■ 二度目の夏 (DATE:2005/10/18)
「生徒会長となったそうだな」
「――はい」
祖父の言葉に跡部は静に頷いた。重々しい空気が立ち込めている。
厳格な表情は柔らぎのかけらすら見えない。
「ふっ。はっはっは」
「・・・・・・・・・・」 この祖父が笑みを浮かべた所というものを跡部は今までに見た事がなかった。ましてや声をあげて笑うなど想像ですら範疇外。
「お祖父さま?」
「ふふふ。愉快よの。さすがは跡部の跡取りだ。黙っていても頭角を表す。テニスの方でも部長を勤めているのであろう?」
「はい。どちらも推薦ですが」
「自ら立つ気はなかったと?」
「やりたい者が居るなら任せるつもりでしたよ。学生時ぐらい縁の下を体験してみるのも一つの経験と思っておりましたが」
「ふむ。その志は悪くはないが、跡部の者は常にトップに立っておらねばならん」
「はい」
「学業と部の活動。共に配下を背負い率いていくのは重荷か?」
「いえ。どうという事はありません」
実際跡部はそれを負担と感じてはいない。
「そうでなくてはな。生徒会を率い、一年火種一つ逃さず統治しろ」
「当然です」
「大きな大会があったか?」
「各地の強者達を集めた勝ち抜き戦による全国大会があります」
「出るのだな?」
「無論です」
「お前一人が優秀であっても一人きりでは適わぬだろう」
「氷帝学園テニス部は優秀です」
「二百名の部員だったな」
「はい」
「それを率いて全国とやらに出れると?」
「出ます」
「ふむ。よかろう。学生の間は自由にさせてやろう」
「お祖父さま・・?」
「高等部では家業に集中するように父に言われただろう」
「――説得中です」
「わしからの誕生日プレゼントという事ででどうだ?」
「・・・・有り難う、ございます」
複雑な思いを抑え、静かに頭を下げた。
制限付きの、限られた時間の中での自由。
それでもこれは破格の扱いだ。幼い頃より責務を自覚させられて来た。責任を放るつもりはない。例え押しつけられたものだとしてもー望まぬものだとしても自分を作りあげてきたのはここだ。
自由に、思う存分テニスができる現在はとても貴重な日々である。部長としての責務もある。会長に信任され自由な時間は減るには減った。それでも、だ。 祖父は厳しい人物だ。例え孫相手とても甘くはない。条件を満たせねば問答無用でテニスから引き離されるだろう。
強い奴等と戦いたい。
あいつらと勝利を味わいたい。
最後の夏。
全国への切符は指の隙間をすり抜けていった。
あっけねぇもんだなと、自暴自棄となるわけでもなく、何故か気分はさばさばしていた。敗北=引退と繋がる氷帝テニス部の通例。部の方にはあれ以来顔を出していない。
そんな跡部のもとへ、関東大会での敗北から数日経て、忍足が神妙な面をして詫びを入れてきた。
「俺に謝る事じゃねぇだろ」
「跡部に負けは似合わへん」
「当然だな」
「俺達が引き摺り落とした」
「・・・・青学に負けたのは俺の責任だ。やつらを読み切れなかった俺様のな」
「はああ〜不完全燃焼や〜来年は見とれよ〜」
「ようやく本気を出したか。遅ぇんだよ、てめぇは」
「これから先は本気モードや。見とってな?」
「――ああ」
跡部は薄い笑みを浮かべる。見ていてやるさ、との言葉は飲み込んで。
檻に入る覚悟は決めた。
それでも燻るテニスへの想いは強い。決勝で見た試合の熱が体内に巣食って籠もる。結局ラケットを握り振っていた。
対峙できる事はないだろう仮想敵を視線の先に睨みつけながら、渾身の力を込めて振り下ろす。そんな折、監督から入った知らせ。
開催地枠。
選定。
「―――はっ、ははっ!!」
笑いが込み上げてくる。止まらない。腹の底から、こみ上げてくる。
これは自尊心を捨てる事になるのか?それでもつかみ取りたいというこの欲は愚かか?あいつらは乗ってくるか?与えられたチャンスに。
「氷帝氷帝っ!」
「跡部っ跡部っっ!!」
歓声と叫び。
期待に満ちた無数の目。
そーかよ。
てめぇらは見たいんだな?
―――だったら悩むまでもねぇか。
棚ぼた上等。
嘲りなんざ、捻じ伏せてやるよ。