光る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 聞くとはなしに聞こえてしまう会話というものがある。
 他人の会話に耳そば立てる趣味など持たぬ手塚であるから、それは全くもって偶然の産物で、例えば乾のようにそれが趣味だと思われてしまうのは断じて困る、と主張しておきたい。いや、誰に聞かれているというか、誰かに気づかれてはそれこそ困るのだけれど。
 何しろ、計らずも手塚が耳にしてしまったのは、同じクラスの女子生徒同士の会話であったのだから。
 
「人の肌というものはどんな時に光るものなのだ?」
「―――ア?」
 
 手塚のベッドに寝転がって雑誌に見入っていた跡部が半身を起こして振り返る。
 その表情は胡乱気で、その声音に幾分ドスが効いたように聞こえるのも致し方ないだろう。今の手塚の問いを受けて、穏やかに微笑んでいられる者など、手塚の母である彩菜か、チームメイトである不二周助ぐらいだ。最も、その笑みの意味合いは両者の間で全く異なるものであろうけれど。
 
「俺様にも意味がわかるように言ってくれねぇ?」
「言葉通りの意味だが」
「・・・・・・・・・・・」
 
 両者沈黙睨み合い。
 跡部としては、手塚の日本語不自由欠落損壊ぶりはわかっちゃいたが、少しは成長する努力をしやがれ・・・というところ。
 手塚としては、自分の言葉は確かに足りないかもしれないが、洞察力に長けた跡部であるのだからそれぐらい推察してくれ・・・・・・・というところ。
 どちらに分があるかはともかく、どちらに理があるかは考えるまでもない事だろう。
 しかしながら、こんな場合において折れるのは大抵・・・・というより殆ど跡部の方だ。なまじ面倒見の良い所が仇となっているのかもしれない。
 跡部は先程の手塚の言葉を脳内に反芻させ、しばし考え込む。適当に答えれば良いのだが、ここで生真面目に答えを導き出そうという所は跡部の美点ではある。だが、はっきり言えば損をしていると、実は誰もが思うだろう。
 
「・・・・光る肌、ねぇ。油でも塗ってんじゃねぇ・・・・?」
「何の為に?」
「―――撮影の為とか?」
「日常的にそんな事をするものか?」
「そこまで知るかよ。状況と対象もわからねぇ状態で導き出される答えなんざ、そんなものだ。データが足りねぇんだよ、データが」
「なるほど。データの重要性は、常々うちの乾も訴えているが」
「っかやろっ!あんな眼鏡野郎と一緒にすんじゃねぇっ!」
「跡部。俺も眼鏡なんだが」
「――――まぁ、それはさておき」
「・・・・・・・・・・・」
 ふいと視線を逸らし、話題を逸らした跡部に、俺の問題はさておきで済まされる事なのか・・と微妙落ち込んだ手塚ではあったが、そこを突っ込んでも話が進まないので沈黙を守る事とする。
「俺様の有り難い助言が欲しいってんなら、それなりの元ネタを寄越せ」
 いつの間にやら起き上がり、ベッドの上にて胡坐をかきながら腕を組み、ふんぞり返る跡部は何処までも偉そうだった。手塚が、「いや助言ではなく、ただ答えを知りたいだけなんだが」という恐らくでもなく余計な一言となるであろう言葉を口にする事を阻む程には、跡部のでかい態度にはそれなりの説得性があったかもしれない。
「・・・・・・ネタというか、それを話していたのは、クラスメイトの女子なんだ」
「ふん?」
「細かいところまでは聞こえなかったのだが・・・・」
「聞いてたら変態扱いされたんじゃねぇ?」
「混ぜっ返すな。ともかく、部分的にしか会話は聞こえなかったのだが、女子が何人か集まって話をしていた。その内の一人の肌がつやつやと輝き光っているとかいう話で盛り上がっていた。からかわれているような感じだったが、苛めというわけではなさそうだったし、言われた当人も恥ずかしがってはいたが嬉しそうだったな。だが、その日の記憶を掘り起こしてみても、油を塗っているような女子はクラスに居なかったと思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほどね」
 手塚の拙い説明を、一通り聞いた跡部は蒼い瞳をすっと細め、得心顔で頷いた。つまりは答えがわかったという事だろう。
「確かに、その女は光る肌をしていたんだろうよ。クラスメイトの女から羨望されるような、つやつやとした輝きを放っていたんだろうな」
「油でか?」
「油の話はもう忘れろ。ただの冗談だ」
「冗談だったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・本気と思う方がどうかしてるだろ」
「そういうものか」
 手塚の返答に跡部は奇妙な生物を見るような表情を浮かべたが、社交性には定評のある跡部の事、すぐに己を立て直した。ただ単に、手塚相手の場合今更だと思い切ったのかもしれないが。
「―――女って奴はな、ある条件によって光り輝く場合があんだよ。内面からの幸福って奴なのかもな」
「それは女子限定なのか?」
「アーン?・・・ま、別に女子とは限んねぇ、かもな」
「なるほど。ならば、跡部にもその条件が当てはまってもおかしくないというわけか」
「・・・・ア?俺、様、が、何、だ、っ、て・・・・?」
 手塚の言葉に跡部の顔がひきつり笑いを浮かべる。ただし、おかしくて笑っているわけではない。明らかに怒りを堪える為に、笑みを浮かべて抑えているという状況だ。しかしながら、己の思考に入り込んだ手塚は、そんな跡部の状態に気づいていない。
「そういう事か。人の肌が光輝くというのは内面的要因から発する所が大きいというわけだな」
「・・・・・・・間違いじゃ、ねぇかもな」
「では跡部、その光る理由なるものを教えてくれないか?お前の肌が光輝いているのも、そこに要因があるのだろう?」
「―――――――手塚?」
「どうした跡部。そんなに拳を固く握って。あまり強く握ると、爪で傷がつく。しかも震えているようだが・・・・風邪でも引いたのか?」
「・・・・・・風邪なんざひいてねぇし、爪は延ばしてねぇから問題ない。それより、この俺様をそこらの女と一緒にすんじゃねぇっ!!」
「当たり前だろう。跡部は跡部だ。幾ら俺でも、お前の性別を間違うわけがない」
「―――そういう、意味じゃねえっ!!!!」
「?」
 突然怒り出した跡部に、手塚は困惑するばかりだった。
 
 
 それからしばらくして、興奮をようやく収めた跡部によって、「女の肌が輝く理由」なるものを、跡部にたっぷりと説明された手塚は、精神誠意をもって跡部に謝罪を繰り返す事となったのだった。
 最も、その時の本心としては、いつか自分の手によって跡部がそういった姿を見せてくれる事を、望まないでもなかったのだけれど――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.08.26
 
 
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