■ dustbin ■
 
CLOSE / BACK
■ trickster       (DATE:2005/10/17) 
 
 
 鏡に写る姿を眺める。
 自信に満ち溢れ迷いを知らぬ蒼灰色の瞳。これが跡部景吾だ。日本人の中では異彩を放つ異種の瞳。薄い褐色の膜をつければ、ありふれた色彩となった。
 黄色みがかった肌合いの中で浮かび上がる白い肌。薄く色を乗せていく。やがて褐色の健康的な色合い肌を持つ若者が出現した。
 光を弾く金茶の髪の上に黒い髪の鬘を被る。特徴的に過ぎる目許の黒子は肌を覆ったドーランを用いて消し込んだ。チープに過ぎず、けれども高価ではない綿のシャツとラフなスタイルの細身のジーンズがひき締まった足をすらりと覆う。
 背筋をぴんと延ばした姿勢のよい立ち姿はモデルのように絵になると、追従ばかりでない褒め言葉を思い出し、幾分猫背気味に背を丸めた姿勢を取った。
 もう一度鏡を見返しじっと己の姿を確認する。印象はだいぶ変わってはいるが整い過ぎた顔のパーツは表情ぐらいで崩せるものでもない。へらりと崩れた千石の顔。柔和に目を細めた不二の顔。――無理ではないが余計な力が肩に入りそうだ。それならば、と最も簡単なアイテムである眼鏡をもって目許を覆う事とした。麻のジャケットを羽織り気怠げな足取りで部屋から足を踏み出す寸前、意識を切り換える。
 どのような格好をしていても、いかなる場所においても、跡部を跡部として知らしめる周囲を圧倒するオーラを払拭する。
 パタンと閉じられた扉の向こうで跡部景吾が消えた。
 
 
「こちらです!」
「どうも。遅くなりまして」
「いえ。こちらの急な依頼です。――お若いんですね」
「若すぎて信用なりませんか?」
「いえ。そんな事は。第一信頼できる筋からの紹介ですから。それにしても・・あなたは大分おもてになりそうですね」
「――そんな事はありませんよ。あまり、かしこまらないで下さい。そちらが雇用主なのですから」
「いえいえ。これが素ですので。ああ、彼らもじれてきている。申し訳ないが急ぎましょう」
「了解しました」
 先を促す眼鏡の男の後に付き、騒ぎ始めた団体の元へと向かう。
「遅いっスよ!」
「やあ、すまない。これで出発できるよ」
「職務怠慢じゃねーの?いけねーな。いけねーよ」
「そんなんで大丈夫なの?」
「こら。無理を通したのはこちらの方なのだから。申し訳ない、騒がしい子供達で」
「大和部長が頭を下げる筋ではないのでは?」
「・・・・手塚君まで」
「いえ。非はこちらにあります。すまなかった。この後はこんな不手際は起こさないから許して欲しい」
 穏やかな口調で頭を下げると不満をはなっていた空気が霧散した。相手の反感を煽る事も得意だが、実は受け流事も充分に得意だ。敢えてそうしないだけで。
 低姿勢な態度に彼らは好感を持ったようだ。ちょろいな、とも思ったがおくびにも出さない。それを表面化させてしまえば思わぬボロになるからだ。
 色を変えただけ。態度と口調を変えただけ。それだけで彼らの知る跡部とは結びつかなくなる。寂しいとは思わぬし嘲るつもりもない。してやったりとは僅かに思うが。
 日頃の派手な言動や所作はかなりなところ作っているのでそれを払拭するだけで跡部は隠れ蓑を得る事ができる。つまりは成功ということだ。日常も、現在も。さすがに付き合いね長いジローや樺地では騙くらかすのに苦労もしようが(あれでいて勘が鋭いので)青学の連中とはさほどの付き合いもない。強いて上げれば不二あたりが要注意だが、警戒を要する相手以外に目を向ける奴でもない。手塚に至ってはテニス以外に興味を向ける奴ではないし、ライバル(まあ多くは自称だが)を前にしてもどこ吹く風といった様である。まず気付くまい。こればかりは少し悔くも思うが相手が手塚故にいつもの事だと思い切れる。
「スタイルいいっスね。スポーツでも?」
「軽い護身術と走り込みぐらいだよ」
「へえ。テニスはやらないんすか?」
「生憎と球技は相性悪くてね。見るのは好きだけど」
「そう」
 少々残念そうに口元を尖らす越前に思わず苦笑が浮かびそうになった。