光る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 5月の大型連休が近しくなった4月の末の頃、手塚国光の元にメールが一通届いた。
 
 送信者名は、跡部景吾。手塚の受信履歴の中では珍しい名ではない。いやむしろ、多数を占めると言える。
 用件は短文で素っ気ない。それは、受けとり手の手塚にも通じる事ではあるのだが。無駄を省いているのか、この二人の場合、そういった味気ない内容でのやり取りが比較的多いのだった。
 
 
『日曜、少し時間取れるか?』
 
 
 問われて己の予定を思い浮かべる。
 互いに忙しい日常故に、実際顔を合わせられる回数はそう多くない。だから、手塚としてはその少ない機会を有効的に生かす事にしている。頻繁ではないが、手塚自ら誘う事すらあるくらいだ。
 幸いにして、その日は午前中に健診が入っており、部の方に顔を出すのは午後からの予定だった。跡部が少しというからには実際短い時間なのだろうし、病院から青学への移動時間を考えてみても、跡部家に寄っても時間は十分にある。
 最も、多少時間が遅れたところで、先に遅れる旨を顧問の竜崎や副部長である大石に伝えてあるから、罰則対象(そもそも罰則を与えるのは基本的に手塚だ)にはならないのだけれど。
 
 
『昼前の時間ならば融通がきく』――と、返信すると、すぐに跡部から、『充分だ。部は午後からなのか?なら、青春台の駅前喫茶店に行く。10分もかかんねぇから安心しろ』――と、素早い返信が来た。
 
 確かに、それならば遅れる事なく午後からの練習に顔を出せるだろうが、安心ではなく残念だと言ったならば、跡部は一体どんな顔をするだろうかとも考えた。
 所詮、跡部の事だから、「へぇ、てめーも生真面目一辺倒じゃねーんだな」、などと晴れやかに笑ってくれるのが関の山という所だろう。
 インサイトなどと、他者より洞察力に長けてる癖に、自分に向けられる好意にはとことん鈍い。日頃、他人の注目を浴びる事に慣れきっているが故に、その手の方面の感覚を鈍化させているのかもしれない。
 
 手塚は病院の診療時間を確認すると、朝一番で出る事とした。荷物も持って出るので、よほど時間のロスがない限り余裕でそれぞれこなせそうだ。
 派手な外観の為か、時間にもルーズかと思われかちな跡部であるが、実は手塚よりも几帳面でタイムスケジュールに厳しい。つまりはそれだけ日頃から時間に追われている、という事にもなるのだろうが。
 健診の日といえば、もう異常が殆どないと言える程に回復しているにしても、手塚にとって心が重くなりものでもあった。それは、総じて過去の過ちを思い出させることでもあったからだ。しかし、この日ばかりは手塚にとって待ち遠しくすらある日になりそうだった。
 
 
 
 
 
 
「よぉ、手塚ぁ」
 
 カランと扉の開く音と共に光を集約したかのような華やかな姿が現れた。
 店内の者は、従業員も含め、流れるように視線が跡部に向く。それは、吸い寄せられて仕方がない急引力であるのだ。見目形の麗しさはもちろん、一つ一つの動きがすべからず滑らかで、音楽的な流動性すらある。
 
「待たせたか?」
「いや、5分程だ」
「待たせてんじゃねぇかよ、あ、俺アイスティー」
 水を差し出したウェイトレスに跡部はすぐに注文した。ここらも時間を惜しんでの事だろう。
「大荷物だな」
「見掛け程には重くねぇよ。取り扱いは要注意だがな」
「?」
 疑問に思う手塚の前で跡部は横に箱の包みを開いてみせた。
「――これは」
 蓋を開ければ色とりどりの、それは色彩の洪水。
 カラフルなだけではなく、きらきらと輝きの光すら放つ。ちょうど窓際の席だった為、太陽の光を受けて、まるで宝石箱のようだった。
「壮観だな」
「ありがとよ。お前、この後青学に行くんだろ?こいつで票取りしてくんねぇか?」
「それは、どういう?」
「5月によ、ジローの誕生日があんだよ」
「芥川か」
「ああ。で、何か欲しいか聞いたら『きらきらのお菓子!』とか言いやがってな。あいつは昔から、時々意味わかんねぇ事抜かすからよ。ま、俺様の考えるきらきらってぇと、こんな所なんだがな」
 
 少しぶっきらぼうに言い放つ跡部は、幼馴染みらしい芥川に向ける情を悟られたくないのだろう。憎まれ役なら率先して買う癖に、こういう面は隠すのが跡部だ。ひとつひとつ丁寧に並べられた菓子を見るだけでも、芥川への愛情(あくまで親愛・友愛であろうが)が知れるというのに。最も、そんな事は、氷帝の彼等からすれば、今更な事なのかもしれないが。
 
 昼食の後だろうが、育ち盛りの身。恐らく仲間達は大層喜ぶだろう。ただし、誰からの差し入れかは後で話した方が良いかもしれない。跡部という名を出せば、先入観から彼等が正当な評価を出せぬ可能性があった。
 
「つまり、これはお試し版という事か」
「まーな。だが手はぬいちゃいねぇぜ?」
「そんな心配はしてない。だが、つくづくうらやましいな、芥川が」
「あ?」
「何でもない。これを部員に食べさせて採点すれば良いんだな」
「うちの連中じゃサプライズにならねぇからな」
「―――やはり羨ましいな」
「あん?」
「何でもない」
 
 怪訝気にこちらを伺う視線を横を向く事で避け、手塚は眼鏡の奥で小さく嘆息した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.05.18
 
 
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