ほんとうのこと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 いつになく賑やかな食卓から沸く声に、誰が来ているのだろうかといぶかみながら手塚は自室へと一端向かう。玄関先に揃えられていた靴には見覚えがなく、家族のものではない。高級そうな革靴に、父の客だろうかと思えた。
 鞄を机に載せ、学生服の上着をハンガーにかけると下へと降りる。早い時間に帰れる時は家族揃っての夕食となるが、今日は少し遅くなると前もって伝えておいた。
 
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、国光」
「国光君、おかえり」
「おお国光、帰ったか」
 
 にこやかに向かえてくれる(祖父は手塚同様表情変化に乏しいが)家族が3名。とても、機嫌が良い。
 そして――――――
 
 
オカエリナサイ、クニミツクン
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 
 何だ、コレは。
 いや。
 どういう光景だ、これは。
 
 
 思わず、ずれた眼鏡を直す手塚である。
 家族に輪をかけて、にこやかにも爽やかなる愛想の良い微笑みにて出迎えてくれたのは・・・・・・・・ライバル校氷帝学園の代表たるテニスプレーヤー、跡部景吾その人だった。
 
 
「何故、跡部が・・・・・・」
 呆然と立ち竦む手塚を前に跡部がしてやったりの表情を浮かべている。
「くく、期待通りだな。その顔が見たかったぜ」
「―――――」
 
 にやりと人の悪い笑みは、手塚の反応を見越して家族に黙っていたのだと直ぐに知れる。そうでなければ、先程連絡した際に母が手塚に伝えていただろう。
 
「跡部君は国光君と顔見知りなのかい?」
「自分も少々テニスを囓っているのですよ」
「・・・・・・少々じゃないだろう」
 
 思考回路が追いつかないながらも、手塚は跡部の言葉に訂正を入れた。常に自信に満ち溢れた態度を取る癖に、こんな時ばかり謙遜にも程がある。
 
「ほぉ、国光が認める程の腕前か」
「さて?自分的には最大のライバルと思っていますが、国光君にとっては物の数ではないようですね」
「そんな事はない」
「へぇ。試合会場で会っても、全く目に入っていないようだがな」
「まあ国光ったら。御挨拶はちゃんとしないと失礼よ」
「いえ。自分の実力がまだまだという事ですよ」
 
 母の言葉に跡部は実に残念そうな、表情を浮かべる。どこか庇護欲をそそるその表情は、母の母性本能に訴えるだろう。こんな所で人の母親を垂らし込まないで欲しい。それに跡部程の実力者が「まだまだ」も無いだろう。手塚は跡部に乗せられているとわかりつつも、口を挟まずにはいられない。
 
「全国区のプレーヤーが何を言う。大体、今年青学を下して全国大会へと進んだのは氷帝学園だろう。うちの部長を余裕で倒しておいて・・・・」
「そっちもうちの部長様を、軽く始末しただろ」
「あら、跡部君は氷帝学園の生徒さんなのね」
「先に生徒会長に就任したと聞きます。テニス部では部長を――」
「国光とお揃いね」
「ふむ。ライバルは競い合ってこそ花。国光よ、良い好敵手を得られたようだな」
「まだまだですよ。自分は国光君にとって、その他大勢のライバル達と一緒のようですから」
「だからそれは違うと!」
 
 度重なる跡部の言葉に思わず手塚は否定の声を張り上げる。らしくないと、自分を振り返る前に家族もそう思ったようだ。
 
「国光君がそんな風に声を荒げるのは珍しいね」
「あら・・・・・そういう、ことなのね」
 感心したように・・・・少しばかり楽し気に頷く父の横で、母が納得したかのように笑みを深める。こういう時の母に手塚は逆らえた事がない。
「―――お母さん?」
「ふふ。気になるから、余計に素っ気ない態度を取るのでしょう?本気で興味がないのなら、跡部君の名前すら覚えないでしょう、国光は」
「手塚ぁ。俺が言うのも何だが・・・・一応お前人気者なんだからよ、無視っつーか、認識しないのはどうかと思うぜ。いらん恨み、買うんじゃねぇ?」
「確かに跡部には言われたくないな」
 憮然とした表情の手塚がツボに入ったのか、跡部はぷっと堪え切れぬ笑いをもらした。
「・・・・・・・内に入ると意外な発見というのは、本当だよな・・・・・・」
「―――遊ぶな」
「何だ仲良いんだね」
 
 父はいつになく表情を崩される息子の姿を微笑ましそうに見ている。母はその横で菩薩の笑みをますます深くした。そして祖父は―――
 
「国光」
「はい」
「景吾君の一番の友は、わしじゃからな」
「・・・・・・・・・・・」
 
 真剣な表情で、ライバル宣言をしてきた。
 
 
「お父様ったら、焼餅ですか?」
「彩菜さん、焼餅などではない。立場を確認しただけだ、なぁ、景吾くん」
「そうですね。国光君とは競い合う仲ではありますが、親しい間柄というわけでもありませんし」
「ほうれ、見ろ」
「お父さん、そんなに得意そうに・・・・」
「楽しそうですわね」
「・・・・・・・・・・・・」
 
 一人息子そっちのけで、手塚家では跡部を囲み和気藹々の団欒が続く。
 手塚もコロコロと笑う母に合わせて笑う事がでれば良かったのだが・・・・祖父にライバル視されるという状況に、手塚は笑う事ができない。
 そして、うやむやのままに、母に言い当てられた事実を・・・・そうであると認めるのは・・・・いまだ出来ぬ事なのだった。
 
 どちらがより拘っているのだという事を、素っ気無い態度の裏に隠されたほんとうのことを、告白するにはまだ早い。自覚すら、まだ芽生えかけたばかりの手塚であったから。
 そんな手塚の心を知らず、跡部は楽し気に祖父と笑い合っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.03.14
 
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