静寂に響く
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 冷房が効いているわけではないのだろうに、感じるのはひやりとした冷ややかさ。扉の向こう側は、ぴんと張り詰めた静寂の空気の中にあった。
 ギィと軋む音を立てる年代物の扉を引き、ゆっくりとした足取りで建物の中へと足を踏み入れる。西洋的な建築物の中で、学ラン姿は不適切に不似合いかと思われたが、闇色のそれは禁欲的であるが故にそれなりにしっくりと溶け合うようだ。
 
 薄い光が色取り取りのステンドグラスから透けて漏れている。
 カラフルな色合いの光が、床へと紋様を投射する。
 
 ただ一人きりの空間の中、普段踏み入れる事のない西洋の世界に躊躇なく興味を示す。
 聖ルドルフ学園内の聖堂は、荘厳で厳粛な雰囲気の中、手塚を受け入れた。「手が空くまでこちらで待っていて下さい」との観月の言葉に、異論を挟まず正解だったようだ。この造形美は、十二分に鑑賞に値する芸術である。
 
 静寂のみが支配していた空間内に響く、微かな・・・・・不思議な韻の音。
 己が一人きりだと思っていたが勘違いだったようだ。観月に案内されたのだから、他校の者とはいえ不審者扱いはされぬであろうが、先客へと挨拶する為に手塚は音のした方向へと足を向けた。
 音遊びをするかのような一貫性の無いその調べは、何かの曲を奏でているというわけではないのだろう。子供の指遊びのようなそれは、もしかすると調律なのかもしれない。
 爪弾くような音に引かれて歩を進めた先の光景に、手塚は一瞬呆けた。まさかこのような場で会うとは思っていなかった人物が、常より穏やかな表情で立っていたからだ。
 
 何故―――跡部が―――
 
 落ち着いて考えれば、自分の状況と照らし合わせて跡部もまた同じ用件であったと判断できぬ方がおかしい。しかし、その場においては、思考が停止したかのようにうまく働かなかったのだ。
 
 ギシと、知らず踏み出した足の重みが板張りの床を鳴らす。
 その音に跡部がはっと顔を上げた。
 惜しいと思わす変化――変移。穏やかに寛いでいた表情は消え、見慣れた勝気に飛んだ挑戦的な表情がその顔に浮かんだ。
 これこそが跡部であると思わぬわけではないけれど、宗教画の聖人すら彷彿とさせる静謐さを冒してしまった罪の意識がある。
 
「―――すまない。邪魔をしてしまったか」
「別に。暇潰しに弄っていただけだ。観月の野郎、人を呼びつけといて段取りの悪ぃ奴だな」
「跡部の方も、練習試合の?」
「他にわざわざ出向いてくる用事なんかねぇだろ。ま、会長職の絡みもないでもねぇが・・・・」
「お互い、二束草鞋は大変なようだな」
「それほど手間じゃねぇさ。部下と後輩は使いよう、ってね」
「そうか。その姿勢は見習う事としよう」
 
 跡部の纏う空気が普段知る彼のものとなった事で、近づく事は容易となった。妙に嵌る光景だな、と、建物に負けぬ年代物のオルガンに寄り添う跡部との対比を内において感心する。
 
「ちっ、まだ待たせるつもりか、あいつは」
「何か危急の用事でも入ったのだろう。だが、この建物は充分時間潰しに値するだろう?」
「ま、それなりにな」
「折角だから、何か弾いてはくれないか?」
「折角って何だよ。貧乏性かよ、てめぇは。―――大体、俺が何を弾けるって?」
「弾けるんだろう?」
「・・・・・・・・ったく、根拠のねぇ癖に確信するてめぇは、つくづく理解できねぇ奴だよな」
 
 呆れたように嘆息すると跡部はオルガンの方へと向き直った。
 指の動きを確認するかのように動かすと、手鍵盤の上へとその手を乗せる。
 紡がれる曲は手塚の知らぬ調べであったが、惹きこまれるように聞き入った。
 壁際に背を預け、腕を組んで妙なる世界に身を浸す。
 
 
 
 
 静寂の間に緩やかな調べが響き渡る。
 後に曲目を問うと、「――羊飼いの曲だ」と、跡部は薄い笑みを浮かべて答えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.03.08
 
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