摂理
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 人間、如何ともし難い事象というものは少なからずある。
 仕方がないと言えば仕方のない事だ。はっきり言えば思わぬ突発自体、潜在意識のもたらした結果とはいえ、普段は抑えているものが無意識下で発露されてしまうのは、これはもうどうしようもない事だろう。
 日頃より、自分は理性的に過ぎるぐらいに理性的だと思っている。
 無分別な同年代の若者達・・・・・・もとい、クラスメイトや下級生達の様子を見るに、自分は本当によく抑えていると思うのだ。
 
 だが――――――それはこうなってしまった事の言い訳にはならない。
 全くならない。
 
 
「・・・・・・・・・・」
 
 そっと部屋を抜け出すと、気配をなるべく殺して階下へと向かう。
 まだ夜も明けきらぬ早朝ながら、ぴっしり着替えは済ませている。というより、着替えるしかなかったわけであるが。
 もしも誰かに見つかった時にトレーニングに行ってくると言い訳が立つように、ジャージに着替えた。まさか自分が、そのような言い訳を考える羽目に合うとは今まで思ってもみなかった事だが。
 かつて部長職をこなしていた時分、遅刻してきた部員達の言い訳を嘆かわしいと思ったものだが・・・・彼等にも彼等なりの言い分もあったのだろう。今ならばそう思う。
 扉の向こうで両親が寝静まっているのを耳をそばだて確認し、より一層の慎重さで浴室へと向かう。
 最初は洗面所を使おうかと思ったが、よく考えてみればかなり怪しい。それよりは風呂場で済ませた方が良いだろう。
 汗を掻いたので――――立派で筋の通る理由ではないか。
 
 洗面器で湯船から残り湯をすくいながら、ついでにシャワーを浴びる事にした。余計な音を立てる事となるが。
 少し温めの湯を浴びながら、黙々と寝巻きを擦る。シーツにまで被害が渡らなかったのは不幸中の幸いだ。洗濯機を廻した方が早いのはわかっているが・・・・なるべく早く始末したかった。
 いや、さっさと洗い流して、ジャージと一緒に洗濯機を廻した方が良いだろうか。よくよく考えてみれば、寝巻きのみを洗って干すのはそれこそ不審極まりないだろう。
 
 
 太陽が頭上に上がる昼前ともなれば、気持ちの良いぐらいの晴天で風に吹かれてパタパタと揺れるタオルが心地良さそうだった。この分だと早く乾きそうだ。
 朝、起きてきた母が、「洗濯したの?」と穏やかに聞いてきた時にはどきりとしたものだが、うまく返せたと思う。ジャージと寝巻きを一緒に洗っている理由も、「嫌な汗を掻いたので・・・・」と伝えると、「あら。大丈夫?」と心配されて、かえって心苦しくなったりはしたが。
 ちょうど洗濯物を取り込んでいる時に、跡部がやってきた。「気にしなくて良いのよ」と、差し止める母に「手伝います」と跡部は伸ばした手を引っ込めなかった。そうなると手塚としても1人傍観しているというわけにもいかず・・・・何故だか3人並んで洗濯物をたたむという状況となってしまった。まぁ、仕事は早く済むのだろうが。
 
「景ちゃんは綺麗にたたむのね。家でお手伝いをしているの?」
「いえ。専門の者がおりますので」
「あら、すごいのね」
「はは。部で行う合宿の方では、個人個人身の回りの事は自分でやるのが基本ですからね。一通りの事はこなせますよ」
「感心ね。国光も真面目なのだけれど・・・・ちょっと結果が伴わないかしら?」
 くすっと笑う母の視線と、興味深そうな跡部の視線が手元に向けられる。振り当てられたのはタオルであって、ごくごく単純な作業である筈なのだが・・・・悲しいかな、どう見ても綺麗にまとまっているとは言い難い形状となっている。ここで手を延ばしてやり直そうとしないのは感謝すべきところだろうか。
 所詮はタオルだ、すぐに使うだろうと半分投げやりな気分で作業を進めていると、視界の端で跡部が手を延ばした洗濯物に目がいった。
「―――待て」
「あ?」
「・・・・・・それは、自分でたたむ」
 
 不審そうに見返してくる跡部に説明せぬままに、その手から寝巻きを奪う。
 これは自分でやらなければ・・・・・・・・・・・・・何というか・・・・・・・申し訳ない。
 
「――別にいいけどよ」
「今朝ね、嫌な夢を見たみたいで、ひどく汗を掻いたというの」
「へぇ。俺はまた、男の摂理の方かと思いましたよ」
「あらいやね。それなら、国光の夢に出てきたのは景ちゃんかしら」
「はは。何を言っているんですか」
「・・・・・・・・・・・・」
 
 二人は冗談を言っている。
 ちょっとばかり、からかうだけのつもりなのだろう。
 
 
 
 
 いたたまれない。
 ――――本気で、いたたまれなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 2007.04.21
 
 青い春。
 
 
[ c l o s e ] || [ b a c k ]