光る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 昼間だというのに真っ暗な屋内。
 閉め切られた窓故に闇に近い状態となっているのだが、その窓を開けたとしても光は差し込んではこない。
 ビリビリと、窓を軋ませる振動と、引っ切り無しに放たれる重低音はいまだ雷鳴が付かず離れずの状態であると知らせてくれる。もしかすると近場の何処かに落ちたかもしれない。
 
 
 
「まだ近いな」
「ああ」
 洗いたての髪から滴る水をタオルに含ませていた跡部は、首筋に水滴が流れたのか僅かに眉を潜めて肩にかけたタオルで拭った。そんな一連の動作ですら妙に絵になると、手塚は見るとはなしに目で追っていた。
「んだよ」
「いや。ドライヤーを使うか?」
「ア?もってんのか?てめぇが?」
 心の底から驚いたとばかりの表情に、どういう意味だと反論したくなる。いや、確かに手塚は持ってはいないのだけれど。
「――――母のだ」
「ああ、彩菜さんのね。びびらせんなよな」
「・・・・・・・・・・・・・」
 びびる程に驚く事なのか?と更に問い詰めたくなる。しかしそこで返ってくる反論は、恐らく手塚にとって楽しい筈もないので敢えてその愚は犯さないのだけれど。口達者な跡部相手では墓穴を掘る羽目となるだけだ。
「ま、別に必要ないからいいぜ。普段もあまり使わないしな」
「そうなのか?」
「てめーの方こそ俺様にどういうイメージを持ってんのかって所だな。基本的に自然乾燥だ。ドライヤーかけてる時間にひと作業できるしな」
「自然乾燥よりもドライヤーの方が髪に良いと聞いた事があるんだが・・・・」
「は?」
 手塚の言葉が聞こえなかったわけでもないだろうに(跡部は耳が良い)、跡部は耳に手を立てて聞き返してきた。
「だから、ドライヤーの方が」
「聞こえなかったわけじゃねぇよ。てめーがんなキャラに合わねぇ事抜かすから、聴覚が拒否はしかけたがな」
「どういう意味だ」
 妙に真剣な面持ちで跡部が言う。へたにからかい口調により始末が悪いのではないかと思えた。
「さぁな。ああ、不二か菊丸あたりの入れ知恵か?他の奴は必要なさそうだしな。いや、あれでいて大石あたりがこだわってたらかなり笑えるんだが」
「・・・・・・・大石はあれで結構繊細なんだ。あまりからかわないでくれ」
「そりゃ無神経大王達に囲まれてりゃ、繊細にもなんだろうな」
 お前にだけは言われたくないと、手塚は口には出さなかったが視線はそれを主張していた。目は口ほどに物を言う、という奴である。
 
「まぁ、何でも良いが、んで、突然そんな話を向けてきたんだ?」
「それだけ綺麗な髪なんだから、大事にした方が良いと思ったんだ」
「・・・・・・・・・・・」
 理由なんて単純な事で、あまり粗雑に扱って触れば柔らかそうなあの髪が荒れてしまうのは勿体ないと、ただそう思った。それをまた何の作為もなく手塚は口にした。本当に、何の含みも無かったのだが。
「―――跡部?」
 手塚の前には、僅かに頬を朱に染めた跡部が居た。
「・・・・・・・・・お前って・・・・」
「どうかしたのか?」
「・・・・・・・・・何でもねぇよ!天然にも程があるだけだ」
「何故そこで怒るんだ?」
「怒ってねーよ。とにかく、ほっときゃ乾く」
「そうか」
 跡部がそう言い切る以上、手塚としてはそれ以上強くは言えなかった。まぁ実際、跡部の髪は手塚にとって好ましい点の一つであるが、あくまで一つでしかない。
 そんな風に思っていると、階下から母が飲み物をトレイに載せて持ってきてくれた。「まだ止みそうにないの。折角跡部君が来てくれたのに残念ね、」と、扉を開けて出迎えた跡部に母が訴えていた。
 跡部が着てきた服は今洗濯している所で、あとで乾燥機にかけてから持ってくると言い残し、母は下へと戻っていった。問答無用で手塚の服を替えとして押し付けた事も、反論を許さぬ性急さで服が乾くまでまってね、と言い切った事も、恐らくは母の作戦勝ちだ。借りた手塚の服を着たまま帰り、後日お返ししますと言わせない為の。
 何の為にそんな事をするのかと言えば、今は出先に居る祖父と父の為だろう。跡部が来たというのに会わずに帰らせてしまえば、二人が共に後で盛大に文句を言う(特に祖父が)のは火を見るより明らかだった。何故だか跡部は手塚家において、これ以上は無い程に好かれている。
 
「夕飯はうちで済ませていくのだろう?」
「あー―――、だな。悪ぃけど、そうさせて貰うわ。家に電話入れておかねぇとな」
「それは良かった。母が喜ぶ。夕飯の時間までには父も祖父も帰ってくるだろうしな」
「家族の団欒の邪魔してる気がすんだけどな」
「跡部が居る方が団欒に役立っている」
「・・・・・・・・・・なのか?」
「ああ」
 きっぱりと言い切ると、少しばかり気まずげな表情を浮かべていた跡部がふわりと笑った。手塚の口にした事は、全くの事実でしかなかったのだが。
「―――なぁ。音、遠くなってねぇ?」
「そうだな。そろそろ雨も止んだのかもしれない」
 跡部に言われて耳を澄ますと、先ほどより随分と雷の音は遠くなっていた。窓越しに聞こえる雨の音も無い。
 ゆっくりと部屋の中を動いた跡部は、硝子戸と引き、網戸を開けた。すでに雨は上がっており、天を走る光は細く短めだった。
 窓枠に腰かけた跡部は、その光ひ引かれるように空を見上げる。飽きる事なく、時折走る雷光を蒼い目が追っていた。
 
「ガキの頃から、雷鳴ると窓に張り付いて眺めてたんだよな。窓開けて見上げて、部屋水浸しにしたりしてよ」
 くすっと思い出すように笑った跡部の顔は、少しばかり幼く見えた。
「なんだかわくわくしてよ・・・・ああ、ジローの奴は雷苦手だったな。少しでも鳴りだすとすぐに布団に潜りこんでた」
「随分と親しいんだな」
「そりゃ幼馴染だからよ。宍戸の奴は、「怖くなんかねぇっ!」とか抜かして強がってたが、声が少し震えてたんだよな。さすがに今はもう雷が怖いっつー事もねぇようだが、苦手は苦手みたいだな」
「跡部」
「ア?」
「雷が鳴っている時に窓を開けるものではない。感電したらどうするんだ」
「・・・・・・・今はやってねぇよ」
「本当か?」
「やってねぇっての!てめーは何処の過保護の親父だ?!幾ら老けてるからって俺様はてめーの子供じゃねぇぞ?!」
「老けているかどうかはこの際問題ではないだろう。危ない事をするなと言っているんだ」
「あーはいはい。お小言は好い加減うんざりだぜ」
「跡部っ!『はい』は一回で良いと何度も言っているだろう!」
「はいはいはいは〜い」
 
 
 言われると反抗したくなるというのが道理というもので。手塚のお小言に対して、余計に突っかかるように反応する跡部だ。
 二人の怒鳴り声(主に手塚の)を他所に、遠い空でピカリと小さく雷が光った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.05.04
 
 ※ [ 胸騒ぎ ] の続き
 
[ c l o s e ] || [ b a c k ]