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光る |
カチン、と揺らした瓶の中で擦れ合う音が鳴った。
掌大ぐらいの小さな瓶は、その中身の殆どが空洞である。底の方に申し訳程度というように、重なり合う小さな環。
テニス部の方を引退してより、自由になる時間が格段に増えた。級友達の中には、今まで制限されていた遊びに精を出している者も居る。だが、手塚はといえばやはり生活の中心はテニスであって、部の方に顔を出さずともラケットを振らぬ日はない。
それでも日によっては空き時間を持て余す事もあり、何とはなしに部屋の掃除を始めた。普段から整理整頓を心がけているので、ちょっとした片づけ程度ならばものの10数分もあれば終わってしまう。時間潰しの意味もあったので、本棚を本格的に整理する事にした。
棚に積み上げられ幅を取っている書籍の中には、すでに読み終えてあり、再び読む事はなさそうなものも随分とあった。系統の多くは異なるが(重なる部位もあるのだけれど、興味深いテーマの書物を多く持つ跡部からの借り物も多い。そこから派生してつい買い集める場合もある。高等部に上がる前に、空きスペースを作っておくのも良い考えに思えた。どうせ1年も持たずにその隙間は埋められていく事になるのだろうが。
本棚の中身を床に系統別に積み上げていく内、ブックエンド代わりというわけでもないが支えともいえなくない小瓶が目に入った。普段は気にも止めていない――ある事すら忘れている硝子の瓶。思い出すのは年に一度か二度ばかり。
「・・・・・・・・・・・・・・」
窓から射し込む太陽の光に照らすと、きらりと光る。それは光を受けた硝子面か、それともその中に収まれたものによるものか。
きゅっと封印の如く閉じられた蓋を開け、手の中にころころと環を落とす。
素っ気無い程にシンプルな銀のリングと、いかにも縁日で売っていそうなイミテーションの青石を宝石紛いに飾りたてられたファッションリングと、手造り感が素朴さと可愛らしさを良い意味で押し上げる、いかにも女の子が喜びそうな蒼い硝子のリング。
テニス蛸で豆の潰れた手塚の無骨な手の平に、全く似合わぬとすら言い切れる装飾品。いや、手塚とて年頃の少年であるのだから、可愛い女の子との付き合いもあるだろうし・・きっと、プレゼントなんだね――と、もしこの光景を見ていたらフォロー混じりの言葉を大石あたりが放っただろうか。その癖、その表情は微妙に引き攣っているのかもしれない。
三つのリングは、当然ながら手塚の指を飾る為のものではない。さりとて、贈り先があるわけでもない。いや、誰に贈るかといえば、思い浮かぶ顔はただの一つしかないのだが、その相手に手塚がこれを差し出す事はこの後もないだろう。
青い石が飾られたリングは、手塚が一年生の頃に母と共に行ったお祭りで、ふと目に付いて買ってしまった品だ。夜店を照らす電光の明かりを受けて、青い石がきらきらと光り、妙に目を惹いてつい手を延ばしてしまった。「坊ちゃん、プレゼントにどうだい?」と、笑みを浮かべた夜店の親父に声をかけられ、「――いえ」と断りの言葉を入れた筈なのに、いつの間にやらペースに呑まれ、買ってしまった。
家に帰って明るい光の下で見てみれば、いかにも玩具のような造りであって、何故あんなにも囚われたのか、己がおかしく思える程で。何処が似ているというのだろうと、ぎゅっと握りしめても買ってしまったものは仕方がなく、今更返すわけにもいかず、母に差し出すわけにもいかず、土産だと渡せるような従姉妹も妹も居らず、数日机の中に放置していた。結局、思い立って買った硝子の瓶の中に落とし込む事で解決はしたのだけれど。
銀のリングは昨年の秋に、露天で売っていた銀細工の店で購入した。
その時は、たまたま跡部と外で顔を合わせた後で、二人の誕生日が近い事を初めて知り、どちらもすでに過ぎてはしまっていたのだけれど、その事を気にかけて歩いている時に丁度目に入ったのだ。
