【死の章】3のお題
 
 
 
 
 
 
 別に気にした事なんてないけれど。
 態度が生意気だとか、いい気になるなよとか、結構絡まれもした。
 くだんない。
 どうしてこうつまらない事ばかり気にするのか、馬鹿らしくて仕方がなかった。
 
 テニス部の・・・・・・先輩達は、最初こそ色々あったけれど、段々と「まぁ、越前だからな」とか「しかたねーな、しかたねーよ」とか、よくわからない理由によるものだけれど、そのままの俺を受け入れてくれる。それなりに皆結構面白い人達だから、こういうのも悪くない・・・・そう思えてくるようになった。
 廊下で腕を引かれ、空き教室へと連れ込まれ、体格の良い上級生達に囲まれた時、自分で何とかできると思っていたのに助けてくれたのが部長で。いつも以上に不機嫌そうな表情で、逃げていく上級生達の背を睨んでいた。
「監督不行き届きですまないな」なんて頭を下げられても、「あんたのせいじゃないし」と返す事しかできない。「生徒会長だからって、全校生徒の行動に責任取れるものじゃないでしょ?」と指摘すれば、「そういう問題じゃないんだ」と困ったような表情になった。
 その時は、あ、この人こんな顔もできるんだ・・・・と、全然関係ない事に感心したりした。
「コートの上では平等なんだがな」と、笑った顔の裏にどのような感情があったのか、その時にはわからなかった。それからしばらくして、部長が肩を痛めた――氷帝学園の跡部さんとの試合の際に、過去の事件を聞いて納得したのだ。
 逃げた上級生達を後日呼び出して厳しく叱責した部長。彼等を謝らせた部長。何故あれほど怒ったのか、初めて理由がわかった。
 別に自分は傷つかなかったのだ。怪我をしたわけではない。心が・・・・傷ついたわけでもない。誰にどう思われようと、知った事ではなかった。
 
 だけど今は――――痛い。
 痛くて仕方がない。
 
 
 
「・・・・・・・・・・・朝」
 
 のろのろと身を起こす。
 億劫で仕方がなかったけれど、いつまでも寝ているわけにはいかない。じき桃先輩が迎えに―――と着ていたシャツを脱ごうとして、その手を止めた。
 来るわけがない。この場に俺が居る事を、桃先輩が知る筈がないのだから。そして今日、桃先輩が俺の家に迎えに行っているという事もないのだろう。
「・・・・・・・・別に・・・・・・いいけど」
 脱ぎかけのシャツそのままに、ベッドに倒れ込む。柔らかなベッドは、体重を受けてそのまま沈んだ。
 冗談みたいな大きいベッド。呆れてしまうような広い部屋。昨日の夜、「ここを使え」と案内されたのがこの部屋だ。
 部屋の中に個別のシャワー室ってどこのホテルだよ、と突っ込みたくなるところだけれど、あの人にとってはこれが当たり前の事なのだろう。育った環境に激しく落差がありそうだ。
 雨の中、ずぶ濡れとなっていた俺の事を拾い上げたあの人は、家に連れてきた後甲斐甲斐しく世話をするわけでもなく、「好きに休め」と放置してくれた。多分、このまま姿を消しても気にしないのだろう。礼の一つも言わずに消えても気にしないのだろう。優しい癖に冷たい人だ・・・・そんな風に思えた。
 だけど、本当はそれで良かった。何よりも、あの人に変に同情なんかされたくなかった。
 
「おい。いつまで寝てやがる?この寝ぼすけが」
「・・・・・・眠いし」
「は、んな様でよく練習こなせていたな。それとも、期待のルーキーは特別扱いだったってわけか?」
「そんなわけないっ!」
 揶揄る口調にばっと身を起こし、反論しようとしたが先手を切られた。狙い済ませたタイミングで放られた物を、顔面にぶつかる寸前に慌てて掴み取る。
 にやにや笑い扉に肩を預けて立っている様子からして、こっちの行動なんて完全に見切られていたようだ。本当、性格悪い。
「サイズは少しでけぇかもしれないが、ま、着れるだろ。昨日のぐしょ濡れの服が着たいってんなら、持ってきてやるが?」
 どうする?と目線で聞かれて、「じゃぁ持ってきて」なんて言えるわけがない。濡れて冷たくなった服なんて、誰が着たいものか。サイズが大きいというのは気に入らないけれど、仕方ないから借りる事にする。
「どうしても寝たいってんなら、まぁ好きにして構わねぇがな。朝食をいつまでも取ってはおかねぇぜ?10分以内に着替えて降りてきな。1分でも遅れたら片付ける」
 それだけ言うと、こちらの返事も聞かずに出て行ってしまった。
 食事・・・・と聞いた途端に腹が鳴る。昨日から何も食べていないのだから、今更ながらに空腹を思い出してはもう我慢がならない。
 別に寝るのは食べた後でもできるし・・・・学校にも行く必要なんかないし・・・・食事を拒む理由などどこにもなかった。
 ただ、言われるままに行動するのも面白くないのでのろのろと着替えていたら、時計の針が進んでいて・・・・10分以内と言われていたのを思い出して慌てて部屋を飛び出した。
 下って何処だよ!と無駄に広い家の中を探し回り、これは間に合わないかも・・・・と途方に暮れかけた時、跡部さんの家で働いているらしい使用人の人と擦れ違い、食堂まで案内して貰う事ができた。
 
「ちゃんと場所ぐらい教えてよ!」と、すでに席に付いていた跡部さんに文句を言ったが、「聞かねぇ方が悪ぃ」と、全く取り合ってくれなくて。
 本っ当、性格悪い!!!と、何度目かの再認識をした。
 
 だけどそんな怒りも長くは続かなくて。目の前に温かな湯気を立てたスープを差し出されれば、空腹を抱えていた胃がせっついてくれるわけで、「食いな」と促されるままに食事を開始した。
 食物を口に入れて、ある程度空腹が治まってきたところで、離れた席で優雅に食事を続ける跡部さんを見る余裕も出てきた。
 俺が来るまで待っていてくれたんだ・・・・と、初めて気づく事実。席は離れているけれど、だけど1人で食事をするよりどれだけましか。今までは気にした事なんてなかったけれど・・・・誰かが食事の席に一緒に居てくれる事がこれ程嬉しいなんて、思ってもみなかった。
 
 嫌な奴だと思っていた。
 性格悪い人だと思っていた。
 派手で陰険で手塚部長にばかり突っかかっる猿山の大将で―――――
 
 
 
 跡部さん。
 
 この人だけが、俺の存在を忘れないでくれていた。
 今朝も、ちゃんと覚えていてくれた。
 
 今、世界に味方は多分1人。
 この人ただ1人・・・・なんだろう。
 
 
 
 
 
(これだけは平等だなんて笑い飛ばしたあなたが)
 
 
 
 
 
 
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