【死の章】3のお題
 
 
 
 
 
 
 世界に味方がたった一人だけというのは、希望でもあり絶望でもある。もしも自分に何かがあった時、リョーマがどうなるか。それを考えれば取るべき道はただ一つだった。
 
 
「・・・・・・・・跡部」
「よぉ」
 
 正門前で待ち伏せて、有無を言わさず手塚の腕を取る。ざわめく青春学園の生徒の事などどうでも良かった。
 その日の内に、「氷帝の跡部が手塚を拉致った」というニュースが他校にまで駆け巡るだろうが、そんな事すらどうでも良い。必要なのは、この頑固者を逃がさぬ事なのだ。
 手塚も最初こそ抵抗したものの、ただの気紛れではないと察知してか、その後は大人しくなった。ここまで強引な事を跡部がするのは余程の事だと理解しているのだろう。何も聞かずに付いてくる手塚の頭の中では、様々な考えが張り巡らされているであろうと思える。豆腐並みに柔らかくなりやがれこの石頭!と怒鳴りつけたい所であるが、目的の場に着くまで跡部は沈黙を守った。
 リョーマは家に押し込めてきた。不満そうにしていたが、帰ったら必ず話すと説明してやれば、渋々ながらも従った。構われたがりな猫を見ている気分になったが、情にほだされてばかりでは話が進まない。
 本来ならば、当事者であるリョーマこそ連れてくるべきなのかもしれないが、会う度に初対面の者を見る視線にリョーマがそろそろ限界であるのを気づかぬ跡部ではない。最近では、跡部の姿が見えなくなると途端に不安そうにしている。時折、夜にベッドに潜りこんでくる事すらあった。そんなリョーマを子供っぽいと笑う気などない。ただ、「蹴飛ばすなよ」と軽く注意して、抱き込んで眠ってやった。
 
「今日は彼は一緒ではないんだな」
「・・・・まぁな」
「彼もテニスをやるのか?」
「本人に聞けよ」
「此処に居ない相手にどうやって聞く」
「・・・・・・・・・・・」
 青春学園最寄りの公園へと手塚を誘い、途中で買った缶飲料を投げ渡すと跡部はそのまま黙り込んだ。緊張を孕んだ空気の中で沈黙に耐えられなくなったのは手塚の方で、そしてその口火の話題がリョーマの事ときている。それだけ興味があるならば、何故本人に話しかけてやらなかったのか。・・・・・・・いや、そもそも何故忘れたのか。
「いい目をしている。彼がテニスをやっているとすれば、来年には氷帝の主力になるのだろうな。青春学園にとって大きな敵となるのかもしれないな」
「―――はっ!」
「・・・・・・跡部?」
 手塚の言葉があまりにおかしくて、堪えることができない。天を仰ぎ、喉を鳴らし笑った。
「―――何がおかしいんだ」
「おかしい?全てだろ。手塚ぁ!てめぇ、ふざけんなよっ!!」
「・・・・・・っ!」
 勢い余って手塚の胸倉を掴みあげる。息苦しさからか、手塚の顔が苦しげに歪められたが知った事ではない。
「何が敵だ?氷帝の主力だ?てめぇ、どの面下げてふざけた事抜かしやがる?てめぇにとって、『青学の柱』って奴は、んなに軽いものなのかっ?!」
「・・・・・・っ・・・・軽い、わけなど、ないだろう・・」
「あいつこそが、『青学の柱』だと、言ったてその口でよくもまぁ言えたもんだぜ」
「何を・・・・それは一体・・・・どういう事だ?」
「ふん」
 途端にきつくなる手塚の視線は、跡部を刃で貫くかのようだった。手塚国光という男にとって、『青学の柱』なる言葉がどれだけ重要な意味を持つか、知らぬ跡部ではない。だからこそ、先程の発言が許せなかったのだ。
 ポケットに収められているのは2本のフィルム。青春学園の偵察用に保管されていた物だ。その中には・・・・青学のメンバー達に囲まれて生意気そうな笑みを浮かべるリョーマの姿が写っている。
 何れ、これも消えてしまうのかもしれない。その前に手塚に突きつけてやるつもりだった。
「・・・・これは・・・・」
「中を見て考えろ。脳髄絞り出すぐらいに考え抜きやがれ」
「―――乱暴な事を言う」
「てめぇにゃそれぐらいで丁度良いんだよ。いいか、それを見てもまだ四の五の抜かすようだったら、問答無用でそのスポンジ頭を殴りつけるぜ?――てめぇだって気づいている筈だ。何かがおかしいって事にはな」
「・・・・・・・・・・・・」
「見ないふりをするのはもう止めな。呑気に忘れたままなんざ、この俺様が許さねぇ。わかったな?」
「・・・・・・・・心しておく」
 
 大事そうに握り締めた2本のフィルム。
 必ず、思い出す筈だ。
 
 決意と共に見返してくる手塚の瞳に見えていた迷いが・・・・この時綺麗に消えていた。
 
 
 
 
 
 
(見ないふりをするのはもう終わりにしよう)
date: 2007/4/28

 
 
 
 
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