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贈り物 |
「―――遅かったな」
「・・・・・・・・批難の元が思いつかねぇ」
校門を抜けた瞬間、そこに立っていた人物に投げかけられた言葉に返す言葉としては、それは適当であるとも言えるだろう。
ここで待ち合わせをしていた、もしくは先に連絡があったというのならば話は別だが、全くの突然の来訪者に何をどう気遣えというのか。確かに、数歩前を歩く生徒が少々ざわついているのは気づいていた。一瞬ざわつき、けれども節度ある氷帝学園の生徒らしく、騒ぎたてる事もなく通り抜けていくのを見て、何が待っているかと言えばこの男。
これが髪を逆立てるなりして気合の入った相手であれば、一部の生徒は脅えるだろうし、また一部の生徒は跡部に害が及ばぬように体を張って守ろうとしたかもしれない。だが、手塚の姿を何処からどう見ても、そういう警戒心を抱かせない。またテニス部に関わる者ならば、手塚の顔は見知っているが、それ故に余計な真似をするわけにはいかないと判断するだろう。優等生然とした見てくれが、手塚をそのまま放置していたわけだが・・・・それが無くとも手塚の放つ妙な威圧感に圧せられ、結局は何もできないのかもしれない。
「それで?青春学園の手塚国光氏は、一体どのような御用件をお持ちで我が氷帝学園を来訪されたのでしょうか?」
「此処に来る理由など跡部に会いに来る以外あるわけがないだろう」
「・・・・・・・ああ、そうね」
お前は今更何を言っているんだ?とばかりの視線に、何故自分がそんな目を向けられなければならないのかと、跡部が激しく疑問を問いたい所だ。
確かに手塚とは、それなりの友好関係を築いてはいるが――お互いの家を行き来し、泊まる事もあるような関係はそれなり以上だが――手塚が自分に会いに来たと言い切られると、何ともこそばゆいというか、落ち着かない。元々、手塚に拘っていたのは自分の方だったはずだ。手塚はといえば、跡部の挑戦的な態度をいつも受け流す――どころか相手にしなかった感さえある。別にその事に腹を立てた事はない。その素っ気なさこそが手塚だと思っていたからだ。
しかしながら、部を引退して個人的な交友関係を結ぶようになってから、手塚の知らなかった面を多く知る事となった。随分と、強引な面もある。それと、扱い辛さは想定していたが、時に変な風に拗ねる。これではジローあたりと変わらないじゃねぇか・・・・と時折思う事があるくらいだ。
落ち着いている、大人びている、そうは言われていても、結局は中身は普通の中学生―――なのだろうか。そのあたりはそうと言い切るには、跡部にとってはまだ少々の抵抗があるのだが。
「とにかく行くぞ。遅くなった」
「は?何処へだよ」
「家に決まっているだろう。父も母も祖父も待っている」
「・・・・・・・・てめ、それ言われたら俺が逆らえねぇ事わかってて言うか?」
手塚の言葉は跡部がこの後どのような用事を持っていたとしても、それを翻させる程の効力を持っていた。ただし、それが口から出任せではないだろうところが手塚だろう。手塚が言うからには、確かに彼の家族が跡部の事を待っているのだ。
仕方ねぇな、と一息ついて抵抗の力を緩めた跡部は、はっと自分達に向けられる周囲の視線に気づく。
正門前という目立つ位置。そこで氷帝学園内では知らぬ者の居ない跡部を、これまた地味な癖にやたらと目立つ(跡部としては手塚は地味派手としか言いようが無いと思っている)手塚に腕を掴まれ引張っていかれている光景。拉致や強奪とこの後騒がれるのは目に見えている。
「・・・・・こいつは青学の手塚だ。余計な噂話をばらまくんじゃねぇぞ?」
「は、はいっ!」
跡部の視線を受けた氷帝の生徒が直立不動で返事をする。跡部が右と言ったら右。左と言ったら左。問題ないと言えば問題があろう筈がない。それが彼等の骨身に染みている。
「相変わらず見事な絶対王政だな」
「は。人望の為せる技だ。おら、行くぜ。彩菜さんを待たせるわけにゃいかねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・母の名を出すと覿面だな」
「あん?」
率先して歩き出した跡部の背を見つめ、諦めたように溜息を手塚が吐いた事に跡部は気づかなかった。
「ごめんなさいね、突然」
「いえ。彩菜さんのお誘いならば、いつでも喜んで」
「あら嬉しい。うふふ、だから景ちゃん好きよ」
「俺も彩菜さんが大好きです」
「相思相愛ね」
「はい」
「・・・・・・・・・・・」
いつもの事ながら・・と、手塚の顔が微妙に引き攣る。最も、それを見破る事ができるのは、その要因たる二人ぐらいのものであるのだろうけれど。
「母さんも景吾君も二人だけで仲良くしていないで、僕達も仲間に入れてくれないかい?」
「国晴さん、景ちゃんが来るのを楽しみにしていたのよ」
「わしもなんじゃが」
「ええ、お義父さまもですね」
「はは、嬉しいですね」
父と祖父の二人の攻勢を受けても、跡部は楽し気に微笑んだままだ。
「それでね、今日は景ちゃんの為にケーキを焼いたのよ」
「俺の為、ですか?」
「誕生日なのでしょう?」
