光る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ブツリ、と音を立てて、暗闇が訪れた。
 
「・・・・・・停電か」
「みてーだな」
 手塚の言葉に、腰を浮かせた跡部は窓の方へと歩いていく。
「見ろよ。外も真っ暗だ。ヒューズが飛んだわけでもなさそうだ」
「お前がそ一般家庭の配線事情に目が向くとは、な」
「んだよ、それ。ま、うち(跡部家)にゃ、非常時に対応した自家発電機があるから、停電だろうと緊急的に問題はないが」
「・・・・・・・・・あるのか」
 冗談のつもりで言った言葉を肯定されて、手塚は少しばかり頭痛を覚えた。わかってはいるが、この生活レベルの違いというものは、時に距離を感じさせる。
「停電程度で警備システムが死んじまったらそっちの方が大事なんだよ。国宝級の調度品も少なくないしな。ま、全て保険はかけてあるけどよ」
「そういう問題ではないだろう」
 美術品の中には、天文学的な価格をつけられた物もあるが、その価値は価格ではない。値がつけれない程の貴重な品、という事なのだ。芸術音痴な面のある手塚であるが、祖父がそれなりの目利きである為、古美術がいかに大事なものであるか(古い物に限らず美術品は全てかもしれないが)、幼い頃より厳しく教育されてきている。
「まぁ、な。だが、物はいつかは壊れるもんだ」
 肩を竦める跡部は、美術品の価値は価値としてよく理解しているであろうに、それとは別に突き放す目も持っているようだった。そういえば、跡部はあまり物に執着しないな、と思い出す。大事にはする。だが、壊れた場合には、「仕方が無い」ですぐに諦める。それは、人との関係においても同じなのだろうか。
 跡部が氷帝部員達を大事にしているのは、誰が見ても明らかだ。また、生徒会長としての責務ばかりでなく、学園そのものを、生徒達をまたその庇護下において大切にしている。王様と祭り上げられてちやほやされていると、他所の学校の連中は陰口を叩くが、たった一人でいかなる強風からも、学園を真っ向から守り迎え打つのが跡部という男である。
 だが、今でこそ、氷帝学園の生徒達は――教師も含め――跡部景吾という人物に心酔しているが、最初からそうであったわけではないようだった。
 叩かれもした。造反者もいた。それでも全てひっくるめて、跡部は受け入れたのだそうだ。本人は決してそんな話はしないけれど、手塚が跡部と親しい関係を築いていると知った宍戸や忍足などが、密かに教えてくれた。
 もう少し、弱音を吐いてくれても良いのだが・・・・と、願う気持ちはあるのだが、跡部がそういった面を手塚に見せる事はけっしてないだろう。今の立場で損をしているとは思わないが、身内になりきれなかった事は残念に思う。最も、手塚が求めているのは、それよりももっと上の、懐に深く入り込んだ部位であるのだから、今はこれで良しと諦めるべきなのだろう。
 
「・・・・・・・手塚?」
 そんな事をつらつらと考えていたら、意識を逸らしてしまっていたようだ。覗きこむようにして、跡部の顔が間近に迫っていた。
 窓際に居た為、真っ暗闇というわけではなく、月明かりが部屋に差し込んでいる。月の光を受けて、浮かび上がる白い顔。幻想的なその美々しい造詣に、ふと手を延ばしそうになったが、手塚は何とか拳を握る事で堪えた。
「すまない。・・・・こんな闇の中では危険だな。蝋燭でも取ってこよう」
 逃げるつもりではないが、跡部から距離を取る為に身を引き、階下へと降りていこうとした手塚の腕を跡部が掴む。
「待てよ。慌てるこたぁねぇ。折角彩菜さんが淹れてくれた珈琲が冷めちまうだろ」
「しかし・・・・」
 跡部の言葉は最もではあるのだが、こんな中ではカップの位置も覚束ない。もしかすると、跡部には夜目が利くのかもしれないが、手塚にとっては部屋はすっかり闇に包まれていた。部屋の中で転びかけない。
「すぐ、復旧するかもしれねぇだろ。おら、座れ。ちょうどいいもん、持ってきた」
「・・・・・・・・そうか」
 
 悪戯っぽい笑みを浮かべる跡部に促され、手塚は床へと座りこんだ。どうやら跡部は何かするつもりらしく、それには手塚が動くと邪魔らしい。その為、じっと動かずに待つ。
 ガサガサと、鞄の中から何かを取り出した跡部が、今度は珈琲に何かしている。時折響くカチャカチャという音が、それと知らせてくれた。
 沈黙のままに待つ事は1〜2分だっただろうか。先に珈琲が冷めると言ったように、跡部は手早く何事かを済ませた。
 
 ぽぉ、と、闇の中に青白い炎が光る。
 ゆらゆらと浮かび上がった小さな火が、手塚と跡部の周囲を狭い範囲だが照らしてくれた。
 
「火など、持ち歩いていたのか・・・・?」
「別に煙草の為じゃねぇぜ?どっかの怪物クンじゃねーんだから、ヤニ吸って粋がるつもりはねぇ」
「跡部がそういう真似をするとは思っていない。自己管理の面では、厳しい程であるのだから」
「そりゃ、ありがとよ。ま、貰いモンのライターがちょうどあったんでな」
「そうか。しかし、砂糖に火をつけただけでこんな風に綺麗に燃え上がるものなのか?」
 不思議そうに問う手塚の前で、珈琲カップに添えられたスプーンが燃えている。正確には、スプーンに盛られた角砂糖が蒼の炎と化しているのだ。
「ばぁか。んなわけあっかよ。砂糖にちっとばかり、ブランデーを垂らしたんだ。そいつを媒介に、こうして蒼い火が燃えるんだぜ?」
「ブランデー?!跡部!俺達は未成年だ。飲酒できる年齢ではない」
「あーったくよー。本気でお約束な奴だな。数滴たらした程度で飲酒も糞もあっかよ。このブランデーにしたってな、国晴さんに持ってきたもんだ。ま、調度良いから少しばかり拝借したってわけよ。封切ったからって怒るような人じゃねぇだろ?」
「それは、そうだが・・・・しかし、ブランデーといえばアルコールの度数がかなり高いだろう」
「だから、んな少量じゃどうってことねーんだよ。菓子にだって使ってんだろ?リキュールとか、ブランデーとかラム酒とかをよ。この飲み方だって、奇抜なものじゃないんだぜ?カフェ・ロワイヤルってな、由緒正しい・・・・・・飲み方だ」
 1度程度であるとはいえ、それがブランデーベースのカクテルの呼び名である事は、跡部は敢えて伏せた。余計な論争をここでしても仕方がないというものだ。
「ま、気に入らねぇんなら、飲まなきゃいいだろ」
「そんな事は言ってはいない。ロワイヤル・・・・王の飲み物という事か」
「ま、そんな意味合いだな」
「そうか。この蒼の炎といい、随分とムードのある飲み物だな」
「はっ!てめぇと俺様でムードだしても仕方がねぇがな。覚えておいて損はないと思うぜ?ロマンチックな演出には使えるだろ?」
「・・・・・・・・・・・・お前以外とロマンチックな雰囲気になっても仕方がないのだがな」
「アーン?何か言ったか?」
「・・・・・・・・・・いや、別に」
「?」
 不思議そうな表情を浮かべる跡部から視線を外し、手塚は蒼き炎が揺らめくスプーンを軽く振って、砂糖をカップの中へと落とした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.07.30
 
 
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