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once in a blue moon |
肌寒い季節となり、日の落ちるのも早くなった。
テニス部の方に顔を出した手塚は、ついつい最後まで付き合う事となり随分と遅い時間になってしまう。かつてはこの時間帯に帰るのが当たり前であったけれど、部の方を引退してからは久々の事だ。帰る前に一度家に連絡を入れておくべきだろうか・・・・と、夕食を用意しているであろう母の事を思い出す。家族の信頼厚い手塚であるので、遊び呆けているなどとは思われないであろうけれど。
吐く息が白い。立ち上る自らが吐いた熱を追うように空を見上げた。
昼から晴天であった夜空には雲ひとつなく、星々が瞬いている。
「―――――やぁ。月が綺麗だ」
感嘆したかのような声に誘われるように視線をめぐらすと、ぽっかりと存在を主張する月の姿が見えた。
息を飲む程に綺麗な、綺麗な――――――蒼の月。
「確かに綺麗だな」
「手塚がそんな風に応じるなんてね。少しは情緒が発達したのかな、ふふ」
「・・・・・・・・手厳しいな、星の王子様は」
からかうような口調の不二に幾分むっとした表情で反論する手塚だが、そういう事はそういう方面に長けたものがするべき事で―――つまりは初心者は太刀打ちできぬ相手に喧嘩を売らぬ方が良いという法則がある。
「ふーん。そういう風に返すんだ。成長してるんだね、手塚も。跡部の教育の賜物かな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「だけど綺麗な月だよね。蒼い月なんて、本当珍しい。赤い月は禍々しく感じたりもするけど、蒼い月だと神秘的な感じがするかな。誰かさんの瞳を思い出すね。ん?手塚、どうしたの?黙り込んじゃって」
「・・・・・・・・・いや」
にこにこと、無敵の笑みを向けてくる不二相手に勝てる筈もないという事を、何度も学習している筈なのに未だ忘れてしまう手塚だ。脳裏に思い浮かんだ人物にまで「ばーか。だからてめぇは迂闊だってんだよ」と笑われる始末で、少しばかり落ち込む。
「ふふ、ごめんごめん。別に君を苛めたいわけじゃないんだよね。――――蒼い月かぁ。こうして見ると綺麗だけど・・・・」
「不二?」
「あの蒼はさ、見せ掛けなんだよね。空中の細かい塵のせいで蒼く見えるんだ。まぁ、でもこうして見上げる分にはそんな事は関係ないかな。所詮、手を延ばして届くものじゃないんだしね」
不二の言葉は月に対してのものであったのだが、その裏に何らかの含みを感じてしまう。一筋縄ではいかない相手だからこそ、単純な言葉としては取れぬのだ。そして、手塚にとってはそこから引き出される意味は受け入れられるものではなくて――――
「・・・・・・届かないという事は、なかろう」
思わずそんな風に反論していた。
「強気だね。もしかして、もう告白しちゃったの?手塚だから、10年ぐらい延々と想いを抱え込んで片思いを続けるかとも思ってたんだけどね・・・乾の情報網も大した事はないな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
それはどういう意味だ、と反論したい。更に乾がどう関わっているのだと問い正したい。だが、それを糸口とされ色々と追求されるのは避けたい。が、相手は不二である。そんな煩悶すら所詮は悪あがきなのだろう。
「それで跡部の答えはどうだったの?実は出来上がっちゃったりした?何というか君と彼との場合、結構なゴージャスカップルだよね」
「答え、か。はぐらかされたのか・・・・・・まともに取られなかったな」
「へぇ?本当に告白したんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
どうやらカマかけに手塚はあっさりひっかかってしまったようだ。自らからかいのネタを相手に与えてしまった事に再び落ち込みを抱く。
「まぁまぁ落ち込まない。・・・・・・・・・ふふ、そんな君に神様からのプレゼントかもよ?ほら、君の切望するお月様が現れたみたいだ」
「何を―――」と言いかけた先で息を呑む。不二の示す先を理解したが為だ。
月明かりを背に、太陽の光を受けて輝くのとはまた別の神秘的な光を内から発しているかのような、手塚ですら見惚れて我を失ってしまう綺麗な立ち姿。
「よぉ!手塚!久しぶりだな。今、てめーん家に行こうとしていた所だ。ん?不二じゃねぇか。相変わらず胡散臭ぇ笑みだな」
「ふふふ。跡部の方こそ相変わらずだね。それじゃ手塚、僕はここらで失礼するよ。馬に蹴られて何とやらは御免だからね。頑張って、月を掴んでね」
「・・・・・・・・・・・・」
くすくすと笑いながら去っていく不二に返せる言葉は手塚にはない。ただ憮然とした表情で腕を組み、その背を見守るだけだった。
「何だ?あいつ・・・・本当得体の知らねぇ奴だな。データ野郎といい、青学には面倒そうな奴が本当多いぜ。ま、その筆頭は手塚、てめーだがな」
「――――――」
ぱっと振向いて見せた笑みは、子供っぽいとも言える跡部の笑みで・・・・滅多に拝めないその素の表情に心が躍る。
いつもの自信に溢れた笑みも、挑発的な笑みも、優雅で嫣然とした笑みも、跡部らしくはあるのだが、滅多な事ではないが、こうした表情を見せてくれるようになった事が何より嬉しく思う。手塚の望む関係への発展へは程遠いとしても。
「そーいや不二の奴、月がどうのと抜かしていたな。手塚、まさかてめー宇宙飛行士にでもなるつもりか?」
「いや。それはない。ただ、あまりに綺麗な蒼い月だからな・・・・そんな話になっただけだ」
首を振り跡部の言葉を否定する手塚。その眩しそうに眇める視線の先は夜空に浮かぶ月にではなく・・・・双眸に月よりなお煌く光を持つ人物へと向かう。
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