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リトグラフ |
窓の外をサーサーと雨が吹き付ける。久方ぶりで跡部の家にやって来たものの、今日は1日室内で過ごす事になりそうだった。
予定では、軽く打ち合いをした後で出かけようかという話だったのだが、さすがに跡部でも室内コートまでは完備していない。それでは何処かの施設へ行くかというプランもあるが、幾つか調べてみたところ、何処も空きはなかった。
「まぁ、たまにはのんびり過ごすさ」
「・・・・・・そうだな」
跡部の言葉に頷いて同意する。元々、あまり外へと出かけるタイプではない。山とか釣りならばともかく、あまり人で溢れる場は好まなかった。それに・・・・ほぼ間違いなく注目を集めるだろう連れを見るのは、あまり面白い事ではない。
「折角だから、こいつでも見るか」
「何処かの試合か?」
「何でもかんでもテニスに結びつけんじゃねぇよ。ま、そういう所は嫌いじゃねぇが」
「・・・・・・・・・」
ならば文句を言うなと言いたい所だが、跡部が機嫌良さそうであるので止めておいた。手塚に限らず、テニスに対する執着を見せる奴に対して跡部は機嫌良く(相手にそうとられずとも)応対する。自分が愛するテニスに執着する者を好ましく思うのだろう。
「『葡萄酒色の人生』、ロートレックの半生って奴だな」
「ロートレック・・・・・ムーラン・ルージュを描いた人物だったか」
「正解。おりこうさんじゃねぇのよ」
「本物を見た事はないが」
「そりゃ当然だろ?」
くっくと笑う跡部は、手塚が冗談を言ったようにとったようだった。実は真面目に返しただけなのだが・・・・まぁ敢えて否定する事でもないだろう。
こちらに背を向け、デッキへとビデオテープを差し込む。跡部の家には最新機器も揃えられているが、まだまだビデオも現役のようだ。
軽く巻き戻される音が続き、かちりと停止音が鳴る。「二時間ちょい越えってところだな」と前置きされ、これは本格的に腰を据えた方が良さそうだと落ち着いて座れる位置を物色した。
プロの試合記録を見る時などは、ふたりであぁだこうだと批評や感嘆の声を上げるものだが、映画などを観る時には基本的に無言だ。内容的に集中できるものでなくとも、じっと真剣に見入っている跡部には、軽口を挟む事も躊躇われる。
視聴中に一度お茶のお代わりを持ってきてくれたお手伝いさんには、手塚が立ち上がって応対した。といっても、盆ごと受取っただけではあるが。あとはソーサーからカップへとあけたぐらいか。声をかけずに跡部の横に差し出すと、ごく自然な動きで手が伸びてきたので、全く気づいていないというわけでもないらしい。
それにしても、それほど夢中になる内容だろうか・・・・と、軽い疑問が浮かばぬでもない。作品的にはどちらかといえば散漫な印象で、テーマがはっきりしていない。最後の最後まで、その印象は変わらなかった。
「こういう作品が好きなのか?」
「ん?あぁ、まぁ、つまんねぇ話ではあったな」
「それにしては真剣に見入っていたようだが」
「興味深いところもあったからな。風俗関係なんかは結構うまいところ描かれていると思うぜ?」
「・・・・・・・・感心しないところに注目してるな」
「ばぁか。エロ本に夢中になるより、よほど高尚だろうが。ま、てめーはその手のもんにゃ無縁だろうけどよ」
「・・・・・・・・別に無縁というわけでもない」
「へぇ?天下の手塚国光もエロ本のお世話になってんのかよ。ま、健康的男子としちゃ当然かもしれねぇが」
「・・・・・無理矢理押し付けられただけだ」
「で、使ってやったのか?」
「・・・・下世話な事を言うな。使うわけなどないだろう」
「ないって、ありゃ使う為のもんだろ?って怒るなよ。ジョークだって。別に俺も好んで手に入れようたぁ思わねぇけどな・・・・部室やら生徒指導やらで没収品が上がってこねぇ?」
「あぁ、嘆かわしい事にな」
重い溜息を吐く。
つい先日も、部内の片隅でその手の雑誌を発見したばかりだった。自己申告者が出なかった為、連帯責任として部員全員グラウンド50周をさせたのだが、誰も文句は言いつつも素直に従ったあたり、それぞれ身に覚えがあったのではないかと思う。それを考えると罰としては軽すぎたかもしれない。
「いつの時代だよ。ま、そんなお堅い手塚サンにはこの映画の内容はそれこそ嘆かわしいって奴か?」
「そこまで言うつもりはない。・・・・跡部は、ロートレックが、好きなのか?」
「嫌いじゃねぇな」
それはイコール好きという事。天邪鬼な所のある跡部は、素直に心境を吐かず、微妙に歪曲させる面があった。
「退廃的な生活を送った人物だが・・・・描いた絵はどこか、温かい。底辺を生きる人々への愛情って奴か?そんなものが感じられるんだよな」
「そうか」
「・・・・・・・リトグラフね、試してみるのも面白そうだな」
「・・・・・・・・」
作品的に見入っていたのかと思ったが、どうやら別の観点から注目していたようだった。お前はこれ以上自分の時間をきりつめてどうするんだ、とどう説得というか叱りつけようか、しばし悩む手塚だった。
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