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特別な |
「手塚」
雑踏の中でも聞き漏らす事のない、しっとり耳に馴染む低めの・・・・何処か何故だか甘く響く通りの良い声に、誘われるが如く手塚はゆるりと振向いた。
集団に埋没するなどありえない、思わず視線を止めずにはいられぬ優美な容貌が一直線に目に入る。
個体として存在しない、周囲を拒絶する集団という群集の視線すらその身に吸い寄せる、ただそこに在るだけで光彩を解き放つ跡部の姿。誰が意識したわけでもなく、彼の姿を認識した途端、皆が一歩や半歩といった一定の距離を取るが為に、彼の周囲に浮き出たような空間ができた。
「――――跡部」
呼びかけではない小さな呟きを耳にすると、跡部はにやりと口元を緩めた。
その笑みを意地が悪いとか、高慢なとか・・・・そう評する者も居るのだが、手塚にとってはこの上なく跡部らしい、年相応の幼さすら感じ取れる稚気ある笑みだと思う。挑戦的な強気の視線は、自分に真っ直ぐ向けられているとなれば、呼応するかのように心も騒ぐ。煽り立てられる。
己こそが最大の敵であると、勝つのは自分にこそであると広言して憚らない手塚であるが、誰にも何をも感じぬというわけではない。
闘争心と高揚感を引き起こされる相手はいる。それはただ一人というわけではないけれど・・・・この目の前に立つ男ですら見惚れてしまう綺麗で清冽な・・・・跡部景吾という男と相対した時にこそ、手塚の精神は最大級に引き上げられて高められると言っても過言ではない。
「よぉ。お一人さんで、珍しいこったな」
「―――跡部の方こそ一人とは珍しい」
気負いなく近づいてくる様は親しげですらある。まるで長らく付き合いのある友人同士のようであるが、手塚と跡部の間柄はそんなものではない。会った事すら数える程。その中でまともに会話を交わした数などさらに僅かと言えるぐらいの回数だ。
それでも互いに優れたプレイヤーに対する予備知識という事で、その名と所属校のみならず、プレイスタイルや必殺技に限る事なく、日常的な趣味や嗜好の範囲にまである程度、知りえている。手塚の方はデータ集めが趣味である乾という存在による恩恵を受けているわけだが、跡部の方も手塚の情報を得ているようだ。
前に試合会場で顔をあわせた際に、「そーいや、てめぇも釣りが趣味なんだってな」と、まるでその日の学食のメニューが何だとばかりの口調で言われた事があった。その時は「そうだ」と答える前に、跡部は自販機から得た清涼飲料水のボトルを片手に掲げ、颯爽と歩き去る背を見せるばかりであったが。
跡部はそうして、自分の言いたい事だけを言い、答えを求めぬ会話をふっかけてきたりする。手塚の態度が素っ気無いからだと指摘する者も居るが、答えないのではなく、答えさせてくれないのだ。それはそのまま隔てられた距離のようで歯痒く思う事すらあった。
「何処に居ても目立つ奴だな」
「アー?」
手塚の呟きに跡部は「何だよ」と言わんばかりに形の良い眉を器用にも片方跳ね上げた。
「孔雀のようだと言われた事はないか?」
「・・・・・・・人を求愛行動と一緒にすんじゃねぇよ」
不快そうに半音下がった口調のトーンに「そんなつもりはなかったのだが・・すまない」と侘びをいれる。ただ綺麗な生物――というイメージから孔雀を思い浮かべたのだが、どうやら跡部のお気には召さなかったようだ。
多少困惑気味の俺を胡散臭そうに眺めた跡部は、ひとつ息を吐くと「孔雀の派手な羽は雄の求愛行動だ」と教えてくれた。
なるほど、と感心しつつ、跡部の光彩が求愛行動の表れであるならそれは見事に効果を表しているな・・・・などと考え、―――何が?と己に自問する。どうも跡部を前にしたり、跡部の事を考えていると、分類不可能というか理解不能というか、自分が自分で制御できないような、難解な数式というよりは前衛的な美術品を前にしたような、回答を導きだし辛い状況に陥るのだ。
以前にその事を友人の大石に話した事があるのだが、大石は「手塚にとって跡部は特別なんだな」と、何処か困ったような曖昧な笑みを浮かべた。意味を問いただそうにも、それ以上は手塚が考える事だから、と受け流されてしまうだけで、温和で面倒見の良い大石であるがこうと決めたら梃子でも動かない所があるので諦めるしかなかった。
不二や乾といった、手塚よりは余程感情や状況把握に聡い人物も周囲に居ないわけではないが、この件に関しては大石の言う通り自分で考えるべきのような気がして、相談はしていない。ただし未だ答えも出てはいないのだが。
「―――跡部は俺にとって特別なのだろうか・・・・」
「はぁ?!」
じっと問うような視線で(実際問いかけてもいるが)跡部に向かうと、鳩が豆鉄砲という言葉がそっくり当てはまるような、目を丸くした状態となる跡部。そんなに驚くような事を言ったのだろうか、と少しばかり不安になる。
「いや、おかしな意味ではないのだが・・・・跡部の姿は何処にいても目に入るし、跡部の声は何にも紛れる事なく耳に入る・・というか、聞きわけられる」
「おいおい。そりゃ、聞きようによっちゃ告白だぜ?」
「そうなのか?」
「なのかって、聞くなよな。ま、女相手に同じ事言やぁ、逆上せ上がるんじゃねぇ?ってぐらいには熱烈だな。朴念仁だと思っていたが、結構言うじゃねぇのよ」
くくと笑う跡部に「いや、そんなつもりでは・・」と否定するのだが、跡部はおかしそうに口元を抑えて「手塚、てめぇ実はタラシなんだな」などと笑みを向けてくるので困惑することこの上ない。その上、「さっきの口説き文句は悪くなかったぜ」などと言われて、どう答えれば良いというのか。
「別に口説いたわけではない」と反論したとて、「ったりめーだろ。てめーが俺様口説いてどうするんだよ」と返されては、どうすれば良いのか本気で悩む所だ。
跡部という人物は非常に厄介で面倒な奴だ。
翻弄されて困惑させられ、そして未だに答えが出ない。
それが『特別』という事なのだろうか、と考えられなくもないが、そうだとすれば『特別』という事はひどく疲れるものなのだな、と思わずにはいられない手塚だった。
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