【雪の章】3のお題
 
 
 
 
 
 
 全てが終わった後で、俺は病院へと搬送された。
 目に見えて大きな傷を負ったわけではない。
 ただ・・・・・・・・・・過負荷に耐え切れず、視神経が焼ききれてしまったのだ。
 限界を超えた能力の行使は、それに相応したしっぺ返しを残していった。
 それでも。
 後悔なんてしていない。するわけがない。
 厚く覆われた包帯を外して自由にしても、光を目にする事はできない。
 二度と、世界をこの目で見る事はできない。
 それでも、俺は満足していた。
 役目をやり通した事に満足していたんだ。
 
 褒めてくれるでしょ?
 今でも色鮮やかに思い出せる記憶の中の顔に呼びかける。
 
 
 
 さすがは越前だな
 
 いつもは滅多に崩さない表情を、僅かに綻ばせ、そして少しばかり誇らしげにあの人は言ってくれるだろう。
 
 
 ま、合格ってところじゃねぇの?
 
 言葉だけだと少々点辛く、その癖活気に満ちたあの人の表情は満足気な笑みに象られているだろう。
 
 
 できる事をやれと、やりとおせと、教えてくれたのはあの人達だった。諦めない事。成し遂げる事。それを教えてくれたのはあの人達だ。
 あの混戦の中で、多数の艦船がひしめき合っていた。それこそ隙間無くといって良い状態で、各自が自由な航路など全く取れない状態だった。
 そんな場に、舵も取れずに突き進んでいる艦船があって――航路を空けようにも身動き取れぬ状態であって、二次災害、三次災害・・・・巻き込まれてどれほど甚大な被害を引き起こすかわらかない緊急事態だった。
 あの場で、一番先の先まで見えていたのは自分であって。その船が通り抜けるだけの航路を作る為に、最新の注意をもって1艘1艘の微妙なポイントをずらしていった。
 それは、針に糸を通すような微妙すぎる匙加減が必要であって、気を抜く暇など一瞬もなかった。
 長い、気の遠くなるような長い時間だったと思う。いつ自分の乗った船めがけて彼等が突っ込んでくるかわからぬ緊張感の中で、支えてくれたのは一つの歌だ。
 今はもう喪われた故郷に伝わってきたその歌は、何も持ち出せなかったあの脱出劇の中で持ち出せた数少ないものだ。
 
 怖い夢を見て寝付けなかった夜に、「ったく、しょうがねぇなぁ」と苦笑混じりにあの人が子守唄代わりに歌ってくれた。
 誕生日だというのにプレゼントを忘れてくれた、普段から油断するなという癖にどこか抜けた所のあるあの人に、「じゃぁ一曲歌って」とねだって歌って貰った事もあった。
 
 送り出されたあの時も・・・・二人の歌声が聞こえてきた。
 これからどうなるかわからない恐怖の中で、俺達は自分を励ますようにあの歌を歌った。
 そうしていれば、繋がっているように思えた。故郷に残ったあの人達と、送り出された自分達との間に繋がる細い糸が、感じられたのだ。
 
 何が起きても、最後まで目を開いていようと思った。
 例え業火の中に焼き尽くされようと、この目で見通そうと決めていた。
 ずきずきと痛みを訴える視神経は燃えるような熱さを伴っていた。
 マズイな、とは思った。限界を超えていると、気づかなかったわけではない。
 けれどもあの場であの役目をこなしきれるのは、自分しかいなかった。
 ならば、何が何でもやり通す。あの人達を、失望などさせたくない。
 
 視力を喪った事で、水先案内人の役目は終わりだ。
 だが、もともとこの異能ともいえる能力は、子供の内にしか発現しない特殊能力だ。大抵の場合、大人が近づくにつれてその卓越した視力は通常人と変わらぬ程度に劣化していく。
 だから、生涯続けていける仕事だとは思っていなかったから、その能力を失った時の為に貯蓄していたから問題ない。
 視力を喪っても、俺に出来る事はまだまだある筈だ。医者の許可が下りたら船を下りる手続きをして、学校を探して、通えば良い。
 大丈夫。何という事はない。俺はこうして生きているんだから・・・・前を進んでいけるんだから・・・・問題なんてない。
 
 
 
「君が皆を救ったんだ」
 
 
 そんな風に褒められても、「当たり前の事をやっただけ」としか答えられない。感謝されても困るだけだ。
 この病室も、実は自分で払えるような部屋ではない。けれども、政府の人達が気にする事はないといってここへ押し込めた。
 広すぎて、落ち着かない。静か過ぎて、落ち着かない。
 ナースコールを押せば、すぐに駆けつけてくれるのはわかっているけれど、そういう事ではないんだ。
 
 色々な人がお見舞いに来た。
 色々な人が褒めてくれた。
 泣いて感謝してくれた人も居る。
 そっと抱きしめてくれた人も居る。
 馬鹿な奴だと、蔑むわけではなく怒るように叱ってくれた人も居た。
 
 だけど――――
 
 違う。
 そうじゃない。
 ごめん。
 アンタ達じゃ・・・・・・駄目なんだ。
 
 欲しい言葉を与えてくれるのは、あの人達だけ。
 褒めても叱っても、何でも良いから声をかけて欲しいのは、あの人達だけ。
 
 
 
 一人にして欲しいと、食事の時と検診の時以外に誰とも会いたくないと我侭を言って、面会禁止にしてもらった。
 
 だから、ずっと一人で居る。
 一人だけで居る。
 
 まるで、世界に一人取り残されたようだ。
 
 
 
 
「・・・・・・・・・この状態でも泣けないんだけど・・・・」
 
 
 
 誰も居なければ、泣けるかと思った。
 身も世もなく泣き叫ぼうかと思っていた。
 
 けれども涙は流れてこない。
 
 あの日あの時あの場所で。
 飲み込んだ涙は枯れ果ててしまったのか。

「・・・・・・・・・ばーか」
 
 
 
 アンタ達のせいだよ、と恨めし気に訴えても・・・・答えてくれる人など何処にも居ない。
 たった一人で取り残された、自分が居るだけだ。
 
 
 
 
 
(世界に一人取り残されたよう)
 
 
 
 
 
 
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