「え、あ、はい」
一瞬驚いた表情を浮かべた跡部だが、すぐに咲き誇る花のような微笑を浮かべた。本当に、幸せそうな。手塚がやきもきする事に自己嫌悪を見出す程の。
「初めて作ったから、美味しくないかもしれないけれど」
「美味しそうですよ」
ケーキ屋の前で瞳を輝かせる子供のような屈託ない笑みを浮かべる跡部の今の姿を見て、超然たる帝王の姿を思い起こせる者は少ないだろう。こうして、僅かなりとも重荷を降ろせる場がここであるのなら、それは手塚にとっても何より嬉しい事だった。
「・・・・あぁ、甘すぎなくて、好きな味です」
「本当?」
「彩菜さんに嘘などつきませんよ」
「良かったわ」
切り分けたケーキを食べる跡部は、お世辞ではなく本当に美味しいと、その表情が何より語っていた。美食という点からならば、跡部はもっと洗練された素晴らしい料理に慣れ親しんでいる筈である。しかし、そのどの時にもこれ程輝かしい笑みは浮かべないだろう。恐らくは・・・・いや間違いなく、それが跡部の為に母の彩菜が作った品だからなのだと思う。
「美味しそうだね」
「美味しいですよ。ですが、俺ばかりが御馳走になっては申し訳ないです。皆さんも・・・・」
「ああ、後で頂くよ。その前に僕も景吾君の為にケーキを焼いたんだ」
「―――は?」
「ケーキを作るなど初めての事だよ」
「そ、それは・・・・そうで、しょうね」
にこにこと、朗らかに微笑む父に多少ひきつっては見えるものの、完璧な笑みで返した跡部を手塚はさすがと思った。少なくとも自分ならば、しばらく・・いや当分の間硬直し、まともに反応を返せないだろう。
「母さんの作ったケーキほど美味しくはないだろうけれど、食べてくれるかな?」
「・・・・・・喜んで」
父の差し出したケーキは、料理に慣れぬ年配の男であっても、そう失敗はなさそうな焼き菓子タイプで、材料を取り違えたり、分量を間違えたりなどしなければ、充分に食べられる味であろうと思えた。だが、例え塩と砂糖を間違えたような品であったとしても、跡部は美味しそうに平らげるだろうな、と思えた。
跡部が焼き菓子を食べ終えた頃、うー、おほん、等と喉を鳴らしつつ、祖父がうろうろと動きまわっているのが視界の端に映る。まさか祖父まで――?!と、愕然とした思いを抱く手塚だったが、それは恐ろしい事に手塚の勘違いではなかった。
「あー、うむ。わしも、じゃな、景吾君の為に作ってみた。食うてみてはくれんかの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・国一さんが?」
「男子厨房に入らずとは言うたもんじゃが、それも時代錯誤な話じゃしの。これはのう、妻がの、よく作ってくれたんじゃ。自分でも美味く作れたと思うんだが」
「頂きます」
心配そうに、やっぱり止めるべきかの、と祖父の手が引っ込めようとする寸前、跡部が素早く祖父特性の蒸しケーキに手を延ばす。手塚に比肩する全国区プレイヤーの反射神経は、並みのものではない。
「ど、どうかのう」
「大変、美味しいです」
「そ、そうか。ふふ、妻はこれが得意だったんじゃ。美味いか。そうか・・・・」
「・・・・・・はい」
涙ぐむ祖父の姿など、手塚は初めて見たような気がする。いや、記憶の淵にその姿はあったような気がする。遠い記憶の中に。だが今まで手塚にとって、祖父は厳格で揺るぎ無い存在として常にあった。
「すまなかった」
「―――何が?」
部屋へと誘う途中、手塚は跡部に謝罪した。
「まさか家族三人が同じ行動をするとは思ってもみなかった。全員分のケーキを平らげるのは、きつかっただろう」
「どれも美味かったぜ?」
「だが、限度というものがある」
「ばぁか。気にすんな。本気で、嬉しかったんだからよ」
「・・・・・・・・そうか」
この騒ぎは、手塚が家族に跡部の話をしたことがそもそもの要因だ。跡部は長く、家族で誕生日を祝う事がなかったと聞き、その事を家族についもらしてしまった。その結果がこれであるのだから、つくづく自分の家族は単純なのかもしれないと、何とも頭の痛いような、微笑ましいような、恥ずかしいような、誇らしいような、微妙な気分になる。
「しかし、何てーか、手塚の家族だよなぁ」
「どういう意味だ」
「直接的だっての」
跡部の手の中には、家族から手渡されたプレゼントが重なっていた。
望むものならば何でも手に入る立場に跡部が居る事を知らぬわけではない。その上で母達が一体何を用意したのかと疑問を抱いたものだが、確かに跡部の言う通り、手塚の家族は何処までも直接的だった。
「パジャマに着替えに枕ってな。専用かよ」
「いつでも泊まりに来いという事だろう。専用の部屋が用意されなかっただけ、遠慮はあると思わないか?」
「―――――お前は本当、手塚家の一員だよな」
「何を当たり前の事を言っている?」
「さてな」
意味不明だ、との表情を浮かべる手塚に答えず、跡部は用意された布団の中に潜りこんだ。
その日貰ったパジャマを着込み、その日貰った枕を抱え、明日は貰った着替えを着ようと考えながら。
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