ライム
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 跡部に誘われ邸宅へと訪問し、軽く打ち合いなどをした後に部屋へと誘われた。
 
 瀟洒たトレイに高級そうな茶器と洒落た菓子を載せた跡部家の使用人が現れ、そのまま給仕を続けようとしたのだが・・・・手を振った跡部がそれを差し止めた。
 後は自分でやるから良いという事らしい。正直、傅かれる立場というのは落ち着かないので有り難い。
 慣れた手つきで跡部がカップに湯を注ぎ、それを捨てる。
 無造作に見えて、誰にも真似の出来ぬような優雅な手つき。ティーポットに触れる指先一つすら、まるで映画の1シーンのように決まっている。コポコポと注がれる紅茶の香りは高く、飲み慣れた緑茶の茶の質にすら疎い手塚にも、恐らくは最高級の茶葉であろうと軽く知れる。
 
「こいつはミルクでもいけるが、どっちが良い?」
「さっぱりとした方が良い」
「了解」
 手塚の返事を聞いた跡部は、綺麗にスライスしてあるレモンの皿へ手を延ばした。
「?」
「どうした?」
「随分と青いな」
 まだ熟していないのだろうかと目線で問う手塚に、納得したかのようにふっと跡部の表情が和らぐ。
「これは、ライムだ」
「ライム?」
「レモンに似た果実だ。一般的でもないが、珍しいもんでもねぇ。ふ、ん、そうだな。ちょっと待ってろ」
「跡部?」
 何やら考え付いたかのように、跡部が部屋から出ていく。置いてきぼりとなった手塚としてはカップに注がれた紅茶に口をつけるべきか躊躇われた。
 さほど待つ事なく戻ってきた跡部の手には丸いトレイと二つのグラス。どうやら冷たい飲み物を用意してきたらしい。
「待たせたな」
「いや」
「この二つのグラス。一つがレモンを絞ったスカッシュで、一つがライムを絞ったスカッシュだ。飲み比べてみりゃ差もわかるぜ」
「そうか」
「どーしたよ?」
 頷いたきり、手を延ばそうとしない手塚を跡部が胡乱そうに見やる。
「――いや。こういう風にグラスを二つ並べられると、どうも嫌な記憶が呼び起こされてな」
「てめぇなぁ。あの胡散臭ぇデータ眼鏡と一緒にすんな。ちゃんとまともな材料使ってやったんだぜ?」
「跡部が作ってくれたのか」
「ああ」
「では有り難く頂戴しよう」
「ま、いーけどよ」
 
 手塚の答えに跡部は怒るでもなく苦笑を浮かべる。乾の危険飲料(すでに毒物の域まで達していると言っても過言ではないが)の話は、遠く氷帝にも知れ渡っているようで、ついつい警戒心を抱いてしまう手塚の事を、仕方ないとも思ってくれたようだ。
 手塚は利き手に近い方のグラスをまず取った。小さなグラスを掴みくいと飲み干すと、刺激ある炭酸と爽やかな酸味か舌と喉に残る。ついでもう一つのグラスの中身も飲み干した。当然、どちらの方にもおかしな作為など施されてはいなかった。
 
「―――なるほど」
「わかったか?」
「2杯目の方が香り高く酸味が強い」
「そっちがライムだ」
「甘く、香り高い。まるで、跡部のようだな」
はあ?
 
 手塚としては正直に思いついた言葉を口にしただけなのだが・・・・言われた跡部の方は、「一体何を抜かしていやがる?」とでも言わんばかりの表情を浮かべていた。日頃冗談を口にするような手塚でないので、余計にその発言の突飛さに驚いたのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、手塚が帰宅すると、母が調理するキッチン台の横にある果物籠に先程見知ったばかりの果実が盛られていた。

「―――ライムですか」
「お隣りから頂いたの」
「一つ、貰っても良いですか?」
「構わないわよ」
 母の許可を得た手塚は、籠から一つライムを取った。「それだけだと酸っぱいわよ?」との母の言葉に「心得ています」と頷き返し、自室へ向かう。
 着替えを済ませた手塚は、何とはなしに貰ってきたライムを手の中で転がしつつ観察していた。緑色の果実はつやつやと輝き、瑞々しい。ふと乾きを覚え、軽くシャツの袖口で表皮を拭い、カシリと齧りついた。
 
「・・・・・・・・・・・・」
 
 口内に広がるのはレモンに似た・・・・けれども何処か違う鮮烈な味わい。
 僅かに甘みを感じる皮と、酸味の強い果汁。
 
 それらを啜りながら脳裏に思い浮かべるは、薄く笑む跡部のあえやかな白き顔。
 
 
 
 
 
 
 2006.03.01
 
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