【携帯電話的恋言葉】 10のお題
 
 
 
 
 
 
 勝って負けた。
 得た物は、充足感と喪失感。
 読み誤ったのは自分の方だ。今更覆せる事ではない。
 始まる前に触れた拳と、最後に合わせた掌と。今更ながらに気づくのは、これを離せるわけがない、という事。
 ああ。
 馬鹿な自分が愚かしくて仕方がない。
 臆病であった自分が滑稽でしかない。
 今この時になって、何ができるというのか。どう戻せるというのか。
 あいつの――手塚の肩を潰した自分が今更何を。
 
 再起不能。
 ちらりと脳裏に過った言葉を打ち消す。
 それはない。
 あいつは絶対に戻ってくる。勝負の場に。
 いつになるのかはわからないが、その時自分は選択すべきなのだろう。それが何かとは、確固たる思考となってはいないのだが。
 
「――変わらねぇかもな」
 
 くす、と笑みが洩れた。
 所詮、天邪鬼な自分の事だ。今まで通りにあいつに喧嘩をふっかけて、そして相手にされぬに違いない。いや、ある意味で強い想いを焼き付けたのだろうか。
 怒りの目も、憎しみの目も向けられはしなかった。けれども、それは時と共に蓄積されていくものなのかもしれない。
次に対峙した時、あの醒めた視線が自分をどう見るか。それを考えると少しばかり怖くもあった。たった1日前の出来事が、1年も前の事のような気がする。
 
「まぁ、考える時間だけはあるさ」
 
 昨日から自問自答しているこの問題に、導き出された答えはない。考えれば考える程に、迷路にはまり込んでいくかのようだ。
 望みは――求めている事は――どこまでも利己的な、自分に都合の良い考えだ。再びあいつと、手塚と、近しい関係を築きたいなど。
 傷つけてすまなかったと、謝罪して済む問題でもなかろうに。
そもそも自分から誰かに近づいていくなど、やった事もない。今までに直面した事もない、難関だ。
 
「・・・・・・相談でもするか?」
 
 こういう事を得手としていそうな顔がちらりと思い浮かんだ。簡単に安請け合いしてくれそうであるが、結果はドツボにはまりそうな気もする。
 もう一人、表面だけは穏やかな、柔和な表情を浮かべた人物の顔も思い浮かんだが――あっさり、「無駄だろう」と切って捨てられそうだった。
 所詮は自分でどうにかするしかないのだろうか。当たって砕けろと、玉砕覚悟で突き進むしかないのかもしれない。今まで馬鹿にしてきたけれども、ここは宍戸の馬鹿を見習ってみるべきなのだろうか。
 いまだ思い切る事もできぬけれど、急いで出す結末でもない。自分に甘い選択ではあるけれど、考えを先延ばしにしてシャワーでも浴びる事にした。
 その時、振動音と共に携帯電話のランプが点いた。
「?」
 表示板に並ぶ番号に体が固まる。
 出てくる筈の無い番号。かけてくる筈の無い相手。
 発作的に電源を切りそうになった自分の馬鹿さ加減に舌打ちし、半信半疑ながらも通話ボタンを押す。
 
『――跡部か?』
「・・・・・・あぁ」
 耳に馴染む低い声。つい先日言葉を交わしたばかりであり、通話越しには随分と久しぶりの声だった。
『突然にすまない』
「いや」
『少し、時間を取れないだろうか』
「は、デートのお誘いかよ」
『そうだな』
「・・・・・・・・・・・」
 否定されると思った言葉が肯定されて、思わず言葉に詰まる。まさか手塚の冗談を聞くとは思ってもみなかった。
「2回戦の準備で忙しいんじゃねぇの?油売ってる暇ねぇだろ」
『あぁ。皆に負担をかける事になるのは心苦しいと思っている』
「・・・・・・・・?」
 今ひとつ会話が噛み合っていない。その無言の間を読み取ったのか、手塚が先を続けた。
『――明日から九州へ行く』
 はっと、気づいた可能性に、「治療か?」と咄嗟に問いかけていた。
いつもの自分ならば、口を挟まず手塚の言葉を待っただろうに、大した失態だ。全く手塚相手となると、自分はどうかしている。
『少しでも早く復帰する為に、最良の治療を受けに行く。宮崎には、うちの附属病院がある』
「そうかよ。・・・・・・お大事にな」
『ありがとう、と言いたいところだが、直接言って貰う方が嬉しい』
「――は?」
 いつになく饒舌な手塚に、どうしちまったんだよこいつは・・と思っている矢先に不意の言葉。意図が掴めない。
「・・・・・見送りでもしろと?」
『いや。明日はうちの連中が来る。しばらくは顔を合わせない方が良いだろう?』
「別に俺様は気にしちゃいねぇけどな」
『俺も気にしてはいないが』
「気にしろよ」
『そう言われてもな』
「・・・・・・・・」
 妙に明るい口調の手塚に本気で戸惑う。自棄になって、ナチュラルハイにでもなっているのだろうか。それはそれで稀少な手塚かもしれない。
『用事があるのか?』
「ねぇな」
『ならば、会ってくれないだろうか』
「・・・・・・・・・・まぁ、いいけどよ」
 突然過ぎて戸惑いはあるが、こうなると却って腹も据わってくる。それに、何が目的かは知らないが、旅立つ前に手塚に会えるというのならば断る理由などない。
「何処に行けば良い?」
『駅前のボウリング場を知っているか?』
「あぁ、入った事はねぇがな。んな所に居やがんのか?」
『いや。そこはもう出た。断っておくが、見学しただけで参加はしていない』
「・・・・・聞いてねぇよ」
『そうか』
 どうやら青学の連中は勝利後のお楽しみときていたようだ。全く呑気な連中だな、とは思うが、飴と鞭は意外に効くものでもある。青学連中のような奴等は、遊び心をうまく刺激した方が統括し易いのだろう。そこら辺りは自分にも覚えのある事なので、わからないでもなかった。
「で?そこに行けと?」
『いや。少し先に公園があるようだ』
「公園ね、了解」
 まだ暗くなるには間があるので、急げば日の翳げらぬうちに着くだろう。そう思い、シャツに延ばした手が手塚の声に引き止められる。
『――忘れずに持って来てくれ』
「――」
 何を?と問いかける前に通話はぷつりと切れた。
 切れた電話を前にしばし考えこむ。折り返して問いただせば済む問題なのだろうが・・・・・それをするのが口惜しいというよりは、思い当たる事が一つないわけでもない。
「・・・・・・ちっ」
 大股で部屋の隅へと進み、目当てのものを掴み取ると、足早に部屋を出た。
 
