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01.転入生 季節外れの転入生は、同年代とは思えぬ落ち着きと静寂をその身にまとっていた。 端麗な容姿は女子の注目を集め、男子生徒からは嫉妬と、そして同程度の羨望の視線が向けられた。 教師の紹介に伏せていた視線を上げ、見渡す視線は感情のこもらぬ無機質なものであったものの、その日本人にはない澄んだ蒼の双眸に、クラスメイト達は息を飲む。 普段騒がしい教室内が、華やかな風貌の転入生に色めき立つ生徒達が、揃って硬直し、黙り込んだ。呼吸すら止めていた者もいたかもしれない。 呪縛を解き放ったのは、教師が白いチョークで書き込む黒板の音。カツカツと、聞きなれた音にふっと息を吐く。鋭角的な文字で黒板に記された名は、跡部景吾とあった。 大人びた雰囲気と、友好的とは言い難い態度に転入生は孤立していた。 誰かが喧嘩を売るわけではない。逆でもない。あからさまな無視をしているわけではない。そういう面ではむしろ、クラスメイト達は皆彼の事を終始気にかけていたと言える。 必要最低限の言葉しか発せず、他人と関わりをもとうとしない転入生を、いつしか皆遠巻きにするようになったという事だ。 容姿だけではなく頭も良いらしく、授業に集中などしていないように見えるのに、質問を当てられれば即座に答えた。定期的テストだけでなく、抜き打ちテストにおいても常に上位を保っていた。休み時間や放課後などは、図書館で過ごしているのを見かける。時に音楽室を借り、ピアノなども奏でているようだった。 少しばかりの微笑を浮かべるだけで、大層な人気者になれるであろうに、彼は全くといって良い程に他人との接触を拒んだ。それでも彼は嫌われるという事はなく、勿論苛めなどの対象になるでもなく、いつしか孤高の存在として受け入れられていった。 彼はどんな場にもひっそりと馴染んだ。その存在を主張する事なく、ただ静かに佇む事によって。誰も関わりはしない。 必要外に話しかける事はない。彼はいつでもただ一人だけで在った。 [ 2006/10/25 ] 02.テニス 「その後、転入生の様子はどうなの?」 「跡部の事か」 「そう。氷のお姫様」 「・・・・・・何だ、その呼称は」 不二の言葉に手塚は眉を潜めた。 「知らないの?美人で気位が高そうで、箸も持てなさそうなお姫様だってさ」 「随分な言われ様だな。そんなにか弱い存在とも思えないが」 「体育とか見学しているんでしょ?」 「ああ。だがそれは、怪我が癒えていないという話だ。診断書も提出してあるようだ。少し前に命に関わるような大怪我をして――入院していたとか。それで1年フイにしたという話だ」 「へぇ。手塚が噂話を口にするなんてね」 「黙っていても耳に入ってくるんだ。跡部は目立つからな」 「目立つような行動はしていないみたいだけど?」 「存在自体がそうなのだろう。・・・・アレは、眠れる獅子だ」 「ふぅん。手塚がそこまで言うなんてね。誘ってみたら?」 「怪我人だろう」 部の方へ引き込んでみればという不二に、手塚は首を横に振った。手塚もそれを考えなかったわけでもない。跡部の流れるような歩き方、隙の無い所作からいって、かなりの運動能力を有しているように見える。 以前に、野球部のボールがガラスを割った時、ちょうどその場に居合わせた跡部は危うく大惨事に巻き込まれる所だった。けれども、悲鳴と散乱するガラスの破片の中で、跡部はかすり傷ひとつ負う事もなく、静かに立っていた。偶然などで済まされる話ではない。 あれは、避けたのだ。その日から、手塚は跡部という存在を今まで以上に注意して気にするようになった。 いや。本当の理由は他にある。だが、それを不二に話すつもりは現在のところない。この先も多分ないだろう。 手塚にとって、今年が最後のチャンスだった。中学入学以来、悲願となっている全国大会制覇の夢がかかっている。 今のメンバー達も強い。だが、今一歩の決め手に欠けていた。 「まぁ、いきなり素人を引き込んでも無茶といえば無茶か」 「いや。多分跡部は・・・・経験者だ」 「そうなの?」 「勘だが。時折、コートを見ているのを見かける。近寄ってくる事はないが」 「なるほどね。少なからぬ興味はあるのかな。だったらマネージャーとかに誘ってみたらどう?体を動かす方は駄目でも、乾みたいに頭脳面で役立ってくれるかもしれないし」 「・・・・・・そうだな」 「それに、あれほどの美人がベンチにいれば、皆張り切ると思うし。