手塚家の食卓は、基本的に会話が少ない。
 母である彩菜は、万事に控えめでありおしゃべりなタイプではない。ゆったりとした微笑を浮かべつつ、静かに家族を見守るのが常だ。
 その夫たる国晴は、手塚家の男性陣の中では唯一社交的な方だが、それでも多弁な方ではないし、何か話題を振ろうにも父である国一や一人息子の国光の反応に悄然と肩を落とす事が多い。
 別段双方に嫌われているわけではないのだが、そもそも国一、国光の二人が共に食事の席での会話を好まない・・・・とはいかないまでも、敢えて自ら振ろうとはしないのだ。そしてこの二人、聞き上手というわけでもない。あまりに薄い反応に、余計な気遣いはもうやめようと、国晴が諦めるまでにそう長い時間はかからなかった。
 祖父である国一は大抵家に詰めていたし、働き頭である国晴はあまり出張の多い方ではない。その為、沈黙に包まれた食卓というものが手塚家においては常たるものであったが、ごくたまに会話が発生する事もある。そんな時は大抵、国一が泊まりに出ており、国晴もまた出張か残業で帰りが遅くなり、手塚が母の彩菜と二人きりで夕飯を囲むような場合だった。
 
 沈黙は苦にならない、むしろその方が良いと思える手塚だが、母はどうだろうかと時には気をつかう。そして、慣れぬながらも少しは場を盛り上げようと何がしかの話をしたりするのだ。それは大抵テニスに関わる事であって――むしろ殆どそれ以外にないといって良いが――まぁごくたまに学校行事の事とか、テストの事とか、その手の類を話題にする事もあった。
 テニス部の仲間の事。現在の練習内容。公式戦でここらぐらいまでは勝ち抜けるだろう。青春学園の弱い点はここであり、この範囲を特化した練習メニューを組む必要がある――などと堅苦しい事この上ない話題ばかりであるが、母である彩菜はいつもにこにこと楽し気に聞いていた。
 そして、手塚の話の中で、一番楽しそうに聞いてくれる話題は何故か自校の仲間達の事ではなく、外の試合で時折会う他校の選手の話題――特に跡部の話が出た時などは、いつも以上に熱心な聴衆となった。最初は気のせいかと思ったが、何度か試してみるうちにやはり食いつき度が違うので、不思議に思い理由を問えば、「だって国光楽しそうなんですもの」と、にこにこと、とても嬉しそうに言い切られ、他と何が違うのだろうか・・・・?と内心首を傾げていた頃は、手塚は己の内にある特別な感情なるものに気づいていなかった。
 ただ、他よりも気にかかる、つい目で追わずにはいられない印象的な奴――というレベルまでしか、意識の上には上がっていなかった。
 
 ああなれたらと、跡部を取り巻く環境を羨んだ事はある。だが、月日が重なっていくうちに、手塚の周囲もまた理解者が広がっていき、かつての孤立した空気は消えていった。周りが手塚の頑なさと生真面目さに慣れたとも言えるし、間違いなくこの先青春学園中等部のテニス部を引張っていく存在である手塚の事を認める者が増えていったという事もある。
 一度の衝突は、けして簡単に流せるような事ではなかったけれど、それでもこの青春学園のテニス部に残ってよかったと、今では手塚も思えるようになっている。そして、近い未来に跡部が率いる氷帝学園と自分が率いる青春学園が対戦するのだという事を想定すると、胸に確かな熱いものが湧き上がってきた。
 
「跡部君に、会ってみたいわね」
「・・・・・・・・他校生ですので、プライベートを共に過ごす程に親しくなるのは難しいかと」
 それに、自分に対して跡部は常に挑発的オーラがバリバリで、友好的雰囲気を育むのは到底無理そうだ・・と思えた。
「あら。それは国光の器量というものではないかしら?だけど国光はおともだちを増やすのが苦手ですものね」
「すみません」
「謝らなくても良いのよ。人には向き不向きがあるのだし。だけど残念ね。国光の言う、『華』のような子というのは、すごく興味があるのだけれど」
「いえ。それは比喩的表現で・・・・跡部は華のあるプレイをするのという事なのですが・・・・ひとつひとつのプレイが、基本に丁寧で基本に忠実である筈なのに、どこかしら華やかさが常にある、ドラマティックなプレイヤーなのです。まぁ確かに、整った容姿であるのも間違いない事ではありますが。信じられない事にファンクラブのようなものが存在するらしいです」
 
