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運命 (Destiny) |
手塚という男は、朴念仁としか言いようがない。
気が利かないし、考え無しだ。言葉は足りないし、思考が時折――いやかなりな所、突き抜けている。
最も心外な事に、あちらに言わせると「それはお前だ」となるらしいが。
表情の変わらなさは、付き合いの長さによって解読可能となった為に弊害はなくなったが、それにしてもたまには笑えとも言いたくもなる表情筋の硬直状態。とにかく、仏頂面、もしくは無表情が常であるのだ。
そんな手塚であるので、恐らく深く考えての事ではないのだろうが――作為無しに放たれる言葉に時折どきりとする事がある。硝子越しに真摯な瞳でじっと見つめられると、まるで自分が特別な存在であるかのように錯覚をしかけてしまう。
手塚にしてみれば、ただ単に相手に目を合わせて会話をしているに過ぎないのだろうけれど。その言葉も実は単なる思い付きでしかないのだろうけれど。それでも、こいつは天然タラシだよなぁ、と思えてしまうわけである。
「―――運命、か」
「はぁ?」
読書に没頭していたかと思えば、突然の呟きに跡部は寝転んだ身を起こした。
手塚の部屋に遊びに来て、それで何をするかといえば大抵はそんな風に時間を過ごしている。例えばジローあたりが共に居るならば、せっつかれてゲームに付き合ったりするわけだが、手塚の部屋にはその手の類はないわけで、また跡部もそう好きなわけではない。互いに沈黙が苦なわけでもないわけで、ふと気づけば時計の針が随分回っていたという事なども少なくない。
全く会話がないわけではないけれど。けれども跡部の方とて手塚に話して聞かせたいような話題があるわけではなく、手塚はそもそも自ら殆ど口を開こうとはしない。時折、一体自分は何をしにここに来ているのだろうか?と首を傾げる事もないわけではないが、居心地が良い事も確かなのでその面からすれば用事などなくとも問題ないのかもしれない。
時には外に打ちに行く事もあるし、休日の予定を話し合う事もある。手塚が学校から出された宿題を片付けている間に眠気に誘われて寝てしまう事もあるし、気が向けば臨時の家庭教師が如く横から口を挟んで教えてやる事もある。その際の手塚の機嫌が降下していく様は、跡部的にはなかなか楽しい。
そしてこの日はと言えば、お互い読みかけの本が手元にあった状態で。どちらが何を言う事もなくお互い文字を追う方を優先していたのであるが。閉じられた冊子を見る限り、手塚は読みかけの本を読破したようだった。
「何が言いてぇ?」
「いや。跡部と出会えたのは運命だったな、と」
「・・・・・・・・何でもかんでも運命づけんのは、女ならよくやるこったがな」
「そうなのか?だが、こうして近しい関係として在れるのは、跡部が俺と同じ年に生まれ、そしてこうして遠くない範囲に居てくれていたからではないかと思う」
「はん。例えばてめぇが北生まれで、俺様が南の端に生まれようとも、何れは出会ってただろ?大体全国レベルでもなければ、てめぇの視界にも入らないだろうが」
「そんな事はない。跡部の存在を見過ごす事などありえない」
「そうかよ。たった1年や2年の生まれの違いで擦れ違うような事を抜かしていたさっきの主張と矛盾してませんかね?手塚センセイ?」
からかうように口元をにぃと上げ、視線で伺ってやるとむっとしたような表情となる。
「別に擦れ違うとまでは言っていない。ただ、1年2年のずれがあった場合、ああして対戦できたかどうかは怪しいところだ」
「俺様は一年当時からレギュラー張ってたぜ?」
「俺もだ」
「知ってる。――それで?お互い抜きん出た実力の持ち主で?どこに問題があるって?」
「結局対戦できたのは一試合だけだっただろう」
ぼそりと放たれた不満そうな一言に、思わず目を剥きそうになったのは跡部の方だった。まるでこちらが悪いかのようなその言い草はどういう事だと問い正したい。跡部は氷帝の伝統のせいもあって、わかりやすいオーダーなるものを組む事が多い。小細工を施すようでは氷帝学園の名折れであると、見る者が少なくないからだ。
「そりゃてめぇが俺様を避けてたからだろ!ま、個人戦じゃねぇんだから、戦略的に否定はしねぇがな。不動峰相手の時もデータが遺漏なく揃っていたら俺様がシングルス3で出ていた。ったく、あんときゃこの俺様とした事がぬかったもんだぜ」
「橘の事などどうでも良い」
「・・・・・・・・・・・・あ、そ」
珍しく強い物言いに何となく押される。こいつ、橘と何か因縁あったか?と脳内データを探るが、特にひっかかるような情報は上がってこなかった。
例えば千石のような相手ならば手塚が苦手とするのもわからないでもないが・・・・と考えて、そういえば橘も以前はアレだったと思い出す。しかしながら、それがあったとしても手塚がここまで拒絶反応を起こす程のものでもないだろう。となると、ただ単に虫が好かないというだけなのかもしれない。
テニスの実力がどうだろうと、手塚と波長の合わない奴は他にも居ないわけでもないからだ。例えば立海大附属の幸村精市などがそれにあたるわけだが―――と、例で上げた3人のうち、2人は自分とそこそこ親しい関係を築いているので少し不思議な気がしないでもない。どちらかといえば跡部の方が万人受けするタイプではない。いや、千石にしたところで幸村にしたところで、屈折しまくった酔狂者であるのは確かな事だけれど。
「―――俺はただ・・・・・・跡部と出会えたのは運命的だったと、言いたいだけだ」
「・・・・・・・・・・・・・サヨウデゴザイマスカ・・・・」
じぃと、ひたすら真っ直ぐにこちらを見据えてそんな事をのたまってくれる手塚国光という男。
ジョークなわけではない。
(そもそも手塚が冗談を言う姿なぞ想像もつかないが)
そして照れるでもない。
(そもそも頬を染めたり照れ笑いをする手塚など悪夢以外の何物でもないが)
その手の発言は惚れた女にでもしてやれよ、と忠告してやりたい気がわかないでもないが・・・・まぁ、気分が悪いわけではないし・・・・それなりに嬉しいとも思えなくも、ない・・・・かもしれない。小っ恥ずかしい発言ではあるけれど。
「運命ねぇ。――ま、会えたなら偶然だろうと運命だろうと何でもいいじゃねぇ?」などと返す跡部に、手塚はいつになく嬉しそうな笑みを浮かべた。その笑みにちょっとくらりときかけた跡部であったが、表面上は平静を保っていた為に跡部が「・・・・この天然タラシ野郎!」などと考えていた事を手塚は知る由もなかった。
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