やはりたまたま。参考書を買おうと用意していた金が財布の中にあり、値段などあって無きが如くと聞く露天のアクセサリーであるけれど、ちょうど手塚の前できゃらきゃらと騒ぎながら値段の掛け合いをやっていた女の子達の会話が聞こえ、その額が充分手塚の手に届く範囲であった事が不味かったのかもしれない。
女の子が去った後は、手塚と露天の店主の二人だけで、他に誰かが通るような気配もなく。これを買ってどうすれば良いのだ・・・・?と、首を傾げたのは、すでに家の前まで帰ってきてからだった。
贈りたいと思う相手はただ一人だけど。よくよく考えてみればこういうものにはサイズがあるのだろうし、何より次にいつ会うのかもわからぬ相手。先程のが偶然の出会いであり、その後は下手をすれば何処かの大会の中で、それも偶然による擦れ違いでもなければ会う機会などない相手。
結局そのリングもまた、硝子の小瓶行きだった。
三つ目は蒼い硝子細工の工芸品。
少し前に学校の行事で出向いた鎌倉で買った土産品だ。ショーウィンドーごしにグラスの中できらきらと光る蒼の光が、何よりあの光に近しく思え、無償に欲しくなってしまったのだ。 共に行動していたクラスメイト達と一端別れた時であったので、手塚の廻りに顔見知りは居なかった。だから安心していたのだが、会計を済ませて店を出来た所で、ぽんと肩を叩かれた時には血の気が引いた。何もこんな時にこれ程までにタイミング良く―――現れたのは、泰然とした笑みを浮かべた不二であって、手塚は自分の周囲だけが皆既月食の如く真っ暗になったように感じたものだ。
それから帰るまでの間、折に付けからかわれる事となったが、手塚は沈黙を突き通した。なまじ弁明したとて、突き崩されるだけであるのなら、一言も話さないでいるのが懸命な判断だ。それでも、どうせ不二は全てをわかっていたのだろうが。
手塚の密かな贈り物は、結局全て小瓶の中に収まっている。三度目に至っては、自分はもしかして馬鹿なのではないだろうか・・・・?と思わないでもなかったが、先頃自覚したばかりの想いは制約がありすぎて、生涯胸の内に秘めたままになるだろうとの思いもある。告白をした事で、あの澄んだ蒼い瞳が曇るのを見たくない。何より、距離を取られたくない。それは、ただの臆病でしかないのだろうが。
「――――それでね。国光の部屋には、可愛いリングの入った小瓶があるの」
「・・・・・・・まぁ、国光君も年頃ですから」
くすくす笑う手塚の母、彩菜に跡部は苦笑を返した。確かに、あの手塚が?!と想像すると笑いを誘う光景ではあるのだが、微妙なお年頃という同じ立場を考えると同情も感じぬでもない。母親に知られているというだけでも恥ずかしいだろうに、もしこうして跡部が知ってしまっていると知れば、手塚でも憤死ものではないかと思えるのだ。
「あの・・・・国光君には、知らないままにしておいた方が」
「わかっているわ。あの子も恥ずかしがり屋だものね」
「・・・・・・・・・・・・・」
微笑を深める母親の姿は、慈愛に満ちたものとも、愛溢れる姿とも言えるのかもしれないが・・・・複雑だよなぁ・・・・と、この場に居ない絵t塚に対し、やはり同情を抱かずにはいられない。結局のところ、幾つになっても息子など、手の平で転がされる孫悟空のようなものなのだろう。
「でもね、あのままじゃ、いつまでたっても告白すらできなさそうよね。―――跡部君」
「はい?」
何とな〜く嫌な予感を抱きながら、それでもにっこりと完璧な笑みを彩菜に向ける。穏やかで心優しい手塚の母を、跡部は大層好いてはいるけれど、時に何やら微妙な圧力を感じたり、逆らい難い迫力を感じぬでもないのだ。そんな時こそ、彩菜が手塚家最強と言われているのを納得するのであるが。
「跡部君が何気なく気づいてあげれば良いと思うの」
「俺に手塚をからかえと?」
「いやね。わかっている癖に」
「・・・・・・・・・・・・いや」
わかりません、彩菜さん・・・・と、笑みを浮かべた顔の裏、手塚ぁ、助けろ・・・・と半分泣きすら入り、背筋を伝う冷や汗が本音を示す跡部であった。
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