東と西の空の下
有名税とでもいうか。跡部は良くも悪くも名と顔が知れている為、出待ちに近い校門待ち伏せ人が居るというの状況も少なくなかった。
氷帝学園は、通う生徒の生活レベルがそこそこ高いが為、誘拐などを未然に防ぐ為というのもあって、あからさまに怪しい風体の者は学校側が雇っているガードマンに排除される。場合によっては通報されて即警察のお世話だ。
それとは別に、跡部の場合は、芸能人でもないのにファンなど存在したりする。それらの類いは学内私設防衛隊により、無闇に近付く事はできない。それを通りぬけた人物が面会適うわけである。
「跡部――!美人の面会人が来てるぜ!」
「誰が来てるって?」
跡部の問いに宍戸は肩を竦めるだけだった。姿を見ただけで、話しかけたわけではないらしい。
「どれどれ・・・・・・お、ほんまや、べっぴんさんやなー。ちょぉ年はいっとるけど」
「誰かの親御さん、ですよね」
跡部の脇からぞろぞろと好奇心丸出しで覗きこむ輩は、言わずと知れた氷帝メンバー達。
「俺じゃねーぜ?」
「岳人のおふくろさんやったら、あないに落ち着いたタイプやないやろ」
「どーいう意味だよっ!」
「そら、息子見とればわかるっちゅうもんや」
「クソクソ侑士!だったら侑士の親は、無茶苦茶胡散臭いじゃん!」
「何やて!俺の何処が胡散臭いねん!」
「存在すべてだろーっ!!」
「・・・・・・・・・・・」
氷帝ダブルスが口論を始めるのを他所に、跡部は一人じっと考え込むように佇んでいる。
「跡部?心当たりあるの?」
「・・・・・・・・・・ある」
控え目に問う滝の言葉に、跡部はためらいがちにではあるがやれやれといった態で頷いた。
「彩菜さん、一体どうしたんですか?こんなところで・・・・」
「あら景ちゃん。早く会えて良かったわ。氷帝って広いのねー」
「・・・・・・ええ、まぁ、それなりに。それで、此処には何をしに・・・・?」
「もちろん景ちゃんを迎えに来たのよ」
「・・・・・・そうですか」
いやに丁寧な態度の跡部が大人しく連れていかれるのを見、氷帝メンバー達はざわついた。どうやら知り合いというのは見てとれたが、こちらに紹介も説明もなく、跡部はさっさと校門前に立っていた夫人と連れたって出て行ってしまった。
「誰だよ、あれ」
「景ちゃん、呼んでたで。随分親しそうやな」
「どっかで見た事ある気が、すんだけどよ」
「ですよね」
宍戸の呟きに鳳が同意して頷く。二人以外もまた、似たようなものであった。見覚えはないのだけれど、何処か記憶にひっかかる――そんな微妙な印象。そんな彼等に対し、答えを引き出してくれたのは、それまでうつらうつらと眠りの世界に落ちていたジローだった。
「・・・・手塚のーお母さんだよー」
「ジロー、何やて?」
「手塚ってあの青学の手塚かよ!」
「確か今は九州に治療に行ってるんですよね。・・・・・・大丈夫なのでしょうか」
「跡部は、手塚の家で家族ぐるみの付き合いだから、問題ないC〜」
「そない親しかったんか?!つくづく容赦ないやっちゃな」
自分達の預かり知らぬ所で、ライバル校の部長である手塚と等しい関係であったという事実よりも、それを踏まえてあの『頂上決戦』と呼ばれる戦いを繰り広げたのかと思えば、戦慄と共に、さすが跡部はテニスに関して容赦ない・・・・と、忍足に限らず感心と感嘆を抱く氷帝メンバー達だった。
「あの、それで用件は?今、手塚―――国光君は、家には居ないんですよね」
「あらあら。景ちゃんたら、そんなに国光に会いたいのね」
「いや、そういうわけでは―――」
にこやかな笑みを浮かべて詰め寄ってくる彩菜から、跡部はその迫力に押されたように僅かに身を引く。一体何故これほどまでに喜々とした表情を浮かべるのだろうかと思いつつ、彩菜の言葉を全面的に肯定する気にはなれない。
「おお、景吾君が着いたのか?うむ、壮健そうじゃな」
「元気そうで何よりだね」
「ありがとう、ございます。それで、今日は一体・・・・」
手塚の父である国晴と、祖父である国一と、総出で出迎えられて、一体何事だ?!と、思いはしたがそれを表には出さず、跡部は二人に微笑みを向ける。個々としては好意を抱いている相手なだけに、形ばかりでない笑みには真意がこもっており、相手にとってもますます好感を抱かせるものとなっていた。
「ごめんなさいね、いきなり連れてきてしまって。今日は、国光に会いに行って欲しいの」
「は?」
「ほら、明日は七夕でしょう?こんな大事な日に九州と東京で離れ離れなんて・・・・・・・・・・・・・・良くないわ」
