偽者(イミテーション)
※ 微妙にリョ→跡
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ざわざわと、さざめきながら生徒達が横を擦り抜けていく。
 何気ない風を装っても、誰もが注意を向け、何処か緊張がちに神経を強張らせている。
 
 ある者は賞賛を。
 またある者は脅えを伴う視線を。
 だが殆どの者は抑えようの無い好奇心を全身から放っていた。
 
 
 跡部にとって青春学園は敵地だ。
 もともとが、青春学園と氷帝学園は様々な面で競い合うライバル関係のようなものを古くから築いていたせいもある。近年その傾向は顕著となり、特に最も華々しい戦績を誇るテニス部において、かつてない程の実力者がそれぞれに現れた事で、肝心の部のみならず学校単位・・下手をすれば保護者や近隣地域を巻き込んでの対抗意識を燃やしていたとも言える。
 立場も状況も似ていたせいもある。どちらもその代表たる選手が部を治める部長職に就き、はたまた文武において秀でていた為に生徒会長まで兼任しているともなれば、対象が中学生とはいってもファンまで付く有様で――それには彼等の平均を大きく上回る端麗な容姿も大きく影響したのだろうが――とにかく必要以上に彼等の動向は皆の注目を集めていた。
 
 そうした中で起きた一方の選手の故障。それは将来を潰すかとまで危ぶまれた選手生命の危機とも言うもので、そしてそれを引き起こしたのがかのライバル校の選手ともなれば、非難は加速度的にその相手へと集中した。表沙汰にはならなかったようだが、かなりな所、心無い電話や嫌がらせ行為が続いたようだった。肝心の跡部がその件に関しては黙したままであったので、あくまで噂の域からは出ない事であったけれど。
 
 それらの騒ぎがようやく沈静化されてきた頃、今度は立場が反対となった。
 青春学園の一生徒が、試合会場において傷害事件とも取れる騒ぎを引き起こしたのだ。その場はうやむやの中に治められ、大会は何事もなかったかのように運営されたものの、その後に引き起こした影響は大きなものだった。当然ながら教育委員会は黙ってはおらず、大会運営委員会への苦情、厳重注意のみではなく、学校単位での処分という話に広がりそうになっていった。
 その時点で青春学園の全国大会優勝は確定していたが、記録の抹消、そして準優勝校たる立海大学附属中学校の繰上げ優勝という結論へと進みつつあった。立海大附属の選手達はそんな事になれば、間違いなく優勝を辞退したであろうが、そんな彼等の心情を理解できない大人達はただ事の経緯のみを重視していた。
 厳しい処分となった背景には青春学園側の対応の拙さもあった。肝心の事件を引き起こした相手がまだ一年生であるという理由で表に出そうとはせずに、内々にて済ませようとしたのだから印象も悪くなる。
 
 青春学園側にしてみれば、才能溢れる生徒ではあるけれど、日頃の言動や態度から言って、表面だけでも頭を下げるといった真似が越前リョーマに出来るとは思えず、周囲の者達にしてみれば可愛い生意気盛りとも言える態度が見る者によってはどれ程の悪評価を下すかという事を考えるに、例えフォロー役を横につけたとしても、良い結果に繋がるとは思えず、あくまで「子供のした事だから」で通す事にに決めたのだ。
 当然ながら反対意見もあったが、校長を始めた教師連がそう決定した事と、PTAの会長がかつてのサムライ南次郎、越前南次郎の熱狂的ファンであった事も、この決定に大きく作用しただろう。
 そんな中、決定的な処分が下されるその場に、ざわめきと共に現れたのが跡部だった。子供であるから、中学生であるから。それを理由に当事者達を表に出す事なく事を進められてきたのだが、それを納得するような跡部ではない。
 
 並みいる大人達を前に跡部は一歩も引かなかった。処分不服と、この件においては被害者側である跡部が一切の不問という裁定を要求したのだ。
 ただの感情論で要求するのではなく、大会規約の要綱を文書化し、リョーマの行為が何ら規約に反してはいないと、完全否定をしてのけた。リョーマの行為はあくまで跡部の『了承』を得たものであり、無理矢理で無法な行為ではないという事。大会の運営に何ら齟齬を来たす事もなく、試合後の退出時に起きた私的な『ちょっとした騒ぎ』であるという事。更には、いまだ試合中のコート内に会場設備が崩壊するといった前代未門の不祥事に対して、曖昧な態度で濁す大会委員会側の真意は何処にあるのかと。
 かの件を前面に持ち出して、自らの不手際から視線を逸らし、うやむやのままに終息させるつもりかと、見る者を凍らせるような鋭い意思を称える青い瞳を、その場に集まった者達一人一人へと向けた。
 