 大会の場で、場違いな程の女生徒の集まりとそこから放たれる黄色い歓声の光景を思い出す。まるで気にしていないようで、それでいて観客をねめるように見回し己に惹き付けて、煽り立てる跡部の手馴れた所作を見る度に、感心と呆れを同時に感じる。もし将来跡部がプロを目指すならば、さぞかし観客動員に貢献するのだろうな、と思えなくもなかった。
 応援合戦も戦略のうち。そういった戦い方がある事も知っている。国際大会などだと、国をあげての応援となるからだ。そういう状況において、跡部という存在があればさぞかし心強いのかもしれない・・・・と思わなくもない。チームメイトとなるには頭の痛い存在のような気がするが、他所から見ている限りでは興味深いと思えなくもない。まぁできれば余計なギャラリーは引き連れないでくれるとありがたいとも思うが。
 
「そう。綺麗な子なのね。国光のチームメイトのあの可愛らしい子・・・不二君だったかしら。あの子とは違った感じなの?」
「全く違います。不二は繊細で少女めいた風貌ですが、跡部の容姿に女性めいたところは全くありません。1年の時はどちらともつかないと言えたかもしれませんが、その頃ですらあの目を見れば誰もが少女かもしれないとは思えなかったでしょう。優美、流麗、艶美、華麗・・・・語蒐に乏しいので言い表す言葉が思いつきません」
「それだけ上げられれば十分よ。華やかな子なのね」
「はい。見た目もそうですが、内から輝く奴です」
「そう」
 
 何だか跡部を褒め称えるような会話となってしまったが、母がとても嬉しそうに聞いているのでまぁよいか、と思えた。
 
 
 
 それから少し後に、さまざまな偶然と突発事態が重なって、跡部を手塚家へ招く事となった。その際跡部は「気にしなくて良い」というのに、「訪問宅に手ぶらで行けるわけねぇだろ」と、言葉は乱雑ながら、育ちの良さを見せてくれた。
 「ちょっと待ってろ」と言いおかれ、数分待ったかと思えば店から出てきた跡部の手の中には一抱えの花束があり、仲間内でこのような行動を取る者は居ない為(普通の中学生男子なら当たり前だが)何だか異星人を見ているような気分となったものだ。
 花束を受取った母は、とても嬉しそうに、少女が如くの微笑みを浮かべた。手塚家の男達は基本的に朴念仁で、母の日ぐらいにしか花の類を贈った事はなく、これほど喜ばれるものなのかと手塚は初めて知った。
 
「素敵ね」
「和風の御宅と伺っておりましたので、あまり西洋風ではない花を選んだのですが・・・・少し寂しかったかもしれませんね」
「いいえ。とても綺麗で、香りも良いわ。ただそうね・・・・華やかさの演出ならば、どんな大輪の花でも無理ではないかしら?」
「そうですか?」
「うふふ。花を抱えた当人が誰より華やかなんですもの。お花屋さんも選ぶ花を困ってしまうと思うわ」
「・・・・・・・・・・・・ええと。ありがとう、ございます」
 
 どう反応したら良いか判断しかねたらしい跡部は、一瞬手塚に視線を送ったがそれに応える事のできる手塚というわけではない。それを見てとった跡部は、手塚のフォローを全く期待しない事にしたらしく、母の言葉はそのまま褒め言葉として受け入れる事にしたようだ。
 その光景は、褒められ慣れているであろう跡部が滅多に見せぬであろう戸惑いであるようで貴重な光景であるのだが・・・・その後も手塚家においては似たようなシーンが何度か見られるのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.12.10
 
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