「いや、良いも悪いも、国光君は肩と肘の治療に・・・・」
九州に出向いているのであって、それは仕方ない事ですし、第一手塚と自分が離れ離れであろうとそれが七夕であろうと何か問題がある筈もなく、さらには明日は七夕とはいえ、平日であるので跡部には学校があるのですが――――と訴えたいのであるが、その全てを制して圧する迫力が、彩菜にはあった。
「そうなのよ!だから、国光も気分が腐っていると思うの。景ちゃんの顔を見たら、きっと元気が出ると思うわ」
「別の所が元気になるかもしれんがの」
「まあ。お父様ったら」
「ははははは。お父さん、景吾君が驚いてますよ。国光君にそれぐらい甲斐性があると、いいんだけれどね。そんなわけで跡部君。これを国光君に渡してくれないかい?父からムスコへのプレゼントなんだ」
「いえその預けられましても――」
「わしからはコレじゃ。割れんように気をつけてな」
「いえですから、」
「私からは、はい、航空券。今から行けば夜には着くわね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
誰も人の話を聞こうという気にはならないのだろうか。さすがは手塚家の人々だった。そういえば手塚の奴も人の話聞かねぇよな、と跡部は思いだしていた。
航空券まで差し出されては、ここで逆らうわけにもいかなくなった。それに、実際の所、どの程度回復したか様子が気にならない事もない。手塚家の人々に代わり様子を見に行くか――、と否応無しの状態ではあるが、覚悟を決めた跡部だった。
「それじゃ、僕は景吾君を空港まで送っていくよ」
「今からですか?家に連絡を――」と、言いかけた跡部の言葉を彩菜が遮った。
「気にしなくて大丈夫よ。お話してあるから」
「・・・・・・・・・・・そうですか」
包囲網は完璧で、逆らうだけ労力の無駄使い。世にはままならぬ状況というものがあるようだった。
「――――何故、お前がここに」
「そりゃ俺が聞きてぇよ」
「怪我の事なら気にしなくていい」
「気にしてねぇよ。俺様がここに居る理由だったらな、てめーの家族に聞け。おら、彩菜さんからの手紙」
「母からの?」
一体何だろうと受 けとった手塚は中を見て、その文面というか内容に困惑する。
母からの手紙の内容は「貴方の織姫様を届けてあげるわ。短い逢瀬をお楽しみなさい」――とあった。
ああ、明日は七夕だったのか・・・・・・・・、とその時初めて暦に気付いた手塚である。ちなみに手紙の内容が意味するところへの理解は、脳が拒否しているのか、それ以上の考えが働かない。
「んで、こっちが国一じーさんから」
「お爺さまが・・・・」
一体何を?と不思議に思いつつ受け取るが、それはずしりと重みがあった。食糧か何かだろうか、と箱の中を確認すると、中にあったのは、ダースで収まったドリンク剤。
赤まむしハイパーEX
孫に一体何を求めているのですかお爺さま・・・・・・・・・・・と眩暈を感じる手塚の視界の隅を一枚のメモ紙が舞う。
「男を見せるのじゃ!」
だから一体何をー!?と、月に向かって叫びたくなる。
「最後が国晴さん」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
ぽんと手のひらに乗せられたのは小さな袋。嫌な予感を抱きつつ開いてみれば、それは――――。
「―――父からムスコへ。なるほどね。確かにムスコ用だな」
跡部は感心すらしてみせたが、生憎と手塚にはそのような余裕はない。
「・・・・・・・・・・・・あの人達は俺に何を求めているんだ」
「俺に聞くな」
呻くような手塚の問いに、跡部の答えは容赦ない。
「これをどうしろというんだ」
「風船でも作りゃいんじゃねぇ?水でも空気でも入れて膨らませてみろよ。形状はアレだが、用途は足すぜ?」
「こっちは1ダースもある」
「飲めよ。心づくしろ」
「効果で興奮したらどうしてくれるんだ」
別に跡部が悪いわけではないのだが、原因というか要因といえば手塚の家族であるのだが、目の前に居るのは運び人としてやってきた跡部だけなわけで。思わず恨みがましい視線を浮かべてしまう。そんな手塚に、跡部はすげなく言い切った。
「便所にこもれ」
「・・・・・・・・・・・・」
いっそ、協力させようかと思わなくもない手塚だった。それが、父や祖父――母の思惑通りに運ぶ事だったとしても。
[ date: 2006/07/12 ]
家族の肖像 (七夕編)