 
 
「呼び出されてやったぜ」
「ああ、すまなかった」
 公園に辿り着くと、ベンチに静かに座りこんでいる手塚をすぐに見つける事ができた。
置物のように微動だにしない手塚の前に立つと、静かに視線を上げてくる。眼鏡の奥の瞳に感情の揺らぎはやはりなく、こちらを本当に見ているのか甚だ疑問に思う所だ。
「持ってきたか?」
「・・・・・・・・何を?」
「今更とぼける事でもないだろう」
「とぼけているつもりなんざ、ねぇんだよ」
「ならばじらすな」
「って、てめぇなぁ!」
 早く寄越せと言わんばかりに伸ばされた手に呆れ却ってしまう。
 こいつはこんな奴だったか?と、先程から翻弄されっ放しだ。
「――跡部」
「・・・・・・・・」
 あぁ、糞、と、主導権を握られたままのこの状態は気に入らないが、手塚の求めに応じなければ話が進まないようだ。仕方なく懐から取り出した物を、手塚の掌にのせる。
「壊れているのか」
「ショートした」
「そうか。捨てなかったんだな」
「気紛れだ」
「それでも嬉しく思う」
「・・・・・・・・・・・・」
 ふっと浮かんだ笑み。それは飾り気の無いもので・・それだからこそ、目を奪われてしまう。
 何故それほどまでに嬉しそうに笑うのか。壊れた携帯電話の何が嬉しいというのか。
「これは、御守りに貰っていく」
「はぁ?」
「問題があるのか?」
「・・・・・・使えねぇぞ」
「壊れていると跡部が言った」
「いや、だから――」
「構わないだろう?」
 じぃと、真摯な視線を向けられ、どうにもならなくなる。手塚が何を求めているのかわからないが、そんな物が欲しいのならば持っていけばいい。
「・・・・・・・・・・・・・好きにしろ」
「ありがとう」
「・・・・・・・・・・」
 宝物のように、壊れた携帯電話を両手で包み込む手塚に、何をどうしたら良いのかわからなくなった。
 自分はこれ程不器用だったのだろうか。たった一人に振り回されて、身動きが取れない。
 
「跡部」
「・・・・・・んだよ」
「お前に会えて良かった」
「・・・・・・・・・・・・」
 
 意味などない。ある筈がない。
 けれども、告白ともとれるストレートな言葉。己を制御するより前に、頬に血が昇っていた。なまじ白い肌が災いとなり、薄暗くなりかけた今であっても、それは手塚の目にも明らかだったろう。
 
「きっかけは偶然だったが、俺はこの出会いに『ありがとう』を言いたい」
「・・・・・・・・・・・・だ」
「?」
「・・・・・・・・俺も・・・・・・同じだ」
 
 ここで逃げるなど、自分ではない。手塚にここまで言われたままになど出来ず、己を飾らず、本音を吐き出した。
 
 
 携帯電話を介しての言葉はもう必要はない。
 互いの顔が見えぬ事でごまかされていた感情は、こうして曝け出された。
 曖昧な関係を紡いできた携帯電話。
 それが繋いだ細い糸は、電源の入らぬ今もなお、途切れぬものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
(10.この出会いに「ありがとう」を /電源OFF)
 
[ 2007/09/03 ]
 
 
 
 
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