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光る |
近頃の状況を考えるにつけ、手塚は自分が恵まれているのかそれとも逆なのか考える事がしばしある。
もともと、感情が表に出にくく、本音が掴み辛いと言われてきたが、長い経験によるものなのか、それともそれが母であるという事なのか、手塚の母である彩菜に関する限り、その例には及ばない。自分ですら気づかぬ感情を、言い当ててくれる事すらあるのだ。
母親というものは、自らの息子の恋路を応援するのが当然なのよ――というのが母の言。
息子を溺愛する母親の中には、自分以外の女性が近づく事すら嫌悪する傾向にあるらしいが、手塚の母の場合はそういう傾向は無い。どちらにしても、手塚が想う相手は「女性」ではないのだが。
もともとの性癖がそうというわけではない。それどころか、恋愛面に関してはとにかく淡白な方だった。いや恋愛に限らず、他人に対して興味を抱く事など殆どなかった。唯一の例外といえば、プロの世界で活躍するテニスプレイヤーに対して憧憬なる想いを抱くぐらいであっただろうか。
そんな手塚のある意味閉塞された世界は、中学を入学すると同時に激変した。いや、たった一人に出会った事で変わったのだ。
跡部景吾という存在を知って以来、手塚の胸の内には彼という存在が住み着くようになってしまった。
他校の生徒であるし、跡部は手塚に対してかなりな所ライバル視していたから、親しい関係を築けようとは考えていなかった。試合会場で見かける度に、彼を取り囲む同校らしき生徒達を羨むようにじっと見詰める事はあったけれど、自ら一歩を踏み出そうとはしなかった。気紛れにかけられる跡部からの挑戦的な言葉に、打ち震えるような喜びを感じていたとは、互いの家に行き来する程に親しくなった今でも明かしてはいない。それを口にするという事は、手塚の秘めたる感情も全て曝け出すという事に他ならないからだ。
跡部はあの態度であるというのに、不思議と人に好かれる。人を惹きつけて止まない吸引力を持っている。注目される事に慣れているせいか、近寄って来る者、憧れの目線で見る者に対して特別な態度を取る事はなかったが。ファンとも呼べるそういった輩に囲まれる事を、跡部はすでに当たり前の事のように受け入れているようだった。
跡部の思考はテニスを基準として動いている。華やかな容姿や派手なパフォーマンスにより、単なる目立ちたがりと判断されがちだが、その内面は実に地道で堅実だった。そして、中途半端な者を好まぬ厳しさを持っていた。テニスで強い者。テニスを愛する者。それだけで、跡部にとっては価値ある者となる。
自分が参加しなかった選抜合宿において、跡部と浅からぬ親交を築いた者た居るという話を後に聞くに居たり、参加できぬ状態であった己の身を悔んだ。そして嫉妬もした。
自分では抑えていたつもりであったのだが、内面的に随分と荒れていたらしい。母に、「近頃、国光は随分と機嫌が悪いのね」と、夕食の席で母に指摘されて初めて気づいた。その場においては、父も祖父も不思議そうな表情を浮かべていたけれど、全てを見透かすような母の視線は、手塚にとって逃れきれるものではない。結局その後、食事も全て片付け、祖父も父も各々の時間を楽しむ為に席を外し(近頃、祖父と父は将棋に凝っている)、二人きりとなった状況において、手塚は母から容赦ない追求を受ける事となった。
自らの感情すら掴みきっていたわけではなく――いや、本音の部位ではとうの昔に自覚していたけれど、敢えて感情を奥深くに沈めていた――、話はたどたどしいものとなったのだが、そんな息子の口下手な面もよく把握している母は、見事に手塚の現在の状態を掴み取った。
そして、「その子をうちにご招待したらどうかしら?」と爆弾発言をかましてくれたのだ。
「いえ。それほど、親しいという間柄では・・・・」
