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光る |
ここしばらくにない程に、爽快な気分で目が覚めた。
五月の半ば頃より五月晴れとは縁遠く、気づけば雨に祟られる日が多かった。
いまだ時期(シーズン)には少し早いが、梅雨へと突入したような日が続き、空気も重くどこかじめっとした湿りが神経を悪い方向へと刺激し、部の仲間や学校のクラスメイト達も、何処か苛ついた感じの者が少なくない。
手塚にしても、態度に出こそしないものの、幾分ネガティブ思考寄りともなったし、思い切り外でラケットを振り続ける事ができない事も、思う存分部員達を走らせる事ができない事も(まぁ、微妙なストレス解消となっているのだ。これが)できないわけで、鬱屈が溜まっていく一方で。
しかしながらこの日ばかりは、目覚めた時から体も軽く、時折不調を感じぬでもない肘への不安も全くなく、体の端々が躍動感に満ちて、思わず跳ね起きたくなる程の軽さを感じた。 意識もはっきりしており、時間はいつもと変わらぬのだが、眠りの深さが最適であったのか、体が要求する休息は充分に取られて、寝起きであるのに眠気は全く訪れない。
ベッドから抜けだして勢い良くカーテンを引くと、眩いばかりの快晴で、すぐに窓を開けて思う存分朝の空気を貪った。
朝食もいつもより食が進み、満ち足りた気分で家を出た手塚は、どこか浮き立った気分で青春学園への道筋を歩いていた。
昨日までの雨はすっかり上がり、木々や葉や地面の上などにその痕跡は残すものの、今日一日は雨が降る事はまずないだろうと思える晴れ具合。
久々に思う存分、外のコートで練習をする事ができそうだ。雨が通り過ぎた後の為、空気は澄んで爽やかだ。この日ばかりは、吸い込む空気すら特別のように感じられた。
木々の隙間から太陽が透かし見える。きらりと、光を孕んだ網の目が、大層綺麗に見える。
雨の名残を残す糸は、水を吸い少し重そうにも見えるが、キラキラと光を呼び込み、瞬間的な美しさを作り上げている。
そんな風に、景色の方に意識を半分取られながら歩いていた為に、手塚にしては珍しく注意力散漫な状態だった。朝練の為に早めに家を出た為、まだ早朝といって良い時間という事もあり、曲がり角の向こうから誰かが現れるなど、考えていなかった事も敗因の一つだ。
「――う、わっ!」と悲鳴を聞いて、咄嗟に手を延ばせる程こちらも安定した状態ではなかった為、出会い頭に衝突した人物を転ばせてしまい、手塚の方は後方へと僅かばかりに蹈鞴を踏んだ。
「す、すまない」
「・・・・・・いや、こっちも悪い・・・・って、何だ、手塚かよ」
「―――跡部か」
意識の端で、何処か聞き覚えがある声だ――とは思ったが、本当に知り合いだとは思わなかった。
学区が違う跡部とは、このように朝から偶然会うような事はありえない。偶然でなければ故意の必然というところだが、仮に跡部が偵察を必要としたとしても、こんな朝から自ら出向いてくるとも思えない。
やはりただの偶然なのかもしれないな、と考えが答えに結びつくまでの間、僅か10秒程。
その間、跡部は手塚をじっと見上げるように見つめていた。
「おい」
「――あぁ、すまない。しかしお前はいつまで下に転がっているつもりなんだ?」
「てめーが転がしたんだろうが。責任感じて起こすぐらいの甲斐性はねぇのかよ」
「それは、甲斐性というものなのか?」
「ったりめーだろうが。俺様は男だがらまだいいが、女相手に今と同じ事やらかしたら、評価が下がりまくりだぜ?」
「何故、女性が評価をつけるんだ?何に対してだ?」
「――――――何だろうな。ああ、てめーの場合はそれでいいんだろうよ。むしろ、お愛想よろしくレディーファーストな手塚の方が、株価大暴落かもしれねぇ」
「だから何故そこで株の話が出る」
「気にすんな。それよりさっさと手を貸せ。俺様をいつまで地べたに座らせておくつもりだ」
「・・・・・・・・・・・掴まれ」
それはお前が勝手に座りこんでいるんだろう、と思い浮かべた言葉を正直に口にする事だけは、辛うじて堪えた手塚であった。多少理不尽に思いながらも跡部に手を差し出し、引っ張って起き上がるのに力を貸す。少なくとも、跡部が転んだのは、手塚のせいでもあるのだから、跡部の要求は無体でなければ、手前勝手なものではない。
「ありがとよ」
「・・・・・・・・・いや」
手塚の引く腕の力を反動に身を起こした跡部は、先程の悪態を忘れたかのように晴れやかに笑う。
太陽の輝きを思い起こさせる、一瞬の煌き。瞬間的に目を奪う、透明な光だ。
「――――跡部は、蜘蛛の糸のようだな」
「・・・・・・・・・・・・んだと?」
何気なく呟いてしまった一言に、跡部の眉が盛大に跳ね上がった。
すでに笑みではなく、いや笑みは笑みなのだが、絶対零度まではいかぬもののかなり冷え込んだ微笑なるものを浮かべた跡部を前に、自分は何か不味い事を言ってしまったのだろうか・・?と内心戸惑う。
手塚としては、先程目を奪われた水気を孕んだ蜘蛛の糸が脳裏に浮かび、その自然の結びつきが引き起こした一瞬の輝きが跡部に当てはまっただけなのだが―――。
「絡んでまとわりついて鬱陶しいとでも言いてーのかよ」
「―――いや。そういうわけでは」
「だったらアレか?罪人に一筋垂らされた希望の儚い糸ってか?結局強欲さ故にぶっ千切れちまうんだよな」
「―――いや。だから芥川を想定したわけでもないのだが」
「だったら何が言いてーんだ?てめーは。アァ?」
「―――いや。だから―――」
戸惑いつつも、必死で弁明する手塚は、無意識なれども馴れぬ比喩的表現は使うものではないな、と己に一つの戒めを持つのだった。
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