特に桃とかがね」 「・・・・・・跡部は男だろうが」 くすくす笑いながら放つ不二の質が悪いとしかいえぬ冗談に、手塚は頭が重くなったような気がした。 不二の言葉をそのまま飲んだわけではないけれど、手塚はその後跡部にテニス部へ入らないかと誘いをかけてみた。しかしながら、その結果は思わしくなく、逡巡の間すらない即答で、「否」の一言のみだった。 [ 2006/10/25 ] 03.身代わり 「気づいていたのならば、何故止めなかった?!」 「最初から気づいていたわけじゃねぇ。ガスに包まれて、合点がいっただけだ。即効性のガスだぜ?僅かでも吸い込んじまったら、体の自由が効かなくなるんだ」 「手塚。跡部を責めても仕方がないよ。それは奴当たりじゃないか?」 「・・・・・すまない、跡部」 「別に気にしちゃいねぇさ。こんな状況に放り込まれて、平然としている方がおかしいだろ」 「そういう君は全く慌てていないように見えるけど」 「そりゃ2度目ともなればな」 「2度目?そ、それはどういう・・」 「おいおい。男に迫られる趣味はねぇんだ。離せよ」 「す、すまない」 「大石、少し落ち着こう。跡部も、もう少し詳しく話してくれないか?」 「別に詳しくも何もねぇさ。俺は1度プログラムを経験している。ただそれだけのことだ」 「ちょっと待ってよ。1度プログラムに参加したら2度目はないんじゃないの?」 「そうじゃないから俺がここにいるんだろ?といっても、俺の場合はレア中のレアケースだが」 「それは、どういう?」 「・・・・・・俺が、入院前に通っていた学校は【氷帝学園】だ」 「氷帝だって?今年は何故か大会にエントリーしなかったな」 「ああ、強豪校なのに」 「できなかったんだよ」 「どういう意味だ?」 「主力メンバーが全て死んじまったからな。大会どころじゃねぇんだよ。廃部みてぇなもんだ」 「つまり、氷帝がプログラム対象に選ばれていた・・・・?」 「正解だが、少し足りない。――表向きには氷帝はプログラムに参加した事になっていねぇ。本来、選ばれたのは【氷帝】じゃなかった。ありえねぇプログラムミスによって、【氷帝】が指名されたんだよ。実際に選ばれる筈だった学校じゃなくてな」 「そんな、事が・・・」 「あって良い事じゃねぇ。政府の奴等は手違いを認めねぇ。プログラムの途中でミスに気づいたが、中止にはしなかった。そのまま最後まで決行した。だが、手違いが表沙汰になるのは聞こえが悪いってんで、記録事態も抹消されている。無駄なデータなんだとよ」 「―――跡部は・・・・・それに、参加していたのか・・・・?」 「まぁな。プログラムが終わり、生き残りは一人だけ。他は全員死んだ。その死はただの手違いで、何の意味もねぇ。無駄死にだ。おかげで総統の在り難い証書とやらも貰ってねぇぜ。ま、んな糞の役にも立たねぇもんなんざ、いらねぇけどな」 「本来、選ばれる筈だった学校は知っているのか?」 「知ってるぜ」 「それは?」 「青春学園中等部。・・・・てめぇらだよ」 「なっ!?」 「―――まわりまわって再セレクトされたってぇわけか。あれか?因果は巡るってぇ奴か?はっ、今回は無駄じゃねぇってわけだな」 くくと跡部が喉で笑う。この場で笑う事が出来る跡部に、奇異と恐れの混じった視線が向けられた。 そんな中でただ一人、静かに跡部を見つめる者が居た。恐れもなく跡部に近づき、誰もが躊躇うであろう一言を言い切れるのは、手塚ぐらいであっただろう。 「―――跡部・・・お前は、俺達を憎んでいるのか・・?」 「別に憎んじゃいねぇさ。俺様自身のラッキーぶりにゃ笑うしかないがな。早いか遅いかだけの違いだろ。ま、本当はあいつらは死ぬ必要なんてなかったわけだが・・・・それも今更だ」 ふいと視線を横に逸らす跡部は、手塚の追及を避けての事ではあるまい。その整った横顔は、楽し気と言って良い表情で・・・・嘲りでも自嘲でも挑発でもなく、本気で笑んでいるように見えた。 何故ここで笑えるのか手塚達には理解できない。慄然とした表情で、他人事のように笑う跡部の顔をただ見つめる事しかできなかった。 [ 2006/10/25 ] 04.生存者 「参加したのか?」 「生き延びている理由がほかにあるか?」 「・・・・・・・・」 冷たい視線で見据えられ。誰かの喉がゴクリと鳴った。 荒事など到底関わりあるように見えないこの人物の手が、大量の血に塗れている事を、今更ながらに再確認したのだ。それは、未だ現実味の持てないこのプログラムの事が、嘘や冗談ではないと突き付けられたようなものであった。 「何故そんな事ができるんだっ?!」 