背中
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 雑踏の中でも、ぴんと背筋を張ったその姿は一際目を惹き視線を捉えて離さない。
 何処までも同じような色彩の中で、そこだけが極彩色のように輝かしく見える。
 けして、彼が毒々しいまでの色彩を、その身に帯びているというわけではないのだけれど。
 
 傍らには常に影のように従っている人物の姿も無い。
 ただ一人、人の波の中を泳ぐように歩いている。他者を圧するオーラはなりを潜め、周囲に己を埋没させるかのようにその存在を抑えこんでいる。
 それでも。手塚の目は彼の姿を捉えた。そして、見失う事はない。
 真っ直ぐと伸ばされた揺るぎないその背を、見紛う筈もなかった。
 
 
「――――跡部」
 
 知らず呟いた言葉にゆるりと跡部が振り向いた。
 辿るように巡らされる視線。手塚の姿に気付くと、いつもの人を食ったような挑発的な笑みを口元に浮かべた。
 緩やかな変化。
 静かな、大人し気とすら言えるかもしれない表情が、手塚を認めた瞬間生気に輝く。それは、鮮やかなまでの変化で。今の跡部が雑踏に紛れる事はまずあり得ない。道行く人々が、こぞって思わず振りかえずにはいられない程に、生気に、光輝に、覇気に、才気にと満ち溢れている。
 
「よぉ、奇遇じゃねぇ?」
「ああ」
「呼んだろ?」
 
 聞こえたぜ、と薄く笑む口元に一瞬魅入る。そんな手塚に跡部がどうしたよ?とばかりに疑問の視線を向けてきた。さてどうしたのだろうな、と曖昧に濁す。自らも把握しきれぬ己の反応を、説明できる手塚ではなかった。
 
「・・・・・・跡部は姿勢が良いからな、こんな場でもよく目立つ。気づいたら、思わず声をかけていた」
「―――へぇ。ま、背中丸めて歩くような事はねぇよな」
 
 いつでも毅然と顔を上げ前を見続ける。実に跡部らしい。そう言葉をかけると、「てめーの方こそ定規みてーに背筋伸ばしてんじゃねぇかよ」と笑われた。祖父より幼い頃から厳しく躾けられた為、気の抜けた格好はできないのだと言うと、「国一爺さん厳しそうだしな・・」と跡部が楽し気に笑う。ドキリと一瞬、胸が跳ねた。
 近頃動悸の類が時々襲ってくる。一度、きちんと精密検査を受けた方が良いのかもしれない。
 
「今日はどうしたよ」
「検診の帰りだ」
「――検診、ね」
「心配するような事は無い。肩も肘も完治している。予後という事で、定期検診を義務づけられているだけだ」
「はっ!してねぇよ。・・・・・・確かにてめぇにゃ強要でもしねーと駄目だろうがな」
「そこまで聞き分けが悪いつもりはないんだが」
「前科持ちがよく言いやがる。―――油断、すんじゃねぇぜ?」
「十八番を取られたな」
「芸風変えりゃいいだろ」
「考えておこう」
「ふん。じゃ、な・・・・。せいぜい大事にすんだぜ?次は万全のテメーをこの俺様が叩きつぶすんだからよ」
「心に留めておく」
 
 手塚の かしこまった返答を聞くと、跡部は「ばーか」と言い放ち、晴れ渡った空のような輝かしい笑みを浮かべた。その眩しさに目を焼かれそうだと思うのは、恐らく手塚ばかりではないだろう。
 
 
 
 
「じゃ、な」
「ああ」
 
 跡部が背を向ける。
 迷い無くぴんと張った背が、揺らぐ事なく離れていく。
 
 その背引きとめたいと思うのは―――
 その腕を掴み引き戻したいと思うのは―――
 
 一体何に類した欲求なのだろうか。己の内に問いかけても何も見えてはこない。
 行動に移してみれば、答えは掴めるのだろうか。跡部はどんな答えをくれるだろうか。
 
 離れていく真っ直ぐな背を見据えながら・・・・その未来(さき)を想う。
 
 
 
 
 
 
 2006.03.03
 
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