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丸い形 |
トントンと、小刻みに野菜を刻むリズミカルな音がキッチンに響く。
窓から差し込む明かりはまだ弱く、車の通る音もまばらな時間。
ことことと柔らかな音を立てる大鍋は、煮込んだ鶏の脚にじんわりと醤油を滲ませていっていた。
もう片方のコンロの上では黄色い卵が薄く伸ばされ艶々と表面を輝かせている。
そこそこ広いキッチン内。けれどもこの日ばかりは妙に手狭な印象を放つ。
それというのもキッチンに詰めている人数が規定オーバーに近い状態だからだ。いや、人数的なものだけならば、あと1人や2人入った所で窮屈ではあるかもしれないが何とか作業できるスペースは保てるだろう。だがそれは、小柄な女性達であったならば、という条件付きとなる。
一応、1名はその条件に合致していた。しかしながら、他2名がその枠から外れてしまう。自発的手伝い人として早朝より馳せ参じている役2名。彼等はスポーツ選手として鍛え上げ、また成長過程にも恵まれている為、同年代の中でも十二分に育った体格とを有しているのだ。
中学三3年生という年齢において170センチオーバー。一方は180センチも間近ともなれば、充分に過ぎる成長ぶりだろう。そんな彼等が揃ってキッチンに詰めているのには理由がある。母親としての大きな包容力と少女の面影を同時に強く残す手塚家随一の実力者、彩菜の立っての希望故だ。
ここしばらく天候不良が続いた中、ようやくの晴れ目が続きそうな週間天気予報。そんな中でも週末の休日は見事なまでの快晴となりそうな状況で、「――ピクニックに、行きたいわね」などと微笑まれて問われてしまえば、ここで頷くしかないのは一人息子としては当然の事だろう。
そうして手塚家総出で車を出して、森林浴とでもしゃれ込むかという話のくだりに至るまで、最も積極的に動いたのは祖父である国一であったが、にこにこと微笑みながら気弱ばかりでない笑みを浮かべていた父である国晴も気持ちは同じであるという事だろう。
ゆったりと家の中で過ごす時間も良い。イメージに反しアクティブ(釣りはそうとも言い切れないかもしれないが)な趣味を持つ手塚はともかく、商社勤めの父も、そして今回の件の発起人のようなものである母も、どちらかといえば外より内にこもる傾向にある。しかし悪天候が続いていた事で、むしょうに太陽が恋しくなっているのかもしれない。
家族全員で出かける事など殆どない。それこそ手塚が幼い少年の頃――小学校も低学年の時以来ではないだろうか。別段家族仲が悪いというわけではないのだが、とにかく久しぶりなわけである。ただし――――そのメンバーに何故だか跡部が当然のように含まれている事には首を傾げるしかないのだけれども。
こう言うと誤解を生んでしまうのかもしれないが、その事に手塚が不満を抱いているわけではない。むしろ反対で、休日にゆったりと跡部を占有できるのは喜ばしい。本人の認識に反し人気者の跡部の周りでは常に人が絶えない。二人きりで過ごそうとしてもほぼ敵わないと言って良い程だ。今回も2人きりとは言い難い状況ではあるが、それでも独占度的には高い。心浮かれるものがあっても致し方ない事ではなかろうか。
それならば何故ケチをつけるような事を言うのかと言えば、この跡部の参加が本人の意思から発生した事ではないからである。勿論、参加不参加は本人の意思で決めた事だ。しかしながら、祖父も父も母も、3人が3人とも揃って跡部の参加を疑っていなかった。「跡部は忙しいから」と、水を差すのを手塚が思わず躊躇う程に、ごく自然にそう思っているのだ。
跡部の方はといえば、3人のそんな反応を見越していたのか、じっとその印象的な青い瞳を手塚に向けた後で、「――決定、してんじゃねぇの?」と聞いてきた。一応、無理強いなどしたくなかったので、「お前の都合次第だ」と返せば、「・・・・手塚一人の誘いならば断ったんだけどなぁ」などと言ってきた。それはどういう意味だと言い募ろうとしたが、「泊まりでいいのか?」などと、自分の前発言など忘れたかのように尋ねる跡部に手塚は毒気を抜かれてしまった。計算してやっているのかそれとも無作為なのか。どちらにしても振り回されている感が強い事ではあるが。
結局、前日の夜から跡部が泊まりこむ事となり、早朝から父が車を出して出かけるという事となった。途中で何か買えば良いと(たまには母の負担を軽減させよう)という話も出たのだが、張り切って弁当を作るという母の熱意を殺ぐ方がかえって悪いような気がして、手塚と跡部の二人が補助としてつくという事で話がついた。
こうして早朝より弁当作りに勤しむ3人組が出来上がったというわけである。ただし、何事でも器用にこなす跡部と違い、料理方面の才能は皆無に近い手塚の出来る事は限られていた。
そんなこんなで、手塚が今回申し付けられたお役目はといえば――お握り製作。ある意味弁当の主人公であるとも言えるから大役といえば大役かもしれない。
「―――おい。手、足りるか?」
「今の所は」
ダシで伸ばした卵を薄く焼き、重ねて綺麗な出し巻き卵を作り上げた跡部が手塚の肩口からひょいと手元を覗き込む。そして、堪え切れぬかのようにぷっと噴出した。
「・・・・・・お前っ・・・・・・そりゃないだろ・・・・」
「・・・・・・・・・・」
軽い笑い声を立てる跡部に手塚の表情が憮然としたものとなる。テニス蛸のできた無骨な手で握った握り飯の数々は、大きな皿の上に並べてあった。けれども転がされている、といった印象が強いのは、その見てくれによるものだろう。
「なぁ、手塚ぁ、お前、三角お握り嫌いなのか?」
「・・・・・・・・・別にそういうわけではない」
「だったら何だよ。この揃いも揃ってのまん丸形態はよ。見事にまぁ、丸い形が揃ってやがんなぁ」
「こうなってしまうのだから仕方がないだろう」
跡部の言葉にますます手塚の顔がむっつりとしたものとなる。そうして更に跡部がケタケタを笑い声を立てるものだから、手塚としてはますます意固地になってしまうのだ。
「・・・・・・・・味は同じだ」
「違うだろうよ。料理ってのはな、三位一体。目と鼻と舌で楽しむもんだぜ?」
「ならば食うな」
「おいおい。そりゃねぇだろ?彩菜さん、手塚の奴が苛めてくれるんですが」
「あらあら国光ったら、仕方がないわね。でも本当まん丸ねぇ。お弁当箱に入るかしら・・?」
「良さそうな入れ物探します。折角ですからなるべくこの形を崩さないものを」
「そうね。じゃぁ景ちゃん、詰め物の方はお願いね」
「任せてください」
「・・・・・・・・・・・」
にこにこと笑い合う二人の姿を見つめ、手塚は跡部に差し出すのは梅干し尽くしにしてやる、と小さな復讐を内心企てた。
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