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光る |
ようやく雑務から開放された跡部は、ふぅと一息吐くと少しばかり粗雑な動作でシャツを脱ぎ捨てた。
放るようにして脱いだシャツを椅子にかけ、綺麗にセットした髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。窮屈な襟から開放され、固められたスタイルを解きほぐせば、僅かなりとも開放感を得られる。それは外観上、瞬間的な事でしかないのだけれど。
跡部家の次期跡取りとしての責務と自覚を喪うつもりはない。それでも時に重荷と感じる事はあるし、窮屈さに放り出したくなる事もある。自らが恵まれた環境に在るのだから、それに伴う役割が出てくるのは仕方の無い事だと、誰に言うでもなく、諭されるまでもなく、随分と前から悟っていた。
今はまだ、学生の身であるので重圧といっても然程のものではないのだと、跡部は思っている。周囲からすれば、跡部は必要以上の責務を背負い、そしてまた完璧以上にこなしきっているのだが。
この日も、跡部家にて行われたパーティでのホスト役を任されていた。
本来はその役目は父であったり、母であったりと、跡部に廻ってくるものではない。だが、多忙を極める両親に代わり、そういった役目を割り振られる事は今後も増えていくだろう。
完璧な身のこなしと巧みな話術にて客人をもてなした跡部が、実はまだ中学生であると見破れた者は居なかった。それを知った者は皆一様に驚愕し、「さすがは跡部家の御子息ですね」と、世辞ばかりでない賞賛と感嘆の言葉を惜しまなかった。
大股でシャワー室へと移動し、熱いシャワーを頭から浴びる。
額から咽元へと叩き付ける湯が全身をつたい、肌に浮いた汗と混じりあいながら配水口へと流れていった。
もうもうと立ち込める熱気が浴室内を満たす。湿度の濃い空気は息苦しさを感じさせるものなのかもしれないが、先程まで人の群れに囲まれていたのに比べれば、すんなりと酸素が体を満たしていくようにも感じる。
少しばかり疲労がたまっているのかもしれねぇな、と自分の現況をおかしく思った跡部は、電子パネルを操作すると湯の温度を常より1〜2℃押し上げた。
見た目も肌触りも高級な、それでいて吸い取りの良いバスタオルで全身をざっと拭き、綺麗に折りたたまれたバスローブに身を通した。白いパイル生地で覆われた生身の肌は、少しばかり赤い。火傷まではいってはいないが、火照りというには少しばかり強い赤みであった。しかし跡部は、痛みよりも心地良さの方を感じていた。時に、そういう熱を欲したくなる時もあるのだ。
軽く拭っただけの髪は、水分を多分に含んで重い。肩に巻いたタオルで滴りかけた水分を絞り取りながら、跡部はベッドの方へと足を向ける。無造作に座りこむと、跡部の体重を受けてベッドが沈む。すぐに反動がくるが、それと共にベッドの上に放置したままであった鞄も浮き上がった。
身を捻り、鞄を引き寄せる。中身を一つ一つベッドの上に放るようにして並べていった。その中で最後に取り出したのが携帯電話だったのだが、それは表示板がちかちかと点灯し、光を放つ。
「・・・・・・・誰だ?」
着信有の表示と、メールの受信ランプ。先に着信確認をしてみると、そちらの方は非通知設定になっていた。伝言も残ってないのでスルーし、受信メールを開く。時刻が前後している所からいって、通話の方も同じ相手だろう。
文面は素っ気無く、「急がしいのか?」と問うだけの一文。いつもながらの文面で、飾り気など全くない。ここで跡部が「ああ」と返すだけでも実は問題ない。その後は返信が無いか、戻って「そうか」のこれまた端的な一言ぐらいだからだ。
ちらりと時計を見ると12時も間近だ。健康的な生活を営む相手の事、すでに就寝している可能性の方が高いが、コールだけしてみるか・・と思い、跡部は一応リストから目あての登録を呼び出すと、通話ボタンを押した。
1コールめが鳴り、2コールめが鳴りかけた所でやはり寝ているかと判断し切ろうとした所、ぷつりと回線が繋がった。
「――――よぉ」
『・・・・・・・・今、何時だと思っている』
不機嫌そうな声音が予測通りで、ふと笑いがこみ上げそうになる。
「12時前だろ。ついさっき用が済んだんだよ。ま、明日でも良かったんだが・・・・・・何か用事があったのはそっちの方じぇねぇの?」
『別に用事はない』
「はぁ?メールはともかく、通話もしてきたろ?」
『するにはしたが。用事がなければかけてはいけないのか?いつでも好きにかけて構わないと言っただろう』
「・・・・・・・・・・・・・・・言った、かね」
何とはなく手塚の口調が拗ねたようなものに聞こえ、跡部は思わず携帯を耳元から離した。聞こえてくるのは確かに手塚の声であるのだが、実はこの向こうに居るのは別人なのではないだろうかとの疑いを抱いてしまう。
『跡部?』
「いや。悪ぃ。・・・・・とにかく、用事はないんだな?だったら切るぜ。そろそろ眠気が押してきた」
『――――随分と気づくのが遅かったな』
「ア?」
そうか、の一言で会話が終了するだろうと思っていた跡部は、手塚の言葉に切るタイミングを逸した。何だか先程からいつもの手塚国光ではなく、どうにも調子が狂う。
『――――共に居る時は即座に反応していたと思ったが』
「・・・・・・・・・・・・・・」
何故だか跡部は恋人に浮気を責められている気分になってくる。いや別に手塚は恋人などではなくライバル兼友人だ。ついでにこれが最も重要な点であるのだが同性だ。何馬鹿な事考えてんだよ、と跡部の口元に乾いた笑みが浮かんだ。
「・・・・・・・・悪かったな。帰ってからずっと拘束されてたんだよ。気づいてすぐかけたんだぜ?」
『・・・・・・・・・・・・・・』
「手塚?」
『・・・・・・・・時間を取らせて悪かった。もう寝ろ』
「って、おい?!」
引きとめる間もなく、通話は一方的にぶつりと切られた。聞こえてくるのはツーツーという無情な音ばかり。
「―――――何なんだよ、あいつは」
全くわけわかんねぇ、と跡部はこちらも通話を切ると、携帯電話を広いベッドの上に放った。そして自らの身もばたりと倒す。
「・・・・・・・・・・・・・・疲れた」
折角シャワーを浴びて少し回復した気になっていたというのに。たかだか数分の間に疲労感が倍返しになって戻ってきた気がする。跡部はゴソゴソととベッドに潜りこむと、さっさと寝る事にした。
先程の件は、明日にでも直接顔を合わせて問い詰めた方が良いな・・・・などと考えながら、跡部はすぐに眠りへと引きこまれていった。
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