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光る |
基本的に手塚家の人々は厳格で生真面目な質を持っていた。
ただし、例外というものもある。
かくと、揺れる金茶の髪に気遣わし気な4対の視線が向けられる。
今日の跡部は体調が万全とは言えないらしく、何度も欠伸を噛み締めるような素振りをみせた。
たるんでいる、みっともない、――と、これが指導を与える子弟に対してならば、国一は厳しく接しただろう。
また、温和な性質に騙されがちだが芯は厳しい所のある国晴であるので、ここにいたのが己れの部下あたりであるならば、人目を気にせず「しっかりしなさい」と、叱責もした事だろう。
しとやかなるも穏やかかつ物腰柔らかな日本女性の鏡たる彩菜とて、時には家族の誰より厳しい態度をみせる。
そして肝心の手塚家の一人息子たる手塚国光ともなれば―――部員達がそのような状態となっていたら、気が緩んでいると叱責し、お得意の耐久グラウンド走りをさせる所だ。
だがしかし。そんな手塚家の人々は、客人宅にて居眠りをしかけている跡部に対し不快の念など全く抱いていない。ただただ、跡部を気遣うばかりであった。
跡部景吾という少年が日頃より多忙を極め、年齢不相応な程に、日々精力的に動き回っている事は国光の口から語られており周知の事実となっていた。
少しは体を休めなさい、と彩菜が跡部の身を案じて忠告もしたのだが、それに対する跡部の答えはといえば「家に居る方が休めないんですよ」というものだった。普段は海外を飛び回っている跡部の両親なのだが、今は長らく自宅に居るらしい。
しかしながらゆっくり骨休めというわけではなく、自宅を拠点として日々忙しいらしい。家に招かれる客人も多いらしく、そんな客を迎えるホスト役が跡部に割り当てられる事が少なくないらしいのだ。しかも、近頃は娘や従姉妹、遠縁の娘――と少女を伴ってくる客が多いそうで、何を狙っているかは明白だ。
彩菜などはその話を聞いた途端、前言など忘れ去ったかのように綺麗に主張を翻した。「うちはいつでも歓迎よ。何泊していっても構わないわ。親御さんには私からお話するから跡部君は何も気にしなくて良いのよ」と、穏やかでありながら有無を言わせぬ口調で言い切った。
「景ちゃん、眠い?」
「すみません。そろそろ限界のようです。ご迷惑をかけますので、もう帰ります」
「駄目よ。今日はうちに泊まるってもうお話しておいたわ」
「―――彩菜さん」
「景ちゃん相手だと、先手必勝じゃないといけないから。さ、いらっしゃい」
「え?」
「少しね、眠っておいた方が良いと思うの」
「・・・・・・・・・・・・・」
こちらにいらっしゃいと招く彩菜の手は、床に座った自らの膝の上。つまりは膝枕をしてくれると言っているのだ。
「いや、それは・・・・」
「いかんぞ、彩菜さん。景吾君とて年頃の少年じゃ。友人の母の膝枕なぞ、気恥ずかしくてかなわんじゃろう。さ、景吾君、わしの所へ来るのじゃ」
「・・・・・・国一さん」
どっかりと床にすわり胡坐をかいた国一は、ぽんぽんと己の膝を叩く。こちらもどうやら膝枕を(多分好意で)してくれるつもりらしく、跡部は眠気ばかりでない眩暈を感じてしまう。
「いけませんよ、母さんも、お父さんも。跡部君が戸惑っているじゃないですか」
「国晴さん」
ようやくまともな意見が・・・・とほっと息を吐く跡部は、すぐさま己の認識の甘さを思い知る事となった。
「第一ですね、床に寝たら体が痛くなってしまいますよ。さ、跡部君、こちらのソファにおいで」
「・・・・・・・・・・」
国晴さんあなたもですか―――とひきつり笑いを浮かべてしまう跡部である。
手塚家には珍しい洋風セットであるソファはリビングに備えつけられている。スポーツ選手らしく鍛えあげた跡部の体を横たえても十分すぎる程の余裕があった。ただし、その端には国晴が座っており、綺麗に揃えられた膝の意味するところは彩菜な国一の主張と何ら変わりはない。
「お父さんもお母さんもおじいさままで何を言っているんですか。跡部、冗談に付き合う必要はない」
「あ、ああ」
「ひどいわ国光ったら。冗談なんて」
「全くだね。いつも跡部君を独り占めしているんだから、たまには譲ってくれてもいいんじゃないかい?」
「うむ。心の狭い孫息子じゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
母・父・祖父、と結託され、非難の目を向けられた手塚は能面のような表情で固まった。ずるいと言われてどうしろというのか。大体、その子供のような言い分は何ですか、と言いたいのだが、険悪なわけではない家族の事、文句を言うにも言えない状態である。
「――あの、あまり手塚で、いえ、国光君で遊ばないでやってください」
「あらいやね。景ちゃんたら、国光に甘いんだから」
「そんな事ではありませんよ。その、皆さんのお申し出は有り難いのですが、やはり恥ずかしい思いの方が強いので、申し訳ありませんが辞退させて頂きます。すみません」
「跡部が謝るような事ではないだろう」
「ばぁか。気持ちは嬉しいんだよ。この年じゃなけりゃぁなぁ・・・・・ふぁ・・・・あぁ駄目だ、本気で限界近ぇ」
「―――部屋へ行こう」
「ん、・・・・手塚?」
「まだ跡部の寝具は敷いていないが、少しの間俺のベッドで休めばよい」
「いいのか?」
「ああ。俺は課題があるから、2時間程したら起こしてやる」
「悪ぃ」
「気にするな」
跡部を誘い、手塚はおのれの部屋へと向かった。
これ以上家族のもとになどおいてはいけなかった。くあ、と欠伸をかみ殺した跡部の目尻に光る透明の滴。ちりと焼け付くような焦燥を胸の奥に感じたが、気づかないふりをする。
多少強引なまでに跡部の手を引きリビングから出て行く途中、母の穏やかな表情に浮かぶ静かな瞳が、手塚の事を諌めていた。まるで、「無理強いは駄目よ?」と、手塚の心を見透かしたが如く。
勿論、手塚とて思うままに行動するつもりなどない。本心から跡部を休ませたいからこそ、こうして連れ出したのだ。
手塚家において、寛いだ様をみせる跡部であるが、囲まれた状態で寝入る程には無防備ではない。それに何よりも―――いくら家族とはいえ、穏やかに眠る跡部の姿を見せたいとは思わぬ手塚だった。
「―――本当、悪ぃな」
「気にするなと言っている。お前は少し無理をしすぎだ」
「ばーか。てめーにゃ、言われたくねぇ」
「お互い様とは到底思えんぞ」
「んだと?」
「そういきりたつな。話の続きは後にしよう。とにかく今は・・・・寝てくれ。俺も課題を仕上げるから」
「ち、わかった・・・・よ・・・・・」
「・・・・・・・・・」
返事をする間に、すぅと眠りに落ちていく跡部は、本当に限界だったのだろう。
苛烈な光を放つ蒼い瞳が閉じられ、意外な程に幼く見える風貌。繊細な容姿は、あの挑戦的な表情が収められると、殊更に際立って見えた。さらと、起こしはしないよう注意しながら触れた金茶の髪は柔らかく、いつまでも触っていたいようなさらりとした感触で。撫でる感触が気持ち良いのか、ふんわりと浮かんだ跡部の柔らかな笑みにドキリとした。
「――――起きていても、眠っていても、お前は・・・・・・」
小さく呟く手塚の言葉は、完全に眠りの中に落ちた跡部の耳には届かないのだった。
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