり言い切る跡部に手塚はほんの少しだけ考えこんだ。そして真っ直ぐに跡部を見詰めて言った。
「お前が行け」
「馬鹿か」
迷いもなく手塚が言い切ったかと思えば跡部もまた迷いなくきっぱり言い返す。
「俺は、お前にだけは生き延びて欲しい」
「だからてめぇは馬鹿だってんだよ。5体しかねぇっつっただろ。成人仕様のスーツだ。詰めこみゃ2人、入るよな?」
「・・・・・・・・・・跡部」
「此処に生き残ってるのが、殆どガキばかりってのは幸いだったのかもな。時間がねぇ。さっさと選出するぞ。なるべく公平となるように男女を振り混ぜる。体の大きい奴は外す。兄弟の場合は・・・・・可哀想だがどちらか一方だけだ」
「――確かに、妥当だな」
「だろ?」
にやりと笑う跡部に、手塚も幾分強張ってはいたが笑みのようなものを返した。
「何でっ!俺がっ!」
「騒ぐな。時間がない。さっさと準備をするんだ、越前」
「何であんたはそんな冷静なんだよ!跡部さんもっ!」
「ああ?てめぇは助かるんだぜ?ま、救助されればだが。何が不満だってぇんだ?」
「全部だよっ!何であんた達が残るんだ!生き残るんならあんた達こそが・・・・っ!!」
「俺達の体は成人と変わらない。1人より2人、だ」
「・・・・・・・・ま、そーいうこったな」
「だけど・・・・・・っ」
「うるせぇ。四の五の抜かすな。俺達の残りの人生てめぇにくれてやるんだ。有難がって生き延びやがれ」
「・・・・・・跡部。お前はどんな時でも高圧的だな」
「俺、俺は・・・・っ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
滅多に感情を荒立てる事のない年下の友人が顔を真っ赤に紅潮させ、涙混じりに訴える姿は跡部や手塚にすら胸に詰まるものがあった。しかし、ここで別れを惜しんでいる時間など残っていない。
「――越前。てめぇは、生きるんだ。チビで良かったな。それが生存確率を上げたんだぜ?」
「・・・・・・ずるいっスよ、そんな顔・・・・」
膝を曲げて屈みこむようにして、跡部はリョーマに微笑みかけた。それは滅多に跡部が浮かべる事のない、相手を慈しむような優しい表情であった。
「越前。俺達の未来をお前に託す。この星は、お前達が生きている限り・・・・喪われる事はない」
「・・・・・・・部長・・・・・」
託されたものは大きすぎて、重すぎた。けれどもリョーマは溢れ出た涙をぐいと乱暴に腕でぬぐい、きっと睨みつけるような表情を浮かべ、頷いた。
Wパロ。「ペリペティアの福音」