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「――手塚のどこがいいんだい?」
「は?」
問われて困るというより理解し難い類の言葉に跡部は咄嗟の反応ができない。
突発事態に弱いというわけではない。むしろ逆だろう。
危機適応能力は高い方で、ピンチになればなるほど跡部の真価が発揮されると言える。が、跡部はある方面においては非情に鈍い面があった。
基本的に跡部は戦術よりも戦略において勝ちに行く。準備段階、前段階で勝ちを握るのが跡部のやり方だ。その傾向はテニスに限らず対人関係においても発揮されていた。そうはいっても跡部とて人の子。予測範囲外の先制攻撃を受ける事もある。そういう場合、跡部はまず受け身に徹し相手の出方をじっくり観察した上で判断し行動する事にしていた。
この場合もその例に倣い、跡部は「何がいい、なのかはわからねぇが・・・・」との心中はひとまず横に置いて、質問の発信者・・・・幸村に向き直った。
「・・・・少なくともテニスは強ぇだろ」
「まあテニスはね。唯一の取り柄じゃないかい?」
「唯一かよ。ひでぇな。あーあと、顔はいいんじゃねぇ?」
さらりと毒を放つ友人に乾いた笑いを向けながら、この場に手塚が居なくて良かったと思う。何を言われても全く気にしていないような無表情というか、そもそも表情筋が死滅しているのではとも思える手塚だが、あれで結構繊細な面を持っているのだ。そこらあたりが、からかい甲斐のある点ではあるとも思ってもいるが。
「へぇ。跡部は手塚の顔が好みか」
「そういう意味で言ってんじゃねぇよ。ま、そこそこ造作の整ってる奴等は身近にゃ多いが・・・中でも好ましい方だとは思うけどな。別に、変な意味じゃねぇぜ?」
言ってるうちにまるで告白のようだと気づいた跡部が訂正を入れる。幸村はさほどでもないが、相手によってはこういう場合変にからかってくる奴が居ないわけでもない。一体自分と手塚で何がどうこうなるというのか。そもそも自分も手塚も男同士であるというのに。つくづく暇な奴等だぜ・・・・と、調子に乗りやすい面々の顔を思い浮かべた。
「ふうん。正直だね。それ、手塚の前で言わないように」
「あん?」
「喜ばせるの癪だから」
「・・・・・・・・・・・何か知らねぇけど、仲悪ぃよな、お前ら」
犬猿の仲というわけではないが、手塚と幸村の間柄は良好とはいえない。それぞれ中学テニス界ではTOPレベルにあるわけで、自然、主だった大会の会場などでは顔を会わすことも多かったわけなのだが、この二人といえば挨拶ですら、かなりなところ素っ気無い。いがみ合っているというわけではないのだけれど、敢えて近づきたくないという事らしい。お互いテニスの実力の方は、認め合っているようだけれど。
跡部と幸村はそれなりに親しい。――真田あたりは苦々しく思っているようだが。
手塚と跡部は・・まぁそれなりに親しい。――周囲にそれと知らせるような隙は見せていないが。
そして、手塚と幸村の仲はよくはない。これは、周囲が判断するとおり、本人達も認めている事である。
跡部と違い、ふっかけられた喧嘩も笑みをもって圧倒する幸村と意識すらしていないのか素通りする手塚。喧嘩の売り甲斐のないこの二人が、珍しくも互いに敬遠する相手。興味深い現象といえばそうではあるが、3人同時に顔を合わせる場合は跡部ですらも、居心地が悪くなる。
何しろこの二人、そんな状況ともなれば互いに直接会話を放棄し、跡部を介して会話を続けようとするのだ。「俺は通訳じゃねぇっ!」と何度か叫んだ事もあるが、この2人相手に道理であろうと己の意見を通すのは非常に困難な事である――と常に思い知らされる。
「波長が合わない奴ってのは居るからね。跡部は手塚と仲良いみたいだけど」
「悪ぃだろ?」
どちらかといえば喧嘩ばかりだ、と跡部思う。嫌いかと言われれば「別に?」と答えるが、「好きか?」と問われれば「嫌いじゃねぇんじゃねぇ?」と、疑問符系の答えとなる。仲が良いかと聞かれれば、「悪い」と答える。跡部にとって「仲が良い」というのはジローのような存在だと思っているので、やたらとむかっ腹の立つ事の多い手塚の場合は「悪い」というカテゴリに分類されるわけである。だが「悪い」からといって「嫌い」「苦手」というわけではない。一緒に居るのが嫌なわけではない。そんな相手ならば、跡部の方から一切関わることなどないというものだ。
「悪い、ねぇ?」
「――ま、ライバルだしよ」
「それは関係ないんじゃないかな」
「――いつも、口論ばっかしてるぜ?」
「まぁ手塚はああいう奴だからね。跡部が腹を立てるのはよくわかる。それじゃぁ、俺の方が跡部的には仲良い?」
「さぁな。お前もライバルだし」
「ふふ。光栄だね。ま、それでも両立しないものでもないだろ?」
「それなりにいいんじゃねぇ?こうして休日に二人で会うぐらいにはよ」
「それじゃぁ手塚と変わらないじゃないか。面白くないね」
幸村の指摘通り、休日にプライベートな時間を共に過ごすというのは手塚も同じだ。だが、どうしてそこに幸村が拘るのかは跡部にはよくわからない。
「・・・・変なところで負けず嫌いだよな、お前」
「跡部が手塚手塚と、手塚にばかり意識を向けてるからだよ。真田の奴がやたらと跡部にだけは突っかかるのも同じ理由。ま、あいつは頭が固いから、単に跡部が気に入らないとでも思っているだろうけど。ああ、誤解を解くつもりはないよ。面倒だしね」
「立海もわかんねぇとこだよな。ああ、そういや手塚の何処がいいかって話してたんだか」
「何か思いついたの?」
「粗探ししてんじゃねぇよ。静かな所はいいよな」
「寡黙ってこと?単に口下手なだけじゃないかな。そりゃ、跡部のところの眼鏡君と比べれば静かだろうけどね」
「忍足の野郎なんかと比べんな。まぁ、あいつはアレでいいんだよ。そうじゃなくて・・・・手塚の横は空気が静かなんだよな。安心する」
「・・・・・・・ふぅん」
目を細める幸村に「んだよ」と、軽く睨みを入れてやると、「べーつーにー」と、馬鹿にされているかのような返答が返った。やっぱりこいつも腹立つ奴だ・・・・との認識を、跡部が幸村に抱くのは、これが初めてではないけれど。
「幸村と会っていたそうだな」
「ん?ああ。お前も来たかったか?」
「――――いや。遠慮しておく。折角跡部と会うのに、近くに居て欲しい存在ではない」
「・・・・・・・お前らってさぁ・・・・・・・・ま、いいや。それより手塚、そのまま動くな。ついでに喋るな。むかつく言葉聞きたくねぇからな」
「何の我慢大会だ」
動くな黙れと言われ、手塚の眉間に皺が寄る。
「黙れってんだろ。一言でも口聞いたら帰るぞ。てめぇの小言を聞きたい気分じゃねぇんだよ。たまにはサービスしやがれ」
「・・・・・・・・・・・」
何がサービスだ、と言いたいようだが手塚は大人しく跡部の言いつけに従い口を閉じたままだ。
「この本一冊読み終わるまでの間、そのままでいろよ」
「・・・・・・・・・・・」
返答すら飲み込んで、黙り込んだ手塚に背を預ける背から伝わる温もりと、静寂な空気。やっぱりこれは悪くねぇな、と思いながら、跡部は読みかけの本へと意識を戻した。
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