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孤独 |
見渡せば、周囲にはいつも人が居る。
呟きでしかないような独り言すら耳に止め、気遣うような視線を向けてくる友人も居る。改めて注意を向けるまでもなく、自らの周囲から人が絶える事はない。
見掛ける度、いつも周囲を囲まれている。
嘲るような小馬鹿にしたような言葉に、喧嘩越しに反応している様子をよく見かけるが、それでいて跡部の周囲から人が絶えた事はない。
ライバル達に。
学友達に。
部の仲間達に。
取り囲まれていながら・・・・感じるのは、ただ一人きりだという事。孤独であるという事。
それはひとつの傲慢さ、なのだろうか。
「跡部はそう、感じた事はないか?」
「アアン?」
口に出して問うべきではないだろうかと思いつも、躊躇いがちに尋ねれば、跡部は聞いていたのかいないのか、物問いたげな表情を向けてきた。
それは「よく聞こえなかったからもう一度言ってみろ」という促しとも取れるし、「何馬鹿な事抜かしてやがる」という切捨てとも取れる、どちらとも言えぬ反応。
「――――」
「・・・・・・・・」
重ねて言葉を連ねようとしたが、舌の先が奇妙な程に乾いて張り付いている。言葉を発する事ができない。
その間に跡部はふいと背を向けた。
物言わぬ背は、真の感情を覆い隠す跡部の挑発的な笑み同様、何をも教えてはくれない。こんな時、跡部のインサイト(眼力)という能力がひどく羨ましく感じられる。
「部長の荷が、重くなったかよ」
「―――そういう、わけではない」
振り返る事はせずに、肩越しに半分程覗かせる跡部の顔は、くっと笑いを堪えるようかというもの。やはり聞こえていたか、と跡部がこういう時に聞き洩らす筈もないと、思い返して小さく息を吐いた。
青学の柱として渡された襷は軽い物ではなく、確かに肩に圧し掛かっている。けれども、重すぎるというわけではない。まだ準備が整っていなかった昨年度とは違い、春から加わるであろう新入部員達を含め、今年の青春学園は更なる飛躍を――全国制覇を無謀な夢ではなく、現実の確かな目標として掲げている。そこへ立ち塞がるであろう、氷帝学園すら蹴散らして、自分達は勝ち進むのだ。
勝利を、求める。青春学園テニス部の部長として。青春学園テニス部に所属する一テニスプレイヤーとして。
「んだよ、寂しくなったか?他とは違う、ただ勝ちだけをがむしゃらに求めていれば良いだけの立場ではいられないって事によ」
「・・・・・・それは、跡部の経験談か?」
「てめーと一緒にすんな。頂点に立つ者は頂点の立場、その役目と役割。憎まれ役上等」
背を向いている。表情は見えない。声音は先程から変わらず、熱を込めたものでなければ焦燥に満ちたものでもなく、憂いを込めたものでもなければ自嘲混じりの物でもない。
ただ淡々と事実を述べるだけの、気負いも何もない飾り気の無い言葉。揺ぎ無い背はぴんと立ち、どんな強風にも揺らぐ事はないのだろう。手塚はこの時、跡部が楽し気な笑みを浮かべているであろう事に疑いを持たなかった。
青春学園は、部内においてランキング戦を定期的に行う。その結果により、レギュラーが入れ替わるのだ。当然の事ながら努力の全てが報われるわけではないし、才能だけでやっていける程甘いものでもない。
最後に物を言うのは実力だ。手塚とて、部長であるからといって特別ではない。勝ち残る事ができなくばレギュラーの座から滑り落ちる。けれども手塚は部長という立場である故に、選手であると同時に選別する立場でもあるのだ。力足りずレギュラーの座から落ちていった者が逆恨みに近い感情を抱く事も珍しくはない。
その傾向は、2年時においては顕著であった。そして1年時においては―――思い出すのも嫌な出来事をも誘発した。
氷帝学園もまた、似たような形式であると言える。そして他に類を見ない大多数を抱える部である故に、何処よりも格差に重きを置いているようだ。レギュラーである事と準も含めその座に届かぬ者においては扱いに雲泥の差があるらしい。そして、氷帝の場合は、ある意味結果がわかりやすいランキング戦のような物は用いていないらしい。基本的に『部長の目』なるものが重きを置かれていると聞いた。同じ生徒が生徒を選択するのだ。割り切った仲間同士としては、決して居られぬに違いない。
けれども、跡部は笑う。自信に満ちた笑みで。そして、その冴えた瞳で見据えるのだ。結果を・・・・そして未来を。跡部は親しい仲間ですら切捨てなければならない。
「氷帝は・・・・跡部は・・・・強い、な」
「当たり前じゃねぇ?仲良しごっこじゃねぇだろ。参加する事に意義があるとか、そんなのを求めているんだったら試合に出る必要はない。試合ってのは勝つ為にあるんだ。いい試合をしたとか、感動したとか、いくら美辞麗句を飾ってもな、結局は結果だ。勝負に勝たなきゃ意味がねぇんだよ。そんな事を気にしているわけじゃないって?あれか?孤独なコートが寂しくなったか?一人が嫌ばら、ダブルスでもやったらどうだ?コートの中で一人じゃなくなるぜ?」
「それも、合わないのだろうな。うちの部員達と組んでとは考えた事もない。そうだな、跡部・・・・お前とならば、組んでみるのも面白いかとも思えるが」
「はっ、敵校同士で組めるわけねぇだろ。ま、いつか機会があったら考えてやってもいいぜ?」
「そうか。楽しみだな」
「ばーか。受けたとは言ってねぇだろ。考えても良い、つっただけだ」
にぃと笑う跡部の顔は楽し気で稚気に満ち、氷帝テニス部の膨大な部員達の上に君臨する孤高の存在とは到底見えなかった。
立場も近く、考え方も近く、同じように孤独を知るであろう筈の跡部は、挑戦的な笑みを浮かべ、楽しそうに、笑うのだ。人に取り囲まれて。賞賛と憧憬と、あとは恐らく嫉妬や敵愾心の視線に囲まれながら、それでも跡部は笑うのだろう。
孤高の存在でありながら、孤独を思わせない華やかな跡部。その揺ぎ無い瞳が眩しく――羨ましくもある。
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