家族の肖像 1.手塚家編
「跡部くん」
「はい?」
優しく呼びかける声に、跡部は静かに寄っていった。
珍しくも謙虚な態度である。普段の傍若無人ぶりがすっかり形を潜めている。それは相手が目上の人物である故だ。跡部は年長者に対しては日頃が嘘のように礼節を保つのだ。
「この写真の国光見てどう思う?」
「・・・・・・・眠そう」
「じゃぁこっちは?」
「・・・・・・・腹、減ってそう」
「うふふ。それじゃこれは?」
「・・・・・・・珍しく機嫌よさそうですね」
「ぴんぽーん。全部正解っ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
にこやかな笑みのまま歓声を浮かべる彩菜に、跡部は何処か複雑そうな表情を向けていた。戸惑っている、というのが正しいかもしれない。
「彩菜さん、何をしとるんじゃね?」
そんな二人を遠目に見ていた手塚の祖父である国一が、不思議そうに寄ってきた。跡部に向けた彩菜手の中には、トランプよろしく国光の写真が数枚握られている。
ちなみにどれをとっても証明写真のような映りであり、手塚の無表情はここでも健在だ。―――というより、どの一枚をとっても代わり映えがしないというか、背景だけ切り分けて貼り付けた複写物のようにも見える。
「あら、お義父様。景ちゃんに国光の見分けを伝授しようと思っていたんですが、必要なかったようですわ。うふ」
「‥‥(景ちゃん)‥‥」
「見分け方‥‥かい?」
「ふふふ。国光ちょっと表情変化に乏しいから」
「‥‥‥ちょっと、なのかい」
「‥‥・・彩菜さんがそう言うのならばそうなのじゃろうな」
ふふふと微笑む彩菜と対照的に、納得し切れない表情の大人が二人。手塚の父である国晴と、祖父国一である。そんな三人を順繰りに見回した跡部は、ついつい口を滑らしてしまった。後に考えれば、失言としか取れない一言を。
「―――手塚は‥‥‥失礼、国光君は結構わかりやすいですよ」
「でしょ?」
「ええ」
問われて素直に頷く跡部景吾。これは珍しい光景だろう。が、普段の跡部を知らぬ手塚家の人々からすれば、素直な反応が可愛らしくも見え、好印象を倍化させていた。ここで、何となくペースに呑まれている跡部はともかく、手塚の方は妙に和気藹々とした光景に頭痛を覚えていたけれど。
「‥‥‥母さん‥‥‥跡部・・・・」
が、そんな手塚の様子に気づかぬのか、もしくは気づいていて敢えて娯楽と切り替えたのか、跡部は手塚の方を振向こうともせずに彩菜に調子を合わせる。
「―――しょっちゅう不機嫌になりますし、逆に浮かれる事も少なくないし、あ、それと頻繁に落ち込んでますね」
「あらあら。少しはポーカーフェィスを身につけなきゃだめよ?国光」
「‥・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
いやそれ以上無表情になってどうするんですか・・?とは、祖父と父の心の声。ちなみに息子はそんなに分かり易くはありません、と心の中でだけ反論中。跡部の方は、まぁ解り易いっちゃ解り易いか?と、納得中。三者三様の受け取り方である。
「それにしても景ちゃんはさすがだわっ!可愛くて綺麗で優しくて…うふふ。理想のお嫁さんね♪」
「―――は?」
「母さん。跡部は男なのですが」
「えっ?国光君と景吾はそういう関係だったのかい?お父さんはショックだな〜。国光君には、可愛い可愛いお嫁さんを夢見ていたのに・・・・」
「あらあなた。景ちゃんぐらい可愛いお嫁さんなんてそうそういませんわよ?」
「――それはそうかもしれないね。うん。今でもこんなに美人さんなんだし、さぞかし綺麗だろうなぁ、景吾君のウェディング姿は」
「何ぃ!手塚家の婚姻といえば白無垢と決まっておる!」
「あら。でも景ちゃんなら洋装の方が似合うと思いますわ」
「いいや。ワシが婆さまと婚姻した時の衣装ならば素晴らしく似合う筈じゃ!まさに三国一の花嫁になる!」
「まぁ。それも素敵ですわね〜」
「いやぁ楽しみだなぁ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
息子とその友人を他所に家族三人が盛り上がっている。口を挟む事すらすでに放棄した手塚はずずと茶を飲む。
「・・・・・おい、手塚」
「何だ?」
「この状況は何だ?俺様は夢を見ているのか?それとも今日は4月1日か?」
「頭がしっかりしないのならば水で顔でも洗ってくると良いだろう。ちなみに今日は10月7日だ。俺の誕生日を祝いに来てくれたのだろう?」
「わぁってるよ!そりゃ!目の前の光景から逃避したくなっただけだよっ!それと、俺様が此処に来たのは、たまたま近くを通りかかった際に思い出しただけだ」
「まぁ、そういう事にしておいてもかまわない」
「構わないじゃなくてそうなんだよっ!」
「ちなみにうちでは母の発言が一番重きに置かれる。あの中に入って軌道修正するのは至難の業だ。事態は理解する事から解決の道が開けると言うし、諦めるのが一番だが」
「てめぇが言うなっ!てめぇがっ!!」
怒鳴る跡部を手塚はしれっと受け流す。
手塚家へと訪問した(本当に思いつきで手塚の誕生日祝いに来てみただけなのだが)跡部は、そのまま引き止められるままに夕食を御馳走となり、現在に至る。手塚宅を訪れたのはこの日が初めてであるのだが、手塚の祖父も父も母も「初めて息子(孫)が大切な人(男なのだが)を連れてきた!」と盛り上がりに盛り上がってくれた。跡部が呆気に取られる程の熱狂ぶりで。「てめぇ、友人居ないのか?」と、跡部が思わず聞いてしまった際には、渋面と黙殺で返されたが。
「・・・・・・・・・・・・世間一般の家庭というものはこういうものなのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
カルチャーショックを受ける景吾お坊っちゃまであったのだが、哀しいかなここには突っ込みも茶々も訂正も入れてくれる人物は存在しないのであった。
[ 改稿 : 2006/01/09 ]
[ dade: 2005/09/25 ]