淡い
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 跡部の印象を一言で言えば、『鮮烈』 だ。
 
 その類稀な容姿も、華やかなオーラも、姿形に似合わぬ庶民的な――かつ丁寧とは言えぬ口調も、芸術的なまでのテニスセンスも、見る者の視線を惹き付けて止まない。
 だが、同時に・・・・・・『淡い』という印象も合わせ持つのは何ゆえなのだろうか。
 
 改めて思い起こしてみるとすれば、跡部の見た目となるのだろうか。金に近い茶色の髪は、日本人の大多数がそうである漆黒の髪に囲まれると、その明るい色合いは淡い、と言えるかもしれない。その冴えたる双眸は蒼い。これも、日本人が持つ瞳の色と比べると淡い光彩だ。肌の色は野外でテニスをやっているのが信じられぬ程に白い。黄色人種の中に立てば、やはり一際浮き出る淡さを持つだろう。
 存在そのものはどうか。あの性格をして、儚げとか淡さとか繊細さなどを感じる者はそうはいないだろう。が、ふいに見せるちょっとした瞬間、跡部の身を防御するかのように張り巡らされた強い光が和らぐ瞬間、消え入るような錯覚を抱く事がないでもない。それこそが跡部本来の姿なのだろうか。
 
 
 
 
「――――という事で確認しに来てみた」
「・・・・・・てめぇ、実は暇なんだろ」
 
 突然の訪問の理由を問われたので、手塚は正直に理由を話した。その結果の跡部の反応が上記の通りである。最初は神妙な顔つきで(手塚がいつになく真剣な面持ちであったのが理由であろうが)耳を傾けていた跡部であったが、話の内容を聞くにつれ、次第に眉間に皺が寄り、最終的には呆れ果てたという表情に変わり果てた。
 
「暇ではないぞ。試験も近いしな」
「だったら帰って真面目にお勉強してろよ」
「だが、気になって勉強などできない」
 まるで跡部のせいだと言わんばかりの非難の口調と目線に、跡部は頭痛を覚えたかのように頭を抑えた。大概、癖あり手間ありの面々に囲まれている跡部であるが、彼等全員を合わせて対比したとしても、手塚一人の方が厄介なんじゃねぇかと思わずにはいられない近頃である。
 こうなってくると、相手の好きにさせた方が解決が早い。疑問があるなら正してやる。要求があるなら叶えてやる。それが何より自分が後々まで拘束されない為の一番の近道であると学習してしまった跡部は、自分は実は損な性分なのでは・・・・?と思わなくもない。
 
「それで?本人前にして、答えは出たのかよ」
「いや。残念ながら・・・・跡部が元気なようだからな」
「アァ?俺様が弱ってりゃいいってのか?」
「そういうわけではないが・・・・完全状態の跡部では覇気がありすぎて判断のつけようがない」
「・・・・・・だからそりゃ、俺に弱れって言ってるように聞こえんだよ」
「む。そうか?」
「・・・・・・・・・・」
 真剣に己の言動を振り返り始めた手塚を見やり、跡部は何故自分はこんな無駄な会話で無駄な時間を過ごさねばならないのだろうか・・・・と深く疑問に思う。視線を外に向ければ春先の気持ち良い風が流れ込んでくる。柔らかな薄桃色の群生が目に止まると、幾分気分も和らいできた。
 
「答えがわからねぇってんなら、俺様が答えを出してやる。この跡部景吾に『淡い』だの何だのと、弱々しい表現が似合うわけねーだろ。手塚、てめーの思い違いはここできっちり正しとけ」
「いや。印象というものは本人が言うものではないと思うが・・・・」
「うるせぇ。この話はこれで終わりだ。てめーが納得すりゃ、それで終いなんだよ。ったく、余計な事ぐるぐる考えてねぇで、今期の青学の指導方法にでも頭悩ませろよな。断っとくが、うち(氷帝)に不安要素はねぇぜ?そっち(青学)も今年こそ全国まで歩を進められるんだろうなぁ?」
「無論だ。今年の青春学園は全国制覇を念頭に動いている」
「はっ!言ってくれるじゃねぇのよ。それじゃぁ、前祝っつー事で、食い物持って花見にでも行こうぜ。向こうの桜が満開みてぇだ。生憎酒は抜きだがな」
「当たり前だ」
 未成年、しかも中学生がアルコールを取るなど許される事ではない、とばかりに厳しい表情をする手塚だが、「んな事言ってるが、国一爺さんの晩酌に時々付き合わされてんだろ?ネタは上がってんぜ?」と跡部に返されてしまう。「―――そんな事はない」と手塚は己を保とうとするのだが、跡部の「俺も付き合わされたぜ?」の一言に、「・・・・御爺様・・・・」と沈痛な面持ちで額を抑える手塚なのだった。
 
 
 跡部と手塚の二人は、跡部家のシェフが用意してくれた弁当を持ち、跡部の家から少しばかり歩いた先にある小さな山のような場所へと向かった。そこには近年に植林されたものではない、年輪を経た見事な桜の巨木が花開いていた。跡部家の私有地の奥にあるという事で、この時期どこにでも見られる宴会風景のようなものも無く、静かに桜を堪能する事ができそうだ。
 
「―――壮観だな」
「だろ?毎年、樺地やジロー達とこの下に集まるんだよな。今年は中々都合がつかねぇんだが・・・・まだ持つか?満開の桜は散るときゃ一挙だからよ」
「しばらく天候が崩れるとも聞いていないから、大丈夫じゃないか?」
「だといいがな・・・・・」
 心配気な顔つきで跡部は桜の木の幹を撫でていた。今が身頃の桜であるので、雨と風が続けば一斉に散ってしまうのではないか・・と、跡部の心配は手塚にもわからなくもない。
 その時、ふっと春一番程ではないけれど、強い風が吹き付けた。桜の木を大きく揺らし、丁度その木の下に立つ跡部の姿を取り囲むように、花びらがパラパラと舞い落ちてきた。
 
 
 
「ち、花びら塗れになっちまたぜ」
「・・・・・・似会うぞ」
「アァ?何抜かしてやがる」
 
 手塚の言葉に跡部は嫌そうに顔を顰めながら、頭の上や肩へと張り付いた花びらを無造作に払い落としていく。本当に似合うのに勿体ない――と思う手塚の前で。
 
 
 
 桜の散り際は見事なもので、潔さを表すものとしても知られる。
 淡い、淡い色合いが、あまりに跡部にはまりすぎているように見えて―――手塚は残像を追い払うかのように頭を振った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.03.12
 
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