非難の声をあげたのは青褪めるのを通り越し、顔を白くさせた大石だった。握り締めた拳の血管が浮いている。 「仲間だったんじゃないのか?殺しあいなんてっ!」 「――いや氷帝学園といえば徹底的な実力主義だった――筈だ。そもそも仲間という概念がないのもしれない」 争う事が日常的で、友情など育める環境ではないのかもしれないとの意見に、何度か試合会場で擦れ違った事のある氷帝学園の生徒達を思い出し、皆納得できる部位がないでもなかった。 そんな中、不二は一人跡部から反応を引き出そうとしていた。 「・・・・否定、しないんだね」 「何を?」 探るような不二の視線にも表情は全く揺れない。 好き勝手論じられているのは自分の事だというのに、関心を欠片も示さない。 それは皆の意見が真実であると肯定しているかのようにも取れる。そうとしか見えない。事実、何人かは確かにそう思っていた。 「・・・・・早合点はしない方が良い」 見る間に警戒心が高まってい行く彼らを諫めたのは、こんな時にも何処までも落ちついている手塚の声だった。 「否定しないからといって、真実とは言えない。跡部はただ話すつもりがないだけだろう。俺達を信じていないから、だろうな」 「・・・・・・・・ま、信じる相手とは思えねぇな」 は、と跡部は手塚の言葉に、嘲るような笑みを浮かべて見せた。 [ 2006/10/25 ] 05.殺人者 「宍戸?」 軽い驚愕に目を見張る跡部に、宍戸は静かな瞳を向けていた。 穏やかでありながら、何かを諦めたような、捨て去ったかのような、宍戸らしくない目だった。 「・・・・跡部、てめーは強い。誰もがそう言うよな。お前なら大丈夫だって。けどよ、平気なわけがねぇ。・・・・それでも、てめーは倒れることが出来ねーだろ?一人で泣くことすらできねぇ。だから、俺が・・・・殺してやるよ」 へらりと気の抜けた、やるきのない表情はいつもの忍足だった。 その手を肘まで染めた鮮血が無ければ、こんな場に誰より似合わぬ筈の奴だった。 「・・・・てめぇ」 「いややなー面倒は好かんねん。痛いのも嫌いやし、熱血なんかまっぴらやで。けどなぁ、今だけ――本気、出さして貰うわ。しゃぁないやん。跡部楽にできんの、俺だけやし。ええよ、恨んで。跡部は、綺麗なままで・・・・逝き」 「俺さ、跡部の事、好きだぜっ!本当のとこ、侑士より好きなんじゃねぇかと思う。怒鳴られても、馬鹿にされても、すっげぇ好き」 「・・・・・・向日」 「たーのしかったよなぁ。馬鹿やってさ。毎日きらきらしてて。飛んだり跳ねたり」 「・・・・・・そりゃてめーだけだ」 「へへっ。俺、間違って生き残っちまっても、一人じゃ嫌だ。皆がいねーのに、一人だけなんて嫌だ。跡部もそだろ?また、皆で一緒に遊ぼーぜっ!こんなとこ、さっさとおさらばしてさっ!」 「意外、かな?」 「・・・・・萩乃介」 「俺さ、こんな所で死ぬわけにはいかないんだよね。監督にしか話していないんだけど、母さんの手術が近いんだ。命に関わるような大きな手術でさ。心配させられないし、絶対に帰らなければならないんだよねー」 「・・・・・助かるといいな」 「ありがと。跡部って誤解されがちだけど、本当はこうなのにね。ま、俺達の特権だったけどさ」 「・・・・・・・・・・・」 「うん。本当はさ、母さんとか、そういうのはもういいんだ。そうじゃなくて・・・・・跡部一人残していくのは心配だから、連れて行こうかな、って」 「あっとべーっ!」 「・・・・・元気だな」 「ん〜あとべは何か疲れてるC〜」 「・・・・そりゃ、そうだろ」 「しんどい?けーご」 「・・・・・・・・その呼び方、随分久しぶりな気がするな」 「もう俺達しかいないC〜。けーご、辛い?休みたい?」 「・・・・・・・・・そうかもな」 「んじゃ、一緒に寝よっ!時間まで、起きなきゃいーC〜」 「・・・・・・ジロー・・・・」 誰も。 自分の為に、自分が生き残る為に戦った奴は――― 居なかった。 ただ、跡部の為だけに―――――― [ 2006/10/25 ] 06.ただ、それだけ 「――肩をやったのか?」 人目を避けて木陰で休んでいた手塚の背後から、跡部が声をかけてきた。跡部の目をごまかせるとは到底思えないので、手塚は肩を抑えたまま振り向いた。 「跡部か。悪いが皆には黙っていてくれ。不安にさせてしまう」 こんな状況となり、皆が今まで以上に手塚の事を頼りにしていた。けして崩れぬ手塚という存在が、一縷の望みであるかのように、精神的な支えとなっていたのだ。それは、ぎりぎりの境界線上の事であるのかもしれないけれど。 精神的に変調をきたしつつある者も数名