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光る |
階段を降りる途中から、母の楽し気な、華やいだ声が聞こえてきた。
誰か客人でも来ているのだろうか・・・・と、幾分緊張しながらキッチンを覗き込む。御近所の主婦の方との付き合いは、手塚にとっては苦行でしかない。時に、「うちの娘がね――」などと話題を振ってくる事もあったりなどして、なるべくどころか可能な限り勘弁して頂きたい。
「―――お母さん、今日の夕飯は・・・・・・・・」
遅くなりますか?と問おうとした先、舌が止まる。
予測外の存在に、手塚の意識が一瞬くらりと飛びそうになった。
「何故、お前がここに」
「彩菜さんに会いに来たんだよ」
はん、と鼻を鳴らし、跡部は椅子に座ったまま半身だけを手塚に振向いた。恐らくは足音が聞こえた時点で気づいていたであろうに、今初めて気がついたとでもいうかのように。
こんな時、つくづく手塚は、跡部がいかに手塚家において手塚の地位を低く見積もっているか知れたものだ・・・・・・と思えてしまう。ペットがよく、家族間の権力構造を素早く見抜くように(跡部はペットなどという可愛らしい存在ではないが)、跡部のインサイトにかかれば、お手の物という事なのだろうか。
「来てるならば来てると言ってくれれば」
「アア?だから彩菜さんに会いに来たってるだろ。てめーにじゃねぇよ」
「・・・・・・それは、俺には会いたくないという事か」
いつもの憎まれ口とわかってはいても、心ならずも僅かに傷ついてしまうのは、手塚が跡部に向ける想い故であろう。誰に敵意を向けられようと、突っかかられようと、気にした事などない手塚であるが、跡部にとって価値ないものと思われるのは、軽く流せる事ではない。
だが、そんな手塚の想いなど、全く知らずというのか、または聡い跡部は知っていて敢えてそうしているのか――いや。今までの考えてみるに、気づいていないと断定すらできるだろう。差し詰め、好意を向けられ慣れすぎていて、鈍化しているのかもしれない――何にせよ、厄介極まりないのだが――跡部はあっさり手塚を切り捨てる。
「別にそうとってくれても構わねーぜ?」
1トーン程落ちた声音にも怯む事なく、跡部はさらに手塚を突き放す。これが青学のメンバー達ならば、手塚の機嫌の下降へと合わせて下手に出てくるのだが。
いや、もともと跡部は手塚を前にすると、ことさら挑発的になる。
日頃は冷静な手塚が煽られる程に、それはあからさまな場合すらあった。
「跡部君たら。それ以上国光を苛めてないでちょうだい?この子、一度落ち込むと長いのよ」
「苛めてなんかいませんよ?」
「そうかしら?ほらこの子、私に跡部君を取られて拗ねてるわ」
「それでは、まるで俺が手塚の持ち物みたいじゃないですか。――そうですね。彩菜さんにでしたら、喜んでなりたいですが?」
「まあ、うふふふふ。跡部君、たら」
「ははははは」
「・・・・・・・・・・・・」
さてこれは一体何の構図だろうと、微妙な既視感を抱きながら、手塚は表情を固めたまま苦悩する。まるでこれは・・・・・・そうこれは。嫁と姑に挟まれているような、そんな家族構成の構図ではなかろうか。
いや。跡部は男であるし中学生であるし(見えないと言えば、てめーに言われたくねぇと逆襲されるが)手塚とそのような関係ではない、のだが。
ついでながら、世に言う嫁・姑の関係は、間に挟まれた夫が仲介役として苦悩するのが基本のようなのだが、この場の場合、手塚のみが外されており、跡部と彩菜はとても、とても、仲睦まじい。
「――それにしても、やはり彩菜さんに尋ねて正解でした」
「あら、あんな事ならいつでも教えてあげるわよ。電話でも構わないけど、やっはり会いにきてくれると嬉しいわね」
「俺も会いたいですよ」
「ふふふ、これって相思相愛かしら」
「光栄ですね」
くすくすと軽やかな笑い声を立てながら微笑みあう嫁姑―――――もとい、手塚の母彩菜と、ライバル兼友人(だと思う)の跡部景吾。二人はまるで手塚の存在など忘れたかのようだ。いや、母はともかく跡部の方は確信的にそうしているのだろうが。
「・・・・・・・・・・一体、何の話をしているんです」
「あら、仲間に入りたいのね」
国光ったら、仲間はずれが寂しいのね、と笑う母に、手塚はこれ以上ない渋面で「別に、そういうわけでは」と返す。別に拗ねているわけでも寂しいわけでもなく、ただ単に気になっただけだと、どうして思ってくれないのだろうか・・・・と、嘆く息子の気持ちが何故母にはわからぬのだろうか。
「素直になった方がいいぜぇ、手塚ぁ」
「―――――」
何が素直だ、とじろりと跡部を睨みつけると、「おーこわ」と笑みを浮かべて肩を竦める。その態度の何処が怖がっているのだと、問い詰めたい気分に駆られる手塚であった。
「あらあら。今日の国光は表情が豊かね。いつもそうだと母さん安心なのだけど」
「・・・・・・・放っておいてください」
「はいはい。今日、跡部君がうちへ来たのはね・・・・私に聞きたい事があったからなの。ほら、ゴミ捨て場に、たまーにあるでしょう?不要になったCDとかをつるしていたり事が」
「何か光ると思って近づいたら、そんなものがつるされていたので不思議に思ったのですよ」
「―――カラス避けでしょう」
「へぇ。手塚よ、てめーも知ってたのか」
「国光知っていたのね」
「・・・・・・・・一体俺を何だと思っているんですか」
「それじゃあ、門の前に置かれているペットボトルはわかるかしら?」
「猫避けでしょう」
「それも知ってんのかよ?!」
跡部が驚愕した風に手塚を振り仰いだ。つくづく、跡部は手塚の事をどういう奴だと思っていたのだろうか。
「国光は物知りね」
「しかし、確か火事の危険性もあると」
「火事?あんなんで?ああ、レンズの代わりになっちまうのか」
「そういう事らしい」
「ふぅん。ま、これですっきりしたぜ。礼を言っておく。疑問を放置しておくと、いつまでも引っかかるからな」
「こんな事で良いならいつでもいらっしゃい。そうね。さっきは電話でも良いと言ったけれど、やっぱり会いに来てくれる方が嬉しいわ」
「嬉しい御言葉ですね。甘えてしまいますよ?」
「あらあら、素敵ね」
「・・・・・・・俺に連絡をしてくれば良いだろう」
「いやぁね。国光ったら、そんなにライバル心を露にして」
「そういうわけでは」
「アーン?俺様が知らない知識をひけきらかして優位に立ちてぇってか?」
「だから、そういうわけではない」
「そうよ、跡部君。国光にそんな積極性があれば、もっと発展しているのにねぇ」
「?」
「お母さんっ!」
「はいはい。あら、こんな時間なのね。急いでお夕飯作らなくちゃ。跡部君も、食べていくでしょう?」
「え?いや、俺は―――」
「駄目かしら?」
「・・・・・・・・御相伴に、預からせて頂きます」
「良かった。簡単なものになってしまうけれど、腕によりをかけるわね。急いで作るから、それまで国光、跡部君のお相手してあげてね?」
「―――はい」
「ま、仕方ねぇか。手塚ぁ、部屋上がっていいのか?」
「ああ。案内しよう」
軽く肩を竦めて立ち上がった跡部を先導するかのように、前を行く手塚は、緩む頬がばれぬように、足早にて自室へと向かった。
―――母の彩菜には、ばれているのだろうけれど。
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