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思いの行方 |
射抜くような視線に気付いたのがきっかけだから、向こうが先にこちらを見知っていたのは間違いなく確かな事実。そして、何かと突っ掛かってきたのも向こうの方だ。
けれども、ライバルに向けるべきでない感情を自覚したのは、間違いなくこちらが先だと言い切れる。
何しろ、手塚が跡部に思い余って想い募って告白した際には・・・・一笑に付されたからだ。しかも、正気を疑われたりなどもした。――――あれは、少しばかり傷ついた。
驚くべき事に(当人に言わせれば冗談ではないと言い切られる・・・・いや怒鳴られるだろうが)同性から告白されたのは初めてだと跡部が言い切った。女性にしても、直接告白してくるのはものの数程、指折り数えて思い出せる程度だという。
「怖がってんじゃねぇの?」
かえって面倒が無くて良い、と笑う跡部の言葉はある意味では正しい。そして大部分においては間違いだ。跡部が自分に向けられる憧憬の視線の中にこもっているのが、優れた先輩やプレーヤーに対する憧れや思慕の想いばかりではないと、気づかぬ方が不思議であった。
跡部程に洞察力に長けた者が、本気の想いが込められた瞳の熱に気づかないとは・・・・・・いや。それであれば手塚の視線にも気づくのではないかと考え直す。手塚本人がその想いを自覚するよりも前に、聡い周囲の面々には看破されていたらしいのだから。
「その目を見て気づかない方がどうかしてるよ」と、当たり前のように言い切る友人の言葉に、「ならば何故跡部は気づかないのだろうか」と、口下手な自分であるので、目は口程に物を言うというのなら視線で気づいてくれても良さそうではないか・・・・と、思わず愚痴めいた事を口にすると、「周囲がそういう視線ばかりだから、自覚レベルに引き上げる事もなくスルーしているんじゃないの?」などと言われ、前途多難を感じ取ったものだ。
気づいて貰えぬのならば、こちらから働きかけていくしかないと、自覚してからの手塚の行動は早かった。
跡部に約束を取り付け、下手な邪魔など入らぬように向こうのホームグラウンド・・・・つまりは跡部の家へと訪ねていった。
真剣な面持ちで常になく緊張した素振りの手塚に「おいおい、どうしたよ」と苦笑を浮かべる跡部だったが、まさか目の前の相手が自分に告白に来たとは夢にも思っていなかったようだ。
言葉を飾る事など手塚には望むべくもないので、単刀直入に「好きだ」と告げた。
その手塚の告白に跡部は一瞬だけ蒼の双眸を瞬いた。それが、跡部が見せた驚きの表現のただ一つだった。
静かに流れる沈黙の中、跡部は動こうとはしない。怒鳴りつける事もなければ、冷たい視線を向けてくるでもない。
気持ち悪いだろうか?と問えば、いつもの高慢な笑みを消した跡部は真摯な表情を浮かべ、考えこんだ。
そして・・・・「別に」とあっさり返してくる。それで希望を抱く程手塚もおめでたくは無いが、幾分ほっとしたのも確かだ。
「好意を抱かれて悪い気はしない。特に手塚、てめぇからならな」、と薄く笑む跡部の表情は、想いを募らせる者からすれば嫣然として目の毒だ。
否定はせずに肯定とも取れる言葉をさらりと放ってくれたので、ならば、「俺が好きか?」と問えば、今度は悩む事もなく「否」と答えてきた。
これに関しては期待しての問いではないので落胆はない。
「好きか嫌いかどちらか二者択一ってんなら、好きだぜ?けど、てめーが聞きたいのはそういう意味じゃねぇんだろ?」と問うので「その通りだ」と頷く。
友人としての「好き」を求めているのならば、わざわざ告白などしない。跡部の言は正しい。好ましい人物としての自分ではなく、 特別な存在としての手塚国光でなければ意味等 ないのだから。
片恋であるから、このように客観視もできる。これがもしも万が一に跡部にこの想いを受け入れられていたら・・・・跡部を取り巻く世界ごと嫉妬し切り離そうとするかもしれない。
こんな執着を自分が他人に対して抱くとは思ってもみなかった。そんな自分が存在するとは考えてみた事もなかった。自分がこれほど熱い男だと初めて知ったと告げると、跡部は何を今更?という表情で笑った。陶然と、見惚れる程に綺麗な顔だった。
「テニスに対する執着見てりゃわかるだろ」と、跡部が言う。「あれだけ熱くなる奴が執着心ないなんて、到底思えねぇよ」と、自分でも気づかなかった面を言い当てられて、気恥ずかしく重いながらも嬉しくも思う。だが、続く跡部の言葉は認める事も、受け入れる事も、受け流す事もできぬものだった。
「お前、さ。その感情は本物か?はきちがえてねぇか?納得しやすいカテゴリに、振り分けちまったんじゃねぇ?」
誰より自分を理解しているに違いない、その跡部がそんな事を言う。そして、酷く真摯な表情で言い切った。
「俺はよ、てめーの肩を潰し掛けた・・・・いや潰したようなもんだけどよ。その件を後悔してねぇし、あの場に至れば何度でも同じ選択をするだろうよ。その上で敢えて言うぜ?お前の肩を潰した相手に向けるべき激情と―――こればっかりは幾ら否定しようとな、心の奥底にわだかまりが発生しないわけがねぇよ―――テニスへの渇望がないまぜとなり、すり替えられたんじゃねぇの?」
跡部の瞳が真っ直ぐに手塚を見詰める。そこにはその場を取り繕う為に発せられた言葉にはあり得ない真摯な色があって、それが、今まで跡部が口にはしなかった本音の一つである事を知らせてくれる。だが、跡部がそうだと思っていたとしても、手塚がその通りに思い、その指摘通りに動く必要はない。
手塚はぎゅっと拳を握り締め、「馬鹿を言うな!」と跡部を一喝した。
だが、そんな風に発した怒気も跡部にとっては先程の言葉を翻す程の効果を持ったものではなく。
「ふ、ん。―――ま、良く考えるんだな」と、それきりその話に触れる事はなかった。
その後も跡部との間には親しいと言える友人関係が続いている。跡部は手塚の告白の件を忘れたかのように、以前と変わらぬ態度で接してくる。遠まわしに拒絶されたのだろうか、と思う事もあったが、跡部ならば断る場合にはきちんと言葉と態度で示すだろうと、考えを改める。結局、本気に取られなかったという事なのだろうか。
手塚の思いは、宙に浮いたまま、行く先々を見失っていた。
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