パンドラの箱
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――少し、疲れていないか?」
「ねぇよ」
 
 気遣わし気に伸ばされた手を払う。
 咄嗟の事に、少しばかり力を入れ過ぎた。しまったと思う表情が顔に出るより前に、手塚の連れとして近くに居た大石達の顔が目に入り、いつもの嘲りを混じえた笑みを浮かべてしまった。
 
 そういった態度が相手を挑発し、敵愾心を抱かせるのだとわかっている。
 試合を前に控えているならばそれも戦略のひとつというところだが、現役を引いた今の時期にそれは意味がない。単に反感を買うのが趣味という事になるだろう。
 数回顔を合わせただけの相手ならば、ここで腹を立てて去っていく。だが、幾たびかの交流を経ている相手である。そのせいで他の奴等より耐久性が強くなっていた。
 怒りを抱くより前に、手塚に近しい視線が送られてくる。何かあったのか?そう問うような視線に苛立ちが沸いてきた。
 
「待てよっ!!」
「・・・・落ち着け」
「―――行くぜ」
 
 癇癪を起こしそうな自らを抑えたのと同タイミングで、堪え性の無さそうな奴の助けが来た。
 喧嘩っ早そうな青学の下級生を手塚の腕が差し止めているのを視界の端に留め、仲間達を促しその場から背を向けた。
 
 
 
 
「ありゃ、ボロクソに言われてるぜ」
「・・・・・・だろうな」
 こちら伺っているのか、普段の騒々しさを抑えて黙ったまま背後を歩いていた宍戸が、距離をとってからそんな言葉を口にした。
「ま、今更か」
「・・・・・・・・・」
「けどよ、結構仲良くやってたんじゃね?」
「知らねぇな」
 即座の否定を受け、宍戸は追及を一端止める。一瞬じっとこちらを見つめ、そしてふいと視線を逸らして小さく溜息を吐いた。そのまま、説くかの如く穏やかな声が続く。
「――好きなら好きって言えよ」
「意味がわからねぇ」
「てめーの天邪鬼ぶりは今更だけどよ、無くしちまってからじゃ遅いんだぜ?」
「無くすも何も――」
「・・・・無いよねー?あとべ」
「あ?あぁ」
 
 思わず怒鳴り返そうとしていたところ、慈郎の声に毒気を抜かれる。つい先程まで樺地に背負われ安穏としていた寝息を立てていた筈が、いつの間にやら宍戸との間に割り込んできていた。
 野生の勘とでもいうのか、慈郎はこういうタイミングで入り込んでくるのが上手い。実は狸寝入りじゃないのかと疑った事も何度かあったが、そういうわけでもないらしく、どうやらタイミングを掴むのが本当に上手いらしい。宍戸との間が険悪そうになると、大抵上手く慈郎が流す。
 
 
 
 
「・・・・・・だいたい、考え過ぎなんだろ」
「亮ちゃんんは考え無しだC〜」
「あぁ?!ちっ、そうやってはぐらかしてばかりじゃ、何も進まねぇだろうが」
「開けちゃいけない箱なんだよね〜」
「開けちゃいけねぇ箱?ってあれか?パンドラの箱とかいう奴か?」
 
 腕を引かれて離れていった宍戸と引張っていった慈郎が道の端でこそこそと話している。聞こえて困ると思っていないからか、声を潜めてもいない。むしろ慈朗は聞かせるつもりのように思えた。
 
「亮ちゃん、知ってたんだ」
「馬鹿にすんじゃねぇよ!箱を開けたら、詰め込まれていた災いが飛び出していったっていったんだろ。確か最後に残っていたのが希望だったんじゃねぇか?」
「そうそうそれそれ」
「希望があんならいいじゃねぇか。あいつは堅物だけどよ、俺から見ても希望が無いようには見えねぇし」
「希望があるから駄目なんだC〜」
「はぁ?!」
 
 わけわかんねぇっ!と頭を抱て蹲るえる宍戸の頭を慈朗がぽんぽんと叩いている。そんな事をして許されるのはあいつぐらいだ。自分もそうだが、宍戸も慈朗には甘い。
 
 
 
 
 希望、希望――か。
 そんなものがあれば、それこそ厄介だ。
 災いや問題事など話にならない。
 希望なんてもんが、一番の災厄だ。
 
 それが何か?
 思考が象る前に箱に詰め、奥深くへと沈める。
 
 
 
 深く、深く・・・・・・
 底の底へと。
 
 
 
 
 
 
 
 2007.09.08
 
 
 
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