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御伽の国 |
「・・・・・黒の騎士さま?」
「は?」
柔らかな甘い声と共にかけられた言葉に手塚は目を丸くした。首を向け振り返ると、肩からガウンをひっかけてはいるものの、この季節にしては薄着の女性が微笑みを浮かべながら立っている。
年齢の程は、手塚よりも幾分は年上のようだ。ただし、手塚の見てくれが見てくれなだけに、ある意味微妙な表現かもしれないが。少なくとも手塚の母よりは、10歳は若いだろう。
「けいちゃんの騎士さま、ね。ふふ・・・・」
「あの・・・・?」
戸惑いつつ手を差し出しかけたのは、その女性に何処か危うさが漂っていたからだ。そして面立ちにどこかしら懐かしい感じがある。
「―――駄目ですよ。ふらふらしていては。皆が心配するでしょう」
「暇なのだもの」
「あなたを世話する者が必死に探しています。心配かけないで下さい」
「だって」
拗ねるように口を尖らす女性は少女のようにも見える。跡部も年より大人びて見える為に、姉弟にも見えるし、少し年の離れたカップルに見えなくもない。それは手塚にすれば面白くない見解ではあるけれど。
取り残された形となった手塚は一歩ばかり下がり二人を観察する。見比べてみると何処か通じる物がある二人。雰囲気もそうではあるが、面立ちにも血の繋がった者達にある共通性が感じられた。どの程度かはわからないが、親戚の一人であるのは間違いないだろう。
「後で、お部屋に行きますから」
「本当?騎士様も?」
「騎士?ああ、彼はもう帰るところですから。俺だけではつまらないですか?」
「・・・・・いいえ。そんな事ないわ。ね。焼き菓子をさっき作っていたみたいなの。お茶会にしましょう?」
「はいはい」
「・・・・・・・・・・」
優しく肩を抱き離れていく姿を、手塚はただ呆然と見守るしかなかった。
「帰らなかったのかよ」
「いや」
帰りそびれたと、視線で訴える手塚に跡部は軽く肩を竦めた。手塚の言わんとする所は大体察しているのだろう。
「まぁ、気にはなって当然か」
「聞いても良いのだろうか」
「隠す話なんだけどな」
「―――すまない」
立ち入ってしまったかと頭を下げる。聞いてはいけない話なのだなと推測してから頭を上げると、苦笑したような跡部の表情があった。まるで、手塚の感じる罪悪感すらも包み込むかのようだ。
「・・・・まぁ、な。しばらくはうちで預かるから、知っていてくれた方が助かる」
「親戚か?」
「ああ、従姉妹だ」
「あまり日本人には見えない」
「向こうの血が濃いからな。心の方は――御伽の国にいっちまってるが」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉に手塚は黙り込む。違和感を感じないわけではなかった。まるで少女のような――そう、そのものであったのだ。
「見てわかっただろう?」
「いや」
「肯定とも否定とも取れる言葉だな。今、あの人の心は幼い頃の幸せな時間の中で止まっちまってる。俺の事も辛うじて覚えていたぐらいだな。記憶の中の小さい姿と現在の姿での違和感は認識してねぇようだが。おかげでおママゴトに付き合わされてるんだぜ?この俺様がよ」
笑えるだろう?と軽口に紛らせる跡部に、うまく返せる器用さは手塚にはない。ただ、話の重さを軽減させる為にふってくれた跡部の気遣いを無為にする事はできないので、軽く強張ってしまった表情を消し、何とか笑みのようなものを浮かべた。
「嫌なようには見えないな」
「ああ。別に嫌なわけじゃねぇ。そりゃぁ、元に戻って欲しいという思いもないわけじゃねぇが・・・・耐え切れるようなひとじゃねぇ。今のままが一番なのかもしれない」
「跡部とは思えない意見だな」
「あぁ?」
「跡部は常に逃げない。それがどれ程辛い現実であっても」
そう。いつでも跡部は逃げなかった。その強さは眩しい程でもある。
心を知らないというわけではなく、その厳しさは跡部の優しさから生まれている。
「・・・・・・・他人に同じ事を求めようたぁ思わねぇよ。俺は俺、他人は他人だ。ましてや俺の神経が筋金入りに極太ときたら、か弱い女性と一緒にするわけにゃぁいかねぇだろ?」
「どうだろうな。案外、女性の神経というものも図太かったりする」
「は、見てきたような事を言いやがるな」
「そして、跡部が繊細な心を持っている事を知らぬ俺ではない」
「・・・・・・・・・・」
手塚の言葉に黙り込んだ跡部が、小さく「――天然が」と呟いたのは手塚の耳には届かなかった。ここで跡部の反応に気づける手塚であったならば、もう少し進展もしようものなのだが・・・・生憎という所だろう。己の真意を跡部に伝える事に神経を集中させていたせいもあるのだろうが。
「跡部。何があっても、一人で抱え込むのだけは、やめてくれないか?」
「・・・・・・・・・・」
「頼りないのは元より承知だ。けれども、話して欲しい。跡部の事を常に支えたいと、俺は思っている」
「・・・・・・・・・・」
沈黙があった。
くるりと背を向けた跡部は、黙したままじっと何かを堪えているようだった。
怒らせてしまったのだろうか、と気を揉む手塚に、跡部は背を向けたまま言葉を放つ。
「―――――俺が、ああいう風になる事はねぇよ」
「そうか」
「いつだっててめぇの存在があるから、俺は逃げない」
「・・・・跡部」
「御伽の国にてめぇはいない。現実のここにしか、居ない。だから俺が逃げる事はない」
「・・・・・・・・・・・・」
言葉が浮かばない。手塚はそっと跡部を抱きしめる事で、胸に湧き上がった思いを伝える。
その腕を払うでなく、軽く添えられた跡部の手が、「ありがとう」とでも言っているかのようだった。
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