憧憬
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「随分と眩しそうに見ているね」
 
 そう囁かれて、そうだろうかと首を傾げ、そうだろうなと納得する。
 跡部は時に直視できない程に眩しい存在だ。
 
「憧憬に近いものかもしれない」
「・・・・・・へぇ。君が、ねぇ」
 
 微笑を浮かべながら、けれどもその目は笑ってはおらず手塚の反応を検分しているかのようだった。
 親しいといえばそれなりに親しいのだろうチームメイト。けれども心許せる友人だと思った事は互いに無い。
 手塚にとって大石という存在があるように、不二にとっては河村のような存在がそれに値するのだ。お互いそれぞれを評価はしているが、分類するならば「気に障る奴」というカテゴリに入るのだろう。ただし、表立って衝突した事は今までにはない。不二のまとう物柔らかな雰囲気と、何にも侵されぬかのような孤高の空気を纏う手塚とは、部内部外に関わらず、心許せる関係であると見られている感がある。
 手塚と肩を並べられる存在は、青春学園においては不二ぐらいであるという事らしい。その話を初めて不二が持ってきた時に、「迷惑な話だよね」と不二が続けたので、手塚はそのまま普通の流れにおいて「全くだ」と返した。お互い深く考えての発言ではなかったのだが、その時たまたま居合わせた大石が、青い顔で腹を抱えて蹲ってしまった。それ以来、不二と二人で並ぶ事となると近寄ってこようとはしない。
 
「憧れてはおかしいか?」
「うん。おかしいかもね。君って、他人の事なんかどうでも良いと思っているところがあるでしょ?」
「そんな事はない」
「まいったね。無自覚か」
「・・・・・・・・・・・・」
 
 随分と酷い事を言ってくれるものだと思う。どうでも良いと思っているのは不二の方ではないのか。手塚相手ならば、何を言っても傷つかないとでも言うのか。
 
「大体さ、何で跡部?」
「それだけの実力者だと思うが?」
「まぁね。彼は強いよ。とても、ね。だけど手塚の方が上だろう?」
「―――やってみなければわからないな。負ける気はしない。だが、楽に勝てるとも思えない。跡部の本当の力は、対戦してみないとわからないような気がする」
「ふぅん。だけど―――手塚の言う『憧れ』ってテニスの実力じゃぁなさそうだね」
「・・・・・・・・・・・」
 
 にこりと笑みながらぐさりと刺す。これだから、不二は苦手なのだ。すりかえようとした話はあっさりと差し戻され、乗ったように見せたのも手塚を油断させる為だけだったらしい。曲者中の曲者。青学の天才と呼ばれる不二ではあるが、詐欺師か策士か大狸といった所が正しいのではないかと思う。そういえば立海の幸村が影で『魔王』とか呼ばれているらしいが、それに近しいのかもしれない。
 
「手塚?」
「・・・・・・・・いや。何でもない」
「そう。それで、手塚が跡部の何に憧れるというの?」
「言葉にするのならば、羨ましいという、ところなのだろうな」
「ああ、そういう事。確かに、氷帝はうち(青学)とは随分違うようだよね。だけど、必ずしも恵まれていたとは、言えないんじゃないかな」
「どういう事だ?」
「さぁ?ともかく、指をくわえてじっとり憧憬の視線を寝暗く送っているよりはさ、積極的に動いてみたらどうかな。遠くで見るのと近くで見るのとは大違いだろうしね」
「跡部と親しくなれと?」
「無理ではないと思うよ。跡部って、例に洩れず手塚にこだわり持っているみたいだし。あまり押せ押せでいくよりは、向こうに興味を持たせるように引いていった方がうまく行くかもね。それで親しくなったら、僕にも紹介してくれる?」
「―――それこそ自分で近づけば良いだろう」
「駄目だね。僕一人じゃ、思い切り警戒されそう。周りのガードも固そうだし、手塚のおこぼれに縋る事にするよ」
「親しくなる前提で話しを進めているな」
 
 気軽に言ってくれる、と軽い非難を込めていえば、不二は気にするでもなく笑みを深くする。
 このまま行動を起こす事は、不二の掌の上で転がされているような感がある。けれども、押された背は足をとどめそうにない。
 結局のところ、欲しかった言葉なのだ。誰かにこの背を冗談でも押されれば、躊躇いなどかなぐり捨てる程に。
 憧れて、眺めて見る遠く離れた存在。
 それだけでは、すでに我慢できなくなっている。
 
「必要ならば、協力は惜しまないよ?」
「不要だ。ついでに言っておくが、おこぼれとやらは期待しないでおこう」
「――――へぇ。ケチだね」
「・・・・・・・・」
 
 玉砕するかもしれないという謙虚さからではなく、牽制としての言葉は正しく伝わったようだ。けれども、ただ単に敵を作ったのかもしれない、とも思う感もないでもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2007.02.18
 
 
 
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