「国光。時には積極的に攻じる事も必要なのよ?あなたが鬱々としている間に、鳶に油揚げなんて状態になってしまうのだから。話に聞く限りでも、その子は随分と魅力的な子みたいだし、知らない間に誰かに取られてしまうわよ?」
「確かに、跡部は大層魅力的な奴ですが・・・・あの、跡部は男、なのですが」
「ちゃんと話は聞いていたわ。氷帝学園の生徒さんなんでしょう?学校も違うのだし、国光が動いて機会を作らないと全然会えないのではないかしら?」
「・・・・・・・会う機会など・・・年に数回程度です」
「ほら。その子も氷帝学園ではテニス部の部長さんで、生徒会長もやっているんでしょう?相談したい事があるとでも、理由づければ良いわ」
「いや・・・・そんなアイツを騙すような事は・・・・」
「騙すのではなくて、本当に相談すれば良いのよ。――国光」
「はい」
「跡部君をうちへご招待しなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・はい」
強い口調というわけではなく、怒鳴りつけたというわけではなく、息子と違いスポーツなどで身体を鍛えているというわけでもない母の静かな言葉であったのだが・・・・手塚には逆らう事などできなかった。
連絡先だけは互いに交換してあったので、跡部に連絡を取る事は難しい事ではなかった。この場合、電話をかける方が正しいような気がしたが、跡部に対してうまく説明できる自信が手塚にはない。その為、何度も文面を打ち直しながらメールを送る事にした。
『相談したい事がある。うちに来てはくれないだろうか? ――手塚国光』
何度も何度も手直しを入れたというのに、結局送った文面は、まさにそのままとしかいいようがないものだった。突然の誘いであるので、反応が無い事すら覚悟していたというのに、跡部からの返信は早かった。待つ事2分にも満たなかっただろうか。たかだか1通のメールを送るだけでどっと疲れた手塚が、己のベッドに突っ伏していると、ブルブルと携帯電話がメールの着信を知らせてきた。
『珍しい奴からの連絡だよな。何の相談だか知らねーが、構わねぇぜ?日と時間を指定しな ――跡部景吾』
緊張しながら開いたメールの中身は、そんな内容だった。手塚より余程多忙を極めているであろうに、跡部はこちらの都合に合わせてくれるようだった。慌てて、滅多にない速さで返信メールを打ち込み、次の週末の午後ではどうだろうかと送った所、今度は1分も満たぬ内に、『問題ねぇ。住所はわかってるから直接そっちへ行く。迎えはいらない』との返信が来た。
しばらくの間、その内容が信じられず呆然としていた手塚だったが、母に報告しなければいけないと気づき、ゆっくりとした足取りで母の元へと向かった。
「次の日曜の午後に、跡部が来れるそうです」
「あら。国光、ちゃんと誘えたのね」
「・・・・・・・・・・・お母さん・・・・・・」
「冗談よ。何を作ろうかしら。跡部君の苦手なものとかわかる?」
「・・・・・・・・すみません。わかりません」
「駄目ねぇ。国光は本当に気が利かないのだから」
「申し訳ありません。うちの部にそういう事に詳しい者が居ますので、明日にでも情報を得てきます」
「あら。他の人の方が詳しいなんて」
「―――今後は努力します」
「そうなさい。うふふ。楽しみだわ。今度のお休みはお父さんも家に居るし、お義父さまも用事はないとおっしゃっていたし、全員で歓迎しましょうね」
「・・・・・・・いえ・・・・その・・・・あまり、大仰に、なる、のは・・・・」
「腕によりをかけて御馳走を作らなきゃ。跡部君の下の名前は何と言うの?」
「確か景吾、と。跡部景吾です」
「景吾君・・・・景ちゃんね。――手塚景吾。悪くないかしら?」
「・・・・・・・・・・お母さん・・・・・」
きらきらと、きらめき光るような微笑を浮かべる母を前に、泣く子も黙る青学テニス部鬼部長たる手塚国光は、今にも倒れそうな表情でがっくりと肩を落とした。
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