光る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 カタと小さな音を耳にする。
 寝つきは良い方だが同時に耳聡い面もあり、手塚はその微かな音につられて緩やかな睡眠から引き起こされた。
 いや。元々、眠りが浅かったのだろう。
 時刻は深夜の12時を廻る頃。朝が早いという事もあり、11時には就寝したから、睡眠レベルとしては深い眠りに落ちている筈の頃合である。
 一番寛げる筈の自室という場所で。昼間には軽いとは称せない運動をした結果、体はそれなりの疲労を訴えていた状態で。それでもなお、手塚の眠りが浅くなったのは、少なからぬ緊張を強いられていたせいだ。
 不自然でない程度に身じろぎし、寝返りを打つ。いつも眠っているベッドの上ならば、ここでギシと軋む音が小さく静かに響いただろう。だが、今日の手塚は床へと敷いた客用布団の中で眠っていたが為、それらの音は発生しなかった。
 ポォと、柔らかな明かりが視界の隅で光る。
 手塚は枕元に置いた眼鏡に手を伸ばし、それをかけた。
 
 
「眠れないのか?」
「―――悪ぃ」
 
 手塚の眠りを起こしてしまったと、罪悪感を滲ませた声音。薄い明かりの下でぼんやりと浮かぶように横たわる跡部の顔が静かに浮かび上がっている。
 手塚の母は家庭的な女性であるので客用布団といえどもきちんと手入れされている。冷たい湿った重さからは程遠く、軽く、温かい。シーツも洗いたてでふんわりと太陽の匂いを感じるかのようだった。それでも床に敷かれた布団では跡部は寝にくいかもしれないと思い、手塚は自分のベッドを譲った。
 ごく自然に客用布団で寝入ろうとした跡部の肩を抑え、「お前は向こうで寝ると良い」と、手塚は自分のベッドを示した。その時跡部は奇妙な表情をしていた。普通に考えて・・客とはいえ同年代の、同性の相手に自分のベッドは譲らないだろうという考えには気づかないふりをする。跡部の方は、手塚があまりに当然の如く言い切ったので反論の機を逃してしまったようだった。
 だが、生活レベルの違いがこういう所で表れてしまうのか。手塚のベッドではゆっくり休めないのかもしれない。そう思い、気遣うように声をかけたのだが、別の意味合いに取られてしまったようだ。
 
「いや別に、お前に起こされたわけではない」
「見え見えな嘘つくなよ」
「・・・・・・・・・・・」
 空気が揺らぎ、跡部が小さく笑ったのが感じ取れた。
 確かに嘘と言えば嘘かもしれない。けれども、その事で跡部を批難しようとは思わぬし、恨みに思う筋合いでもないだろう。何よりも、跡部にはゆっくり休んで欲しいと思うのだ。
「何か本でも読むか?」
「いや。――目ぇ、悪くなんだろ」
「そういうものか」
 随分と前から眼鏡と付き合っている為に、手塚の意識としては今更だったのだが、確かに指摘されれば納得する。ベッドライトのような淡い光源の下で活字を追えば、早晩視力は低下するだろうという事は、間違いなさそうだ。
「跡部も確か眼鏡をかけていただろう?」
 試合会場で見かけた事は皆無だが、それなりに親しい友人関係を築いてからは何度かその姿を見かけた。手塚の姿に気づくと、大抵それをケースにしまってしまうのだが。手塚程には必須不可欠というわけではないようで、場面に応じて使い分けているようだった。
「だからだよ。これ以上悪くなると、試合中もかけなきゃいけなくなる。まぁ、視界を考えると、その場合はコンタクトにするだろうがな」
「そんなに違うものか」
「違うだろ。お前も変えてみりゃわかるぜ」
「生憎だがコンタクトは性に合わない」
「そう言うと思った。ま、眼鏡無しの手塚じゃ、青学の連中も物足りねぇだろ」
「・・・・・・・・・・・・・」
 俺のアイデンティは眼鏡だけなのか?と思わずな事を問いたくもなったが、跡部相手に口で勝てる筈もなく、何より夜中に口論しても仕方が無いと思い手塚は沈黙を守った。微妙に、面白くはないけれど。
 
 
 
「なぁ手塚ぁ」
「何だ?」
「お前、明かりがあると寝れねぇ?」
「そんな事はないが。そう聞くという事は、お前は明かりがついていないと寝付けないのか?」
「・・・・・・・・そういうわけじゃねぇけど。無くても寝れるし、な」
 跡部の返答を聞いた手塚は、身を起こすとルームライトの紐を引いた。
 カチ、カチと、紐を引く程に、室内の明かりが変化する。一度引き、ぱっと部屋が明かりで満たされ、次に引いた事で段階が落ちる。そしてもう一度引いた事で、部屋の明かりは天井から照らす豆電球とベッドサイドの明かりの2つとなった。
「―――どうだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「足りないか?ならば全部点けた方が良いのか?」
「違ぇよ。充分だ」
「ならばもう寝ると良い。俺は明かりの有り無しは関係無いから、気にする事はない」
「・・・・・お前って、時々俺様の事、甘やかすよな」
「そうか。自覚はないが」
「何だよ、それ」
 手塚が生真面目に答えると、跡部はぷっと吹き出すように笑った。その事で手塚はほっと肩の力を抜く。さり気ない気遣いなどできぬ手塚であるので、こうして跡部が笑ってくれると、ようやく安心できるのだ。
「もう、寝る」
「ああ」
 宣言と共に、ベッドサイドのランプが消された。光源はひとつで良いらしい。次からは気をつけようと、いつあるかわからぬ機会を想定した。
 
 天井から注ぐのは僅かな光。ぼんやりと浮かぶ家具を視界に収めた後、手塚も眼鏡を外して寝る態勢に入る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「―――――ガキの頃よ、広い部屋に一人が・・・・嫌だったんだよな・・・・」
「――――――」
「って、もう寝てっか?手塚」
「――――――」
 
 
 小さな告白に、手塚は静かな寝息をもって返した。
 跡部には、見破られているかもしれないけれど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.04.28
 
[ c l o s e ] || [ b a c k ]