 子供相手と高をくくり、何とか宥めようとしていた大人達は跡部の脅しも含めた理路整然たる口調と意見に圧倒され、反論一つできぬままに黙り込んだ。自分達の子供と跡部とは、存在そのものが違うのだとこの場においては誰もが悟るしかない。最後に跡部が己のバックたる跡部グループの名をちょっとした補足のように出し、今後のスポンサーとしての在り方をちらつかせるに至っては、すでに勝敗は決したようなものだった。
 いや。最初から跡部がその場に来た時点で結果は決まったようなものであっただろう。根回しに次ぐ根回しを施し、一分の隙もない万全の態勢を整えてからだ。勝負はかける前に決めておく。それが跡部の身上であった。
 このように、外部は騒がしかったが、青春学園の周囲はといえば実は静かなものだった。学園を取り巻く人々の中には、かの事件の事など全く知らず、ただ純粋に「優勝おめでとう」と選手達を祝福する声が後を絶たなかったし、事の経緯を知る生徒達にしたところで、ある意味報復のような気分がありあまり深くは考えていなかった。ただし、氷帝学園側が沈黙したままであるというのは、微妙に不気味に思っていたが。
 
 最終的に誰も処分はされる事なく、それでも文書による注意が青春学園側には送られて、校長室にてリョーマは叱責を受けるといった程度の罰はあったが、結局はそれだけだった。誰も知らぬままに、そのまま事件は埋もれていくかと思われたのだったが、誰が発端であるのかわからないが、リョーマを取り巻く周囲でどのような争論が繰り広げられたのか、いつしか青春学園の生徒達の口から口へと昇るようになり、知らぬ者は殆ど居ない状態となっていた。
 誰も、表だって何か行動を起こすわけではない。過去の行為に反省し、謝罪に赴こうとする者も居なかった。けれども、これがどういう事であったのか、理解できぬわけではない。
 静かに佇む跡部の横を通り過ぎる生徒の中には、感謝の視線を向け、小さく頭を下げる者も少なくない。けれども跡部はその全てを受け流し、真っ直ぐに背を伸ばし、華やかで強烈なオーラを周囲に放ちながら、悠然とかの帝王の姿そのままで在るだけだった。
 
 くいと袖引く感触に視線を降ろすと、注意しなければ視界から外れてしまいそうな小さな姿。けれどもその瞳だけは忘れようもない強烈な意思を放つ越前リョーマの姿があった。
 
「まだあの人に付きまとってんの?」
「てめぇにゃ関係ねぇだろ?」
「ここ、俺の学校だし。他校生が来る所じゃないし」
「中にゃ入ってねぇだろ。文句を言われる筋合いじゃねぇな」
 ふん、と鼻で笑うとリョーマの表情がむっとしたものとなる。
 
 喧嘩に発展してしまうのではないかと、はらはらと気を揉む周囲を他所に、つっかかって挑戦的なのはリョーマの方のみで、跡部はといえば相手にしていないに等しい。
 
「あんた、居るだけで目立つんだから。メーワク」
「ほぉ。青春学園は随分影の薄い奴等ばかりなんだな」
「だからアンタの存在が煩いだけだし」
「さっきから黙っていたぜ?てめーが話しかけてこなけりゃ静かなもんだ。ああ、相手をする必要はねぇって事か」
「・・・・・・そういう意味じゃないんだけど」
 
 口惜しげに唇を噛むリョーマだが、跡部の方が一枚も二枚も上手だ。
 全国大会の対戦において、リョーマは跡部に勝った。けれども何も変わりはしなかった。
 本気で対峙した試合。今まで軽く流されてきた分の鬱憤もあった。過激な手段に出たのは、その瞳を自分に向けさせる為でもあったのだ。
 誰でもない自分を見ろと。手塚の影ではなく、越前リョーマという自分本人を見ろとの意思を、跡部に突きつける意味もあった。
 けれども―――跡部が見るのはやはり手塚だけだった。その視線の先にあるのは手塚国光だけ。リョーマはそれが口惜しくて仕方がない。
 
「――――何で」
「あぁん?」
「俺は、アンタに勝ったのに」
「そうだな。俺様が負けた」
 あっさりと頷く跡部は己を飾りはしない。とてつもなく高い自尊心の持ち主であろうに、こういう所で負け惜しみを言うような跡部ではないのだ。
「だったら何で!!」
「・・・・・・・・・・イミテーション」
「何の話?」
「てめぇはその枠から出ねぇんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「確かに俺様が負けた。それは事実だ。だが、結局は偽者だろ。樺地もそうだったが経験の差って奴だ。俺が負けたのはてめぇの影。イミテーションが俺様より上まっていただけだ。もう一度やれば勝てるな」
「・・・・・・キングなんて言っておいてさ、あんたも結構小さいよね。負け惜しみ言ってるし」
「そう取るのなら、取れば良いさ。ま、早く本物になるんだな」
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 ぽんぽんと叩かれる頭。それは、あの雨の日の光景に等しい感触で、つまりはあの時と殆ど変わらない自分の位置なるものをリョーマに知らせてくれる。
 冗談ではないと、リョーマは唇を噛んだ。偽者と言われて、それを甘んじて受け入れられるものか。リョーマは頭の上に乗せられた跡部の手を掴むと、思い切り引張った。
 
