知識も能力も無駄に溢れたあの人は、余計な手間隙をかける事が好きだった。
「見ろよ。綺麗だろ?」
そう言って差し出されたのは、確かに綺麗は綺麗だったのだけれど。全くこの人はまた何を無駄な事に労力を割いているのかと呆れた思いの方が強かった。
大体、夜通し働き続けて、仮眠1時間とか2時間とかふざけた事を言っている日々が続いて、そんな暇があるなら少しでも休めと言いたい。いや言ってるんだけど。聞いてくれないだけで。これが手塚部長あたりならば、盛大に文句を言い放ちつつも聞くのだろうに。・・・・力技で無理矢理きかされるのかもしれないけど。
「・・・・アンタ、暇なの?」
「なわけねぇだろ。朝から飯も食ってねぇ」
「だったら、さっさと食事でも何でもしなよ!自慢の美貌が衰えても知らないけど?」
「はっ。俺様の美貌が蔭るなんてこたぁねぇな。凄烈さを増すって所だろ」
「勝手に言ってなよ。好い加減にしないと、あの人に洗いざらいぶちまけるよ」
本当は、虎の威を借りるようなこんな言い方は気に入らない。だけど、こっちの主張なんて大抵右から左へと流してくれるこの人相手ともなれば、そうも言ってはいられない。朝からなどと言っているけど、実は昨日の昼から何も食べていない事を知っている。食事当番が嘆いていたからだ。
乏しい食料をやりくりしているわけだから、食いたくなければ食うなとばかりに好き嫌いなんか言ってられない。一人分、一食分でも浮かせられるのならば、諸手を上げるという所。しかしながら、それがこの人相手となると事情が異なる。何としても口の中にねじ込んで下さいと、泣いて懇願されるぐらいなのだ。
一つの事に夢中になると、寝食忘れて熱中してくれるこの人の事を、皆が心配して仕方がないというのに・・・・・・とうの本人はと言えば、上機嫌に笑み崩れながら、何やら氷の細工を持っている。
掌サイズの長方形に象られた氷の中には、鮮やかな色合いの可憐な花が咲いていた。普通に氷の中で花が咲く筈はないから、わざわざ作り出したのだろう。――本っ当、そんな暇があるなら、寝ろと言いたい。いや、そんな作業をしていると気づいたら絶対にベッドに押し込んでいたのに。すっかり眠りこんでいた自分の失態だ。
「はっ!手塚如きに何言われようと知ったこっちゃねぇよ」
「その割にはいつも言い負かされてるみたいだけど?」
「わかっちゃいねぇな。負けてやってんだよ」
「・・・・・・・・・どーだか」
減らず口を叩く相手に冷めた視線を向ける。ある意味ではそれは真実だろうが、正解そのものでもない。結局の所、あの人に弱いから負けてやっているわけで・・・・そこには自分も少し含まれているらしいけれど・・・・やっぱりあの人が帰ってきたら、がみがみと盛大に怒られるのは間違いない。
「それより、いい出来だろ?」
「・・・・・・・・・うん」
子供のような笑顔でそんな風に聞かれたら、頷くしかない。自分だって結局、この人には甘いのだから。
「だろ?折角咲いた花を、あいつにも見せてやりてぇしなぁ」
「・・・・・・・・・・・・」
嘘をつくのがすごく上手で、本音を偽って見せる事が得意で、人を欺きからかい倒すのが趣味で。
その癖この人はこんなに素直だ。
「あの野郎も楽しみにしてたからなぁ。出発前に何度も念押ししやがんだぜ?やれ肥料を忘れるな、水をやりすぎるな、花が咲いたら撮っておいてくれだの、園芸係りじゃねぇっての。この俺様を使おうとする太ぇ野郎はあの馬鹿ぐらいなもんだよな」
盛大に文句を言い放ちながらも、結局この人はこうなのだ。全く、大概にすればいい、と言いたくもあるけれど・・・・でも、そんなこの人達が嫌いじゃなかった。
「それで、何で氷漬けにすんの?」
「映像じゃ、味気ねぇだろ?」
「だからって」
「俺様の氷の世界に酔わせてやんだよ」
「・・・・・・・・・いいけどさ」
本当に嬉しそうな笑顔でそんな事を言っているから、困ったものだ。きっと3日後に帰ってくるあの人も、最初は呆れ・・・・そして、怒るのだろう。だけど氷漬けのこの花を、大事に抱えて部屋へと持っていくに違いない。嬉しい癖に、あの人は怒るのだ。
降り積もった雪が広く世界を覆う中で、隙間から覗くように色鮮やかな花が見えた。
凍りついたその花が生き生きと見えて、足を止める。
「――可愛そうに・・・・・雪に閉じ込められちゃったのね」
付き添いで付いてきた看護の人が、肩越しに覗きこむようにして花を見た。
「何で?」
「え?折角咲いたのに、雪で埋もれて寒そうでしょう?」
「・・・・・・・・・・温かいと思うけど」
「―――リョーマ君?」
心配そうな声にぷいと背を向け、その場を離れる。
だって・・・・・・温かそうに見えたんだ。
雪に覆い隠されたその花は、氷に閉じ込められたあの花のように・・・・・・温もりが感じられそうだったんだ。
(だって温もりを感じるでしょう?)