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時を刻む音色 |
お互いの家を――頻繁という程ではないけれど――行き来するようになってそれなりの月日が流れた頃。
今日、手塚の部屋で跡部が寛いでいる。部屋の主が相手を出来ぬ状況を、気にした風もなくベッドに寝転がり、適当に本棚から漁ったらしい本を読んでいた。
曰く、「てめぇの趣向が理解できる」という事だが・・・・ただでさえ鋭い観察眼に更に理解が深まるとなれば、この先面倒な事が増えるかもしれない・・とも考える。
最も、それが嫌だというわけでもないけれど。母程に、全てを見透かされるというのは流石に勘弁して欲しいとも思うが。
跡部と二人きりだと、さぞかし騒がしいだろうと言われた事があるが、それは的を外している。跡部の外面的な所のみしか見ていないから、そんな事を口にするのだろう。
二人きりでいる際に、跡部はそう饒舌な方ではない。出会い頭の「よぉ」という挨拶と、「じゃぁな」という別れの挨拶だけで会話が終わってしまった事もあった。
沈黙が気まずいというわけでもない。むしろ静かな空間が心地良い。跡部も同じく感じてくれていると良いのだが。もし退屈をさせているようであるのならば、この心地良い友人関係を円滑に継続させる為にも多少の努力はするつもりだ。
せめてクラッシックの音楽CDでも仕入れておくべきだろうか、との考えが浮かぶ。跡部は生まれからして、そちら方面を好むのではないだろうか。氷帝テニス部の顧問である榊監督も音楽教師であるし、恐らくCMでよく流れるようなポップス系よりそちら方面を好むのではないかと思えた。
「音寂しくはないか?」
「・・・・別に。何かかけてぇんなら、構わねぇぜ。お前が普段どんな曲を聞いてんのか興味が無いでもない」
「かけないな。静かな方が集中できる」
「ま、そうだろうな。大体集中しきっと、音なんか聞こえなくなんだろ?」
「そうかもしれない」
「こっちの事は気にしなくていい。適当に時間潰してる。それより課題の方を早く仕上げろよ。明日提出なんだろ?分かんねぇ所があるなら教えてやろうか?」
「今の所は大丈夫だ」
跡部の言葉に小さく礼を言い、再び机に向き直る。同年代で教えるのどうのはもどうかと思うかもしれないが、跡部は多方面に渡り博識で下手な辞書より引きでがある。全教科が得意科目であり、苦手な科目はひとつもないというのは深く頷ける事実であった。
カリカリと、ノートに書き込む音が響く。時折、パラリと背後で頁をめくる音が、跡部の存在を教えてくれた。
集中していると確かに時を忘れるようで、ふと傍らに感じた気配にはっとする。埋め尽くしたレポート用紙の枚数を見るに、それなりの時間が立っているのは間違いないようだが、意識の方はしっかり飛んでいた。
「どうかしたのか?」
流石に退屈したのだろうか、と申し訳なく思いながら首を巡らすと、跡部の顔に浮かんでいたのは不機嫌そうな表情ではなく寧ろ何か悪戯を思いついたかのような楽し気な笑みで。ああ、何か思いついたのだな、とつられるようにこちらも心楽しくなった。
「音が欲しい、つってたろ?丁度良い物があったのを思い出して、な」
「丁度良い?」
パチリと片目を瞑った跡部がポケットから取り出したのは小さな包み。
「ここに来る途中で買った」
簡素ながらきちんと包み込まれたそれは、誰かへの贈答品なのではないかと思えたが、気にする風もなく包装を破る跡部に追求は控える。カサカサと無造作に破られた包みから出てきたのは、手の平サイズの四角い機器。多少変わってはいるが、中央に座す振り子の形状からしてどうやらメトロノームであるのは間違いなさそうだ。
「それは?」
「携帯用に良いかと思ってな。値段も手頃だったし、監督への貢物」
「そのような馴れ合い的関係は好ましくないと思うが」
「冗談、真に受けんじゃねぇよ。世話になったセンセイ相手にプレゼントを贈るぐらい、よくある事だろ?金額の方だってそれなりだ」
「跡部の『それなり』という言葉をそのまま鵜呑みにできるのかどうか」
「ばーか。一般的の懐事情から離れてねぇ額だ。俺にだって周囲に比較対象がある。これでも『普通の中学生生活』って奴を満喫しているんだぜ?」
「そういう言動がすでに一線を画しているとは思うが・・・・。ところで、贈り物なのに開けてしまって良いのか?」
「あとで包み直すからいいんだよ。それよりどうだ?」
キリキリと螺子を巻き、平らな台の上に置いた小さなメトロノームからカチカチと音が鳴る。ゆらゆら揺れる振り子に合わせ、放たれるは規則的過ぎる音色であり、授業と授業の間に鳴らされるチャイムに似た格式ばった音である。
「・・・・・・・心安らぐ音というわけではないな。むしろ急かされるような気がするが」
「嫌いか?」
「この手の変化も無い音を敢えて好きだという者はそうは居ないと思う」
「俺様は好きだけどな」
「―――――跡部?」
「落ち着くんだよな。こういう周期的な音」
すっと伸ばされた跡部の白い手の先で、音が途絶える。大きな音では無かったというのに、室内がしんと静まり返ったように思えた。
「古い時計とかよ、秒針に合わせて音が鳴るだろ?アレを聞いてっと、安心して寝れる」
変わっているな、とからかう言葉は放てない。跡部の表情が、酷く優し気であったから。
「子守唄代わりだったみてーでさ、三つ子の魂百まで・・・って奴か?俺が生まれたばかりの頃、父も母も仕事が忙しすぎて付いていられなかったそうだ。勿論乳母はいたんだが・・・・母親から引き離されると大泣きして困らせたらしい。ま、んな昔の事言われても憶えてねぇけどよ。散々泣かれて困り果てた母が、何かないかとたまたま近くにあった時計を与えてみたら、嘘のように泣き止んだとさ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「以来、その時計があれば機嫌が良かったらしい。俺様もガキの頃は存外お手軽だったみたいだな」
くすくす笑う跡部は過去を懐かしんでいるようであり、哀し気でもなければ寂し気でもなかった。
けれども・・・・・・
「――――跡部」
「あ?――な、何だよ、お前・・・・」
手塚に引き寄せられた跡部は、予想外の状況に反応しそこね手塚の腕の中にすっぽりはまりこんだ。
慌てたように上ずる声には構わず、跡部の頭を抱え込むようにして抱き込む。
伝わるだろうか、と願いながら。
時を刻む音と
生を紡ぐ音と
その近しい音色が安心をもたらすのだという事を。
そして・・・・それは、温もりと共にあるべきだという事を・・・・跡部に教えたい。
腕の中の存在が、傷つけられる事なきように。
手塚は腕の力を強めた。
「おいっ!」と、苦情を訴える跡部の声を聞こえぬものと無視したままで。
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