「・・・・・・っと・・・・?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 バランスを崩して倒れかけた跡部の体をうまく抱きこみ、下から素早くその唇を奪う。驚きに見開いた跡部の青い瞳が心地良かった。
 本気で抵抗されれば体格からいっても敵うものではない。リョーマはすぐに跡部の身を離すと、殴られる前に三歩ばかり後方に退いた。
 たまたまその場面にぶちあたってしまい、驚きのあまり硬直しきった青春学園の生徒達が引き起こす沈黙の空間の中、リョーマは左手でピストルのような形を作り、跡部に向けて撃つかのように差し向けた。
 
「―――宣戦、布告」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 ばん、と口で発射音のようなものを放ち、くるりと背を向けて後者の方へ駆けていく。中へ入る寸前、丁度出てきた手塚と擦れ違った。
「奪わせて貰うから」
「・・・・・?」
 意味がわからず首を傾げる手塚に、リョーマは挑戦的な笑みを向けるのだった。
 
 
 
 
 
 
 妙なざわめきの空気の中、手塚は待ち合わせの相手が待っている筈の校門へと向かう。
 壁越しに光を孕む柔らかな髪を目にした際、滅多にない柔らかな笑みを手塚は浮かべた。
 
「すまない。待たせたか」
「いや。暇はしてなかったぜ?」
「そうか。・・・・・・・・妙に騒がしいな」
 
 跡部が目立つのはいつもの事。人々の注目を集めるのも、騒ぎの中心となるのも珍しい事ではない。だが、いつもとは微妙に異なる空気を手塚は感じ取っていた。
 
「ああ、ちっと刺激が強かったか?」
「どういう事だ」
「てめーんところのチビから、熱烈ラブコールを受けたんだよ」
 二の指を当て、小さな投げキッスのようなものを手塚に向ける跡部。ウインク混じりのそれに顔を赤らめるでなく、手塚の表情は益々不審気なものとなった。
「チビ・・・・・・越前の事か?先程擦れ違ったが」
「まぁそういう事だ。アイツ、結構手が早ぇな。竜崎監督に注意しといた方がいいぜ。油断すっと孫娘喰われちまうってな」
「手が・・・・早い?」
「ったくよ、俺様の唇を奪っていきやがったぜ。宣戦布告だとよ。ま、まだまだだが・・・・あいつはイミテーションの殻を被った本物だからな。悪かねぇか」
「―――――跡部」
「あ?」
 くくと笑う跡部の手を掴み、詰寄る手塚の表情は厳しい。普段から怒ったような表情をしていると言われがちな手塚であるが、この時の手塚を見れば、本気で怒っていると誰もが思うだろう。
「越前が何をした、と?」
「だからキスだよ。キス。別に大したこっちゃねぇだろ。あいつはアメリカ帰りなんだしよ、挨拶みてぇなもんだ」
「・・・・・・・・・・・そうか。跡部にとってキスは挨拶だという事か」
「って、話飛ばすんじゃねぇよ。確かに挨拶でやるにややるが、マウス、ツー、マウスは普通はやらねぇよ」
「つまりその普通はやらないような行為を越前としたという事か」
「揚げ足とんじゃねぇよっ!おら、手ぇ離せ!痛ぇだろうが。それと変に目だって仕方がねぇんだけど」
 跡部が周囲に視線を向けると、怖いもの見たさとばかりに注視していた周囲の視線が一斉にばっと逸らされる。
「跡部は他人の視線を気にするような細かい神経ではないだろう」
「んだよ。喧嘩売っていやがんのか?」
「答えを求めているのは俺の方だ」
 跡部の機嫌が下がり、怒りを孕んだ視線を向けてくるが手塚がそれで怯むような事はない。ますます厳しい表情を持って、射抜くように跡部を見つめてきた。
「―――――あの、なぁ。らしくないぜ?手塚さんよ」
 あまりに真剣な表情を前にした為か、跡部が毒気を抜かれたような表情となる。相手の反応が極端だと、熱くなるもなれないというものだ。
「・・・・・・・・とにかく、行こうぜ。何だかわからないが、納得しねぇのはわかったから、とことん話には付き合ってやる。だが、こんなところで話をしてりゃ噂話に貢献してやるだけだ。移動しようぜ」
「・・・・・・・・・・・」
「別に話を逸らすつもりはねぇ。場所を変えるだけだ」
「―――わかった」
 頷いた手塚は跡部の腕を掴み、ぐいと引くようにして歩き出した。
「おい!一人で歩けるって!!」
「・・・・・・・・・・・・」
 跡部の苦情も知らぬ存ぜぬで、手塚はその腕を掴んだままずんずんと前だけを見て歩いていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2007.02.18
 
 
 
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