光る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 花火を見に行こうと誘われ、断る理由もないので頷いた。
 脳裏にちらりと氷帝の仲間達の顔が浮かぶ。
 
「今度の土曜、花火大会なんだぜ!」
「跡部も行こうよ!」
 
 そう誘われたのは、ほんの三日ばかり前の事。それを跡部は「面倒臭ぇ」と、一言の下に却下した。
 仲間内でつるむのが嫌いなわけではない。ただ、この週末は手塚家に招かれており、そちらを優先しただけである。
 跡部が頻繁といえる程に手塚家に入り浸っている事は、仲間達には明かしていない。その為、そんな風に突っ撥ねてしまったのだが・・・・今思うと少なからぬ罪悪感を感じぬでもなかった。
 今度埋め合わせでもしてやるか・・・・と、事がバレたらうるさそうな仲間の顔を思い出し、跡部はくっと笑い声を立てた。
 
「どうした?」
「いや、思い出し笑いだ」
「そうか」
「・・・・・・それで、場所はどこなんだ?すぐに出た方が良いのか?メシは?彩菜さん達も行くのか?」
「食事は途中屋台で軽食を買えばいい。不衛生さが気になるか?」
「いや」
 
 跡部は軽く首を横に振った。家族が知ればあまり良い顔はしないだろうが、元々会話の少ない家族なので、わざわざ話をする事もない、と跡部には思えた。また、幼い頃からそういったお祭りの類には縁が遠く、車の中からきらきらと輝く屋台や楽しそうな人の群れを、そっと見ていた事を思い出す。あの時跡部は羨ましいと、思っていたのだ。
 中学に入ってからは、行動を制約される事は殆どない。よく言えば信頼されているわけで、穿った目で見れば放置されているわけである。それでも根が生真面目な跡部であるので、夜の繁華街をぶらつく事はなく、また大きい小さいに限らず祭りの類も忙しさにかまけてうまくタイミングが合わず、なかなか行けずにいた。
 恐らくは跡部が「祭りに行ってみたい」とジローにでもこぼせば、即座に氷帝の仲間達が動いて、跡部が断りきれないぐらいに強引に、引張っていったのだろうけれど。生憎であるが、そういった機会は今の今までなかったのだった。
 
「まぁ、実際衛生的ではないが・・・・屋台程度で腹を下すようでは、その方が問題だろう。祭りには母は行かない。幼い子供でもない。家族でぞろぞろ行っても仕方がないだろう」
「――家族ねぇ。俺はガキの頃そういう風に、親と一緒に出かけた事はなかったな」
「・・・・・・すまない」
「嫌みで言ったんじゃねーよ。気 にすんな」
 手塚の謝罪を跡部は軽く流した。実際、不快に思ったわけでも何でもなく、ただ過去にあった事実がポロリと口をついただけなのだ。
「・・・・・・母達と共にが良いなら話してくるが」
「いいっての。変な気を回すなよな」
「・・・・・・・すまない」
「だから謝るなっての。で、場所は?」
「――ここから、しばらく歩いた先にある川べりで見れる。まずは着替えよう。母が跡部の分も用意している」
「はあ?用意って・・・・?」
「週末に花火大会がある事を教えてくれたのは母だ。跡部に浴衣を着せるのだと張り切っていたな。誘いの電話が行っただろう?」
「・・・・・・・・来たな」
「あきらめてくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・しょうがねぇな」
 彩菜の名を出されれば跡部は大人しくするしかない。手塚の母は跡部にとって奇妙な程に逆らえぬ存在なのだ。
 
 彩菜は跡部に空色を模した鮮やかな蒼の浴衣を用意していた。手塚用には濃い藍染めを。どちらも上品な品で、川べりで座りこむかもしれない事を考えると、一瞬躊躇を覚えた。まぁ、何か敷けば良いだろうと、好意は好意(多分に彩菜の楽しみかもしれないが)として受ける事とする。
 
「似合うな」
「ありがとよ。てめーも似合ってんじゃねーの?」
「そうか。礼を言っておく」
「・・・・・・・・・・・どこまでも堅苦しい奴だなてめぇ」
 跡部は手塚の反応にくっくと笑った。
「何買ったんだ?」
 途中、手塚は跡部に「ちょっと待っていてくれ」と言い、屋台で何かを買っていた。背後から覗くというのも趣味が悪い事であるし、それより周囲のざわざわとしたざわめきが妙に楽しくて、跡部は待っている間も特に暇は覚えなかった。手塚本人もさほど待たせる事なく戻ってきた事であるし。
「ああ、お前に」
「俺に?」
 小さな紙袋を渡され戸惑いながらも跡部はそれを受けとる。中を開けると、小さなリングが転がり出てきた。
「ガラスの、指輪?」
「光を受けて。綺麗だったんだ。青く光って、跡部の・・瞳の、ような」
「―――――」
 とつとつと喋る手塚に、お前口説いてんのか?とからかいたくなった跡部であるが、生真面目一辺倒の手塚をここでそんな風にからかうと、怒って一人で帰ってしまうかもしれない。折角の花火をまだ見ていない今、それは避けた方が良さそうだった。そんな跡部の黙した態度を誤解したらしい手塚が、表情を軽く歪める。
「―――すまない。こんな安物をお前に渡しても仕方がないな。第一指輪は女性がつけるものか・・・・」
 そう言って手を延ばしてきた手塚から、跡部は一歩身を引いて逃れた。
「跡部?」
「貰っておく」
「いや。だが・・・・」
「くれたんだろ?」
「―――ああ」
 悪戯っぽく笑う跡部は、もう返さねぇぜ?とばかりに、手塚の贈りものであるガラスの指輪をぎゅっと握りこんだ。
 
 
 
 跡部としては他意があったわけではない。だが、あの堅物の手塚が跡部に贈り物を――しかもこんな可愛らしい指輪をというのが妙に心楽しかったのだ。
 祭りから帰り、机の上に転がしてみたガラスの指輪は薄く青みがかっている。
「―――俺の目、ねぇ?」
 こんなんに見えるのか?と内心首を傾げながら、指に嵌めてみるが当然ながらテニスで鍛えた跡部の指にぴったりはまるものではない。まぁ、それは予測していた事だ。今度手塚には、「女に指輪を贈る際は、ちゃんとサイズを確認しろよ?」と忠告してやるつもりだった。
「確か、ちょうど良さそうなチェーンがあったな・・・・」
 普段はあまり装飾品をつけぬ跡部であるが、全く持っていないというわけでもない。その中から比較的シンプルな細い鎖を選びだすと、跡部はガラスの指輪をそれに通して首にかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.08.08
 
 
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