秋のJr.選抜に手塚が不参加と聞き、幾分ほっとした。
罪悪感を抱いているという程ではない。ただ、ほんの少しだけ――――
人の良い顔をした青春学園の大石とやらに、「深くは聞かねぇよ」と、先手を打ってやれば、あからさまにほっとしたような表情を浮かべている。隠し事の出来ねぇ奴だな、とは思ったが、その感情を表には出さずにおいた。
あの手塚が不参加だというのならば、それは身体的理由に他ならない。それもかなり深刻な、だ。ちょっとやそこらの不調では、無理して・・それこそ這ってでもやって来るに違いない。自分を省みても、こんな機会逃すのは馬鹿だと思うのだから、そう思い込みというわけでもないだろう。手塚のそういう面は嫌いではない。
期待は半分・・・・まぁ、手塚の力を間近で見る機会などそうそうないわけで、それを逸したのは惜しい。だが、楽しみは後にとっておく程、うまみが増すとも言える。必ず、勝負を付ける時が来るであろう事を疑ってはいない。そして正面向かい合っても・・・・あの馬鹿は気づかないし、こちらの事など気にもすまい。薄情というより何よりも、それが手塚なのだ。
「―――最近、手塚の元気が無くてさ」
「・・・・・・・・」
「あ、いや、体がどうこうじゃなくて、何か気にかかる事があるみたいなんだ」
「別に聞いちゃいねぇだろ」
「あっ、そ、そうだね・・・・はは」
慌てて否定する大石に何抜かしてやがると白けた態で返せば、気まずそうにびくつく。脅したつもりはねぇんだがな、と人の良さそうな相手に少しだけ態度を和らげる事にした。
「・・・・そっちも、代替わりが近いんだろ。まぁ、生真面目そうな奴の事だ。色々気を揉んでんじゃねぇの?」
「跡部もやはりそうなのかい?」
期待に満ちた視線を向けられ、突き放すべきなのかどうなのか一瞬考える。他校生の面倒まで見てやる義理はない。だがこの目の前の相手は、挑発して奮起するタイプではなく何やらドツボに入りそうにも見える。
打たれ弱いという程ではなく、根っこの部分ではそれなりにしたたかな面もあるのだろう。何といっても曲者揃いの青春学園だ。それでも、見捨てる気にはならなかったのは・・・・まぁ、多少だが時間に余裕がある事と、単なる気紛れだ。
「――不安なんざあるかよ。ようやく自由に手綱取りができるんだからな」
「だけど、氷帝学園には副部長も居ないんだろう?」
「あぁん?関係ねぇよ。頭がしっかりしてりゃ、組織ってもんは機能していくもんだ。大体、手札にゃ困ってねぇしな」
「そうか。氷帝は跡部を中心にまとまっているんだな。少し羨ましいよ」
「・・・・・・別に、面倒な奴が居ないわけじゃねぇがな。うちはうち、青学は青学だろ。同じ環境ってわけじゃねぇ。まぁ、手塚の補佐役としちゃ、色々考えずにはいられねぇんだろうがな」
「そ、そうなんだよ。手塚って信頼できる奴なんだけど、少し言葉が足りないというか、気が利かない面があってさ。あ、これは手塚には言わないでくれよ。気にしているみたいだから」
「言う機会もねぇよ」
「あ、そうか。だけど、跡部は随分手塚の事を把握しているんだな」
「・・・・・・・観察が趣味なもんでね」
「うちの乾と張るかな?」
「あぁ?あのデータマンかよ。一緒にすんじゃねぇ。ありゃ、一種の病気だろ」
「・・・・・・・・・・・・うん。本当にね・・・・・・・」
仲間を貶され、怒るかと思えばがっくりと肩を落としている。多少同情しないでもないが・・・・まぁ、役に立たない事もない筈だ。仲間とすればそれなりに重宝――敵にするならば、足元をすくって穴に叩き落してみたいタイプだよな・・・・等と、いつも何やらノートに書き込んでいる眼鏡の男を思い出してみる。乾に限らず、手塚に限らず、青学の奴等は遊び相手にするのに申し分ないと言える。だからこそ――親しい関係など築く必要はない。
そろそろか・・・・と、時計の時間を確認すればちょうど樺地が迎えに来る頃だった。樺地を待たせて優先させる程、大石に対して同情を抱いているわけではない。それに、多少愚痴めいたものを聞いてやっただけでも随分楽になったようにも見えた。
「俺様も暇じゃないんでな、そろそろ行くぜ。氷帝に用がある時は、この番号に連絡して下さいと、竜崎先生に伝えてくれ。うちの監督は多忙に過ぎると、こぼされていたからな」
「あ、あぁ。うん」
反射的に手を出した大石の手の中に、手帳から千切った紙をねじ込む。つい先日、購入したばかりの新しい番号だ。乾あたりに流れると事だが、大石ならば問題ないだろう。その先に流れるかもしれない―――と一瞬浮かんだ顔があったが、多分気にしないだろうと思い切る。
その後は話す事もないので大石と別れ、指定場所で忠実に待っていた樺地の元へと向かった。
