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奇跡 |
「跡部にとって『奇跡』とは何だ?」
それはちょっとした好奇心からの問いかけだった。
この、存在そのものが奇跡のような跡部という男が論じる『奇跡』とはどんなものだろうか。そう、少しだけ気になっただけだった。
手塚の言葉を受けた跡部は、少しの間考え込んだ。真剣に、己の中に問いかけているようである。
そして、ぽつりと跡部が言い放ったのは――――手塚にとっては予測もしなかった言葉だった。
「樺地」
手塚をからかっているわけではないのはその表情を見ればわかる。本気で言っている。それが手塚にもわかる。だがしかし。何故――――樺地君なのだ?そう、手塚としては問いたい。
答えを返せばそれで終わりだろうとばかりに、跡部は読みかけの英字新聞の方に視線を戻した。何か興味ある記事が載っていたらしい。その視線は真剣に文字を追っている。
通常ならば、こういう時に手塚は跡部の邪魔はしない。手塚とて、読書に集中している時に邪魔をされるのは好かない。文字好きにとってはそれは共通する感情だろう。だが、それを押してでも、ここは引けなかった。
確かに樺地君は良い奴だと手塚も思う。跡部の信頼深いのも見ていればよくわかる。幼稚舎の頃からの長い付き合いという事で、その関係の密なる事は手塚には及ぶべくもない。
外観上は強面で大柄な彼は、その厳つい風貌から怖がられる事もあるようだが、その内面は穏やかで、無表情で無口な面は手塚にも通じるが、長い付き合いからなのか、それとも相手が樺地(跡部へそう主張する)君であるからなのか、細かな表情変化による感情の機微が跡部にはすぐにわかるようだ。
彼等の親密さは理解している。跡部にとって樺地君が大事で、樺地君にとって跡部が絶対なのも理解している。だが―――絶対のライバルだと言い切ってくれた自分の事はどうなのだろうか。先程跡部は『奇跡』について考えていたが、その際に手塚の顔は思い浮かばなかったのだろうか。聞いてみたいのだが・・・・聞きたくないという気持ちもあった。
「跡部・・・・何故、樺地君なのだ?」
「アァ?何故だぁ?」
まだ終わってねぇのかよ、とばかりに面倒そうな表情で振向く跡部に気分を害するのは当然の事だろう。
「説明してくれ」
「・・・・・・・・・・」
目の据わった状態での手塚の言葉に、跡部も放置する気にはなれなかったようだ。がりがりと頭を掻き、「ったく、何なんだよ・・」とブツブツ文句を言いながらも読みかけの新聞を脇に置いた。
「説明ってよ。見りゃわかんだろ?」
「わからないから尋ねている」
「ああそう。ま、てめーは俺様と違って樺地との付き合いが長いわけじゃねぇしな、誤解があってもおかしかねぇか。あいつ程に優しくて純粋で無垢な奴はいねぇぜ?頭も良いし、どんな技でも吸収しちまうし、教え甲斐あんだよな。それに頼りにもなるしなぁ・・・・・・樺地なんて可愛い奴が存在する事自体が奇跡ってもんだろ?なぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
にこにこと楽し気に顔を綻ばせながら後輩自慢をする跡部に手塚が何を言えようか。ここで手塚が「いや、お前の方が俺にとっては奇跡だ」とでも返せるのならば、二人の間柄も早い段階で進展しそうなものであるのだが・・・・生憎手塚は手塚でしかない。
樺地はな、料理も出来るし絵も上手いんだぜ・・・・・それに・・・・と指折り数えて続けられる後輩談義―――もとい樺地自慢は留まる事を知らない。手塚は自らふった話題をいたく後悔する羽目となったのであった。
ちなみに。
跡部同様、手塚が自分の後輩である越前を語る際に関しても、傍らから見ればやっぱり鬱陶しい程の後輩自慢であって、跡部の樺地自慢と似たり寄ったりである事は、当人だけは未だ気づいていない事実なのであった。所詮は似たもの同士という事なのだろう。こんな面に、至るまで。
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