風花(かざばな)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 足元から差し込むような冷え込み。体の芯までも――骨までも――軋みを上げていく。
 
 
「・・・・・・嫌な季節だな」
「―――ア?」
 
 手塚の呟きを聞き取った跡部が胡乱そうに視線を向けてきた。眉を潜めた怪訝気な表情すらも美しい。
 
「こういった凍りつくような冷え込みの中や・・・・梅雨の時期のように湿気に包まれる時期は・・・・癒えた筈の傷が疼くような気がする」
「・・・・・・手塚ぁ。そりゃ、俺への当てこすりか?」
「そんなつもりはないが・・・・不快にさせたのならばすまない」
「何に対して謝罪しているのか、それこそ考えろよな、お前」
「すまない」
「・・・・・・謝りゃいーってもんじゃねぇぞ」
「ああ、すまない」
「・・・・・・・・・・」
 
 他に言葉を知らないかのように、同じ言葉を繰り返す手塚に呆れたのか、それとも本当に機嫌を損ねてしまったのか、ぷいと顔を逸らした跡部はそれきり手塚の方を見ず前だけを見て歩き進む。手塚はただその後ろを黙ってついていった。
 先程の呟きは跡部に対して言ったものではなく、ふいに心に押し寄せてきた、夕暮れ時に羽虫に取り囲まれたかのような不快さから思わず漏れてしまった心根であったのだけれど、その言葉から跡部が何を感じ取るかぐらいは、考えるべきではあった。
 肘を痛めたのは手塚が自ら招いた禍。肩への過剰な負担も然り。跡部との対決により、肩を潰されたのは事実ではあるが、あの試合が無ければ手塚の肩は更に取り返しのつかない自体ともなっていただろう。早期の発見でまだ良かったよ、と治療に赴いた九州の地での医者の言葉は慰めなどではなかったろう。知らず、気づかず・・・・いつしかその爆弾は致命的なものとなり、手塚はプロへの道を絶たれる事になったかもしれない。
 だから、手塚はむしろ跡部に恩を感じる。そしてあの場において、手加減知らずで対峙してくれた跡部の姿勢にも、深く感謝している。もしもあの時の試合が元で、選手生命を絶たれていたとしても、その時跡部がこちらの傷を気にして手を抜くような事があれば、それこそ生涯のしこりとなったと思える。
 あの時ようやく、過去の自分の行動に向き合えた。何が誤りであったのか、本当の意味で理解した。
 
 望まれる立場を、信念を曲げずに貫く高潔さは、尊敬にも値する。跡部に抱く感情というものは、常に賞賛であり、憧憬で、恨む思いや厭う思いではないと、口にすべきなのかもしれないが、何処かでそれを差し止める声も聞こえていた。表面的に手塚が跡部に対して執着を見せる事はない。一方的なこだわりを持つ跡部が突っかかってくるのを、受け流すどころか気にも止めていないように見えるだろう。
 プライベートにおいて、親しい関係を保つようになってからも、その事を知る者は少ない。だから、手塚と跡部の間には因縁めいた関係しかないと、思う者が殆どである。
 跡部の方も、自分達を知る者の目がある場においては、親しい素振りを欠片程も見せる事はなかった。「色々面倒だろ・・・・」と苦笑めいた表情を浮かべる跡部からは、何処までが本音で何処までが作られた表情なのか、汲み取る事が難しい。
 
 
 空は晴れ渡り、青い空が頭上にある。
 真夏の青々とした空よりも、この冬場の幾分煙ったかのような蒼の空は、跡部の瞳を彷彿させる。
 
 見上げた空から、ふっと何かが舞い降りてきた。
 ちらちらと、快晴の中で舞う白い花びらのような薄い雪。
 
 
 
「―――雪、かよ。晴れてんのにな・・・・」
 
   頬を結晶が濡らしたのか、ぐいと手の甲で拭う跡部が呆れたように笑う。その顔は心配したような不機嫌さを抱いてはいなかった。
 
 
 
 ちらちら、ちらちらと、雪の欠片が落ちてくる。
 跡部の周囲にまとわりつくかのような、雪の粉。
 それは風に舞う花びらの如き光景。
 
 
 
 蒼の空に、風花、舞う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2006.03.05
 
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