「どうかしたのか?」
一歩控えて背後を歩く樺地から、振向かずともわかる物問いた気な感情の波が感じ取れた。それでも樺地の場合、こちらが水を向けなければずっと黙している。本当に出来た奴なのだ。
「・・・・・・跡部・・・さん、が」
「何もねぇ」
「ウス」
言い切ると、樺地は素直に頷いた。それ以上、何も言おうとしない。全くよく出来た奴で・・・・少しばかり、厄介だ。
気にかかっているのは、一人の事。もしかして―――と思いかけ、首を振る。
ほんの少しだけ、繋がりを持っただけの相手にあいつが拘っているわけがないだろう。他人に興味の薄そうな手塚だ。それこそ、自由にテニスが出来ぬ事にでも気を囚われているんだろうと、思い切った。
それからしばらく後にJr.選抜があり、馴れ合うつもりなど無かったのだが、親しくなったものも数名居た。手塚に関しては勝手気侭な噂が繰り広げられたが、悪質なものだけ釘をさしておいた。聞いていて面白いものではない為だ。
秋も深まり、部に限らず生徒会絡みでも多忙を極める日の中で、青春学園へと出向く機会があった。一応用件だけ済ませて帰るつもりなのだったが、何故だか竜崎先生に捕まってしまい、テニス部の方へと引きずられていく。少し愛想を振り撒きすぎたかと、軽く後悔。
ざわめくコートの端で、興味本位の視線や挑戦的な敵意、そして浮き立つ空気を感じながら観察する。どうやら他者の目なるものを・・・・率直な意見とやらを期待されているようだ。
メンバーが代替わりしたせいもあるだろうが、夏の頃と異なり今はまだバラつきが多い。だが、今までになく強くなるだろう・・そんな予感がした。いっそ中へと乱入したい気分もあるぐらいだ。
休憩時間になったようなので、挨拶でもして帰ろうかと思ったところ、「ちょっと待って」と引き止められた。
不二周介――物柔らかな外観と異なり結構な曲者で天才と呼ばれる男だ。いつだったか、「恐ろしい奴なんだ」と溜息混じりにこぼしていた手塚の言葉を思い出し、なるほどね、と納得する。確かに油断のならない奴のようだった。
「・・・・・・・んだよ」
「いや、折角の機会だからさ。撮らない?」
「――――は?」
にこにこと微笑みながら目の前にずいと突きつけられた物体は・・・・まぁ、見慣れた携帯電話だ。
意図はわかる。いやわからない方がおかしいが。しかし、何をどうした気紛れで自分を撮りたいと思うのだろうか。いや、どうもそれだけではなく、共に写る気満々な気がする。
「跡部のファンに転送したりしないから、安心して良いよ」
「そんなんやりやがったら犯罪もんだ」
「あはは。確かに跡部なら高く売れそうだからね。まぁそれはともかくいい被写体だと思うよ。今、カメラがないのが残念だな。今度、モデルになってくれない?」
「断る」
本気なのだか冗談なのだかわからぬ言葉をばっさり切り捨てる。別にヌードになれだの言われているわけではないが、どっちにしろ気が向かない。
「残念。じゃぁ、やっぱりこっちね」
「・・・・・・・・」
何がやはりなのかと、そもそもてめぇと写る気なぞねぇと言い切って去ろうかと思うのだが、どうにも引き下がるようにも見えない。しかもいつの間にやら青学連中の注目を浴びており、大石と手塚の野郎が近づいてくるのが見えた。
「何をやっているんだ」
「別に絡んでいるわけじゃないよ。一緒に撮ろうって話をしていただけでさ。ああ、折角だから手塚もどうだい?君の待ち受け、面白みも何もないし。設定方法がわからないならやってあげるよ」
「―――あ」
たまたまなタイミングで―――というより、てめぇ狙ってやがんのか?嫌がらせかよ?というタイミングで―――まぁ、何かしらの用があるから持っていたのだろうが、何もこのタイミングはないよな、という所なで―――手塚の手の中にあった携帯電話が素早く不二によって取り上げられた。
その後は何故だかなし崩しに撮影大会。自分が何故この場に居るのか激しく疑問に思った。まぁ、青学の性質なるものがよくよく理解できたような気はするが。
「・・・・・・ったく、騒がしい奴らだぜ」
車の中で、無理矢理撮られた画像を順繰りに眺めながら消していく。顔を合わせば敵意を隠す事すらせぬ癖に、こんな時には肩さえ組んでVサインというのが、ある意味理解不能である意味苦笑を誘う。
「・・・・・・・・・・・・」
7つ画像を消して8つ目に来たところで、それまで淀みなく操作していた指の動きがぴたりと止まる。表示されたのは、いつにも増して仏頂面の男と、完全に白けた顔の自分。
「消すのは、いつでもできんだよな―――」
千石か幸村あたりにでも見せれば、多分笑いを誘うだろう。
残した理由なんて、その程度のものだ。
(08.残したい瞬間 /カメラ)