BLUE RAIN   -01-
 
 
 
 郷愁を感じる色がある。
 田舎育ちというわけでもなく、抜けるような青い空を抱いて育ったわけでもない。
 物心ついた折りより四角いコートの中で黄色いボールを追う。勝者を告げるコールの後に見上げた空はいつも驚く程に真っ青だと記憶している。
 そんな筈などないのだけれど――空気がまとわりつくような曇天の下で試合をした事もあるし、ばらつく雨の下でもある。けれども思いだすのはコートと黄色と青い空。 まるで刷り込みであるかのようだった。
 
 中学へ進学するにあたり、その道を確定させたのはテニスだ。
 青春学園という学び舎を選び当然のごとくテニス三昧な日々を送ると思っていた。その心に一つの事件が影を刺す。部を続ける事を選びはしたものの、わだかまりは心の奥底に密かに息づいている。
 テニスは好きだ。だが・・・・・・・・・・
 そうして葛藤を振り切るかのように、夜半、トレーニングがてら公園にまで走るのが日課となった。何も考えずに走りこむ事が一つの安定剤となっている。
 
 
「子供が夜遊びしてんじゃねぇぜぇ〜」
「うるせぇっ!酔っ払いが構うんじゃねぇっ!」
「んだとぉ?このクソ餓鬼が!ちっと小綺麗な面をしてるからって調子に乗りやがって!」
「関係ねぇだろ。――臭ぇんだよ!てめぇっ!!」
 争っているのは一人の少年と一人の大人のようだった。
 自分も大概だが彼の物言い はそれを上まる。あのような憎々し気な口調では相手の神経をさかなでるだけだろう。ましてやどうも相手は酒気を帯びているようである。理性を求められるような状態ではあるまい。
「いてぇなっ!離せよっ!このヘンタイがっ!!」
「礼儀ってモンを教えてやらぁ!」
「はっ、てめぇなんざに礼儀のれの字もわかるもんかよ。とっとと失せろば〜かっ」
「んだとぉ!?」
 まずい。どこまでも相手を煽る少年の口調はいっそ小気味良い程であったがこの場合は非常にまずい。止め入るか、と走りだす前にバシリて重い音が耳に届いた。
「――てぇなっ!」
「くそ可愛げのねぇ餓鬼だ。泣いて謝りゃまだ加減もしてやれたのによ」
「思ってもねーこと抜かすんじゃねーっ!クズがっ!」
「このガキィっ!」
 殴り飛ばされ地に転がりながらも少年の悪態はとどまる所を知らない。
 片手で吹き飛んで当然の体格差。遠目にも華奢な少女とも見てとれるような体格の少年が敵うはずもないというのに。自分とて多少の武術は囓っているものの正面きって向かうのはどうかと思う。小年期特有の負けん気からかもしれないが無謀にも程がある。
 場を治める方法と手段を幾つか思い浮かべ、その中でも無難でかつ穏健そうな方法を選んだ。
 口許に指を当て、ピィと指鳴りを鳴らす。
「お回り さん、こっちです!」
 わざと大きな声を上げて叫ぶと今にも少年を蹴り上げよいとしていた男は慌てて逃げ出した。 どうやらわずかなりとも理性が残っていたらしい。それとも保身の心は本能に付随するのか。
「大丈夫か?」
「ああ?」
 男の逃げた方を確認しながら少年に近付き声をかける。平坦で感情がこもっていないと日頃友人に注意されているので労りに留意して声をかけたのだが――――
 
 睨まれた。
 まだまだ精進が必要なのだろうか。
 
 こちらを見上げ、半眼気味に睨みあげてくるのは月明かりを受けた白い顔。驚く程に整った人形めいた造り。だが視線の鋭さが大人しさを微塵も感じさせない苛烈さを放っている。優美な、まだ柔らかなカーブを描く頬は月明りの下でもわかる程に晴れている。
 翌日ひどくなるだろうな、と少しかわいそうに思う。こんな綺麗な顔が腫れ上がるのはさぞかし痛々しい光景に違いない。
「っつまで眺めてんだよ」
「?」
「手ぇ貸せ、オラ」
「あ、ああ、すまない」
 どうやらこの綺麗な少年は大層口が悪いらしい。反射的に謝罪の言葉を口にしてこれだから日本人は謝りすぎると言われるのだろうか、などと思った。
 視線に促されるままに手を差し出すとぐいと掴まれる。足を踏み止どまらせ、よろめくのを辛うじて堪えると少年は反動を用い立ち上がった。
 すらりと優美な猫のような所作である。立ち上がれば用無しとばかりにぱっと手が離される素っ気なさもまた猫っぽい。
 自分も体温が高い方ではないが手の平に残った感触はさらにひやりとした涼やかなものだった。
 その類い稀な容姿と重なりヒトではないと思わせるような――いや、殴られた頬に手を当て顔をしかめる様は十分人間らしいか。
「――こっちへ」
「んだよ」
 怪訝気な少年の腕を引き水場の方へと向かう。
 戸惑いの表情を浮かべる少年はそのままに、ハンカチを水で湿らせた。
「これを。冷やした方が良い」
「お節介だな、てめぇ」
「あまりそう言われた事はないが」
「そーかよ。まあ受け取ってやる」
「それは有り難い」
「・・・・・・てめぇ」
「?」
「いや、何でもねぇ。一応礼、言っとく」
「そうか」
 礼を言われているとも思えなかったが、これが彼なりの礼の表し方なのかと思いそのまま受け入れた。高飛車な物言いだが彼にはそれが何故だか相応しいように思えてくる。この短時間で彼に慣れたという事だろうか。自分は結構順応性が高かったらしい。
「警官、来ねぇじゃねぇか」
「あれは嘘だ」
「だろーな」
「だが事情聴取はした方が良い」
「はあ?」
「行こうか」
「って待てよてめぇ!離せこら!引っ張るんじゃねぇっ!」
「夜半にそんな大声を出さない方が良い」
「てめぇが出させているんだっ!てめぇがっ!」
 
 暴れる体を引っ張りながら、抵抗を無視して突き進む。自ら他人に関わろうなんてこれが初めてかもしれないな――などと手塚はこの時考えていた。
 
 
 
2005.09.30
塚跡捏造出会い編
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