光る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 コシコシきゅっきゅと、ただひたすらに沈黙の中に、時折混じるは布地が擦る音、それのみで。
 元来無口な質の手塚は元より、時と場合によっては大変饒舌な所のある跡部。しかしながら、この場においては寡黙さを貫いてくれているわけで。
 そして何より、生真面目ぶりから言えばこの二人、ある意味双璧とすらいって良いのも幸か不幸か。
 いっそ職人ばりの集中力をもって、二人は作業に没頭していた。いや、内一名はさせられたというか巻き込まれたというのが正しいのだが。
 
 
 
 
 休日の穏やかなる早朝に。通話を知らせる着信音は、選曲からしてただ一名のみしか連想させない。朝の予報では一日晴れるという事だったので、恐らくはテニスの誘いだろうと、僅かに頬を緩ませて手塚は通話ボタンを押した。
 
「―――どうした?」
「今日、時間あるか?」
「危急の用はない」
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 いつもならば、どこそこへ来いとか、そっちへ行くとか、手塚の同意を求めていない、すでに確定した答えしか得るつもりのないというのに。こちらの反応待ちとでもいうかの態度に、手塚はひっかかりを感じた。もしかして、余程困った事態に見舞われているのではないか、と。
 どうでも良い用事の場合には頓着しない癖に、肝心な所では助けを求めてこない跡部だ。全く実に天邪鬼な男なのだ。
 
「跡部?」
「・・・・・・・お前だけが、頼り・・・・なんだ」
「わかった。すぐに出る。そちらへ行けばいいんだな?」
「―――――悪ぃ」
「気にするな」
 
 珍しくも殊勝な物言いにほだされたというか。手塚は用件を聞く事もなく、全面的に救助の手を差し伸べてしまった。それが跡部の手であったと気づくのは、跡部家についてから通されたのが跡部の自室ではなく、日頃は来客用に綺麗に整えられた応接間において、壁際に寄せるように至る所へと積み上げられた銀器を目にした瞬間だった。
 
「・・・・・・・・・・引越しでもするのか?」
「そう見えんなら、眼鏡の度を変えてきた方がいいんじゃねぇ?」
「生憎と先日、視力検査を済ませたばかりだ」
「ほーそーかよ。良かったな」
「全くだ」
 
 全くこれっぽっちも良かったとは思っていない口調に、手塚もまたどうでもいいかのように返す。ごく当たり前のように差し出された柔らかな布に、一瞬だけ目を顰めながらも、手塚はそれを受取り作業のしやすそうな位置を見極め、どかりと腰を降ろした。
 跡部はといえば、手塚とは反対方向の山のあたりへ移動し、これまた床へと座りこむ。跡部の手の中にも、手塚と同じような布が握られていた。
 以降はただひたすらに、無心に銀器を磨く二人の元カリスマ部長の姿があるだけで。真剣な面持ちで、息を吹きかけては磨く動作と、時に黒く変色してしまったものにあたった場合は、布と一緒に渡された歯磨き粉を用いて磨き、元の輝きを取戻す。
 延々と、更に延々と。一つ終わればまた一つ。一つ磨けばまた一つ。繰り返し、繰り返し。二人は銀器を磨き続けた。
 繰り返す動作はなかなかに手の力を必要とし、これも一つの鍛錬か・・・・と己を慰めてみても納得しきれぬのが感情というもので。跡部も等しく同じ作業に専念しているのだと、横目で伺うように見れば、むっつりと不機嫌そうな表情ながらも真剣に銀器磨きに没頭しており、向こうが音を上げぬ以上、手塚もまた止めるわけにも手を休めるわけにもいかず、お互いの負けず嫌いが微妙な相乗効果を生む事ともなり、いっそう加速されたペースで未対応の山は減っていったのだった。
 
「こういう時こそ、仲間の出番ではないのか?」
「逃げられたんだよ」
「日頃の態度が仇になったようだな」
「うるせぇよ。去年はまだ確保できたんだがな。逃げ足と勘だけは良い奴等だ」
「それで俺にお鉢が廻ってきたというわけか」
「応じたのはてめぇだ」
「確かにな」
 
 理由も問わずに受け入れたのは確かに手塚本人だ。こんな羽目に合うとわかっていれば、丁重に断りを入れたか・・・・いや、ただ一言、「断る」だけでも済んだだろう。まぁ何はともあれ全ては後の祭りという事だ。
 作業は進めていけば終わりは見えるというもので。軽い昼食兼の休憩を済ませた後は、再び作業に没頭する二人であったので、かなりな量のあった銀器も時計の針が2時を廻る頃にはあと数個を残すのみとなった。
 
「・・・・・・これでラスト、だな」
「こっちも終わりだ」
 
 最後の一つを、終了済みの小山に戻すと、跡部も丁度終えたようだった。
 
「疲れたな」
「全くだ」
「毎年やっているのか?」
「年に数回だ」
「それは御苦労な事だな」
「そう思うのならば次もつきあえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・考えてはおこう」
「アーン?ケチ臭ぇな。俺に任せろぐらい言ってみせろよ」
「生憎だが無償の奉仕というのは性に合わないからな」
「・・・・・・・・・・ア?」
 
 いつの間にやらソファへ移動していた跡部は、ふんぞり返るようにしてソファに背を預け足を組んでいた。そこへ手塚は覆い被さるようにして跡部の顔を覗きこむ。きつい目線が挑戦的に手塚を射抜いてくるのが、いかにも跡部らしかった。
 額が触れん程の接近にも、跡部は瞬き一つなく、手塚の目を睨みつけている。そのまま、視線を捉えたままに、手塚は更に一歩身を寄せた。
 
 
「―――んっ?!」
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 全く予測もしていなかったのだろう跡部は、驚きに目を見開く。
 
「これぐらいの支払いが、妥当な所だろう?」
「―――――てめぇ・・・・」
 
 未練なく、さっと離れた手塚であったので、瞬間的に放たれた跡部の蹴りの範囲から、しっかり抜けていた。口元に拳を当てて拭う跡部の所作を見つめながら、つい先程あの唇に触れていたのだと、手塚は変わらぬ表情の下で心を奮わせる。
 
「・・・・・・よりにもよって、捨て身の嫌がらせかよ」
「・・・・・・・・・・・・いや」
 
 吐き捨てるように言い捨てた跡部の言葉に、手塚の肩が3.2ミリ程、僅かに下がる。
 微妙な沈黙のままに対峙する二人の傍らで、磨き上げられた銀器が窓から射し込む陽射しを受けて、煌くように光っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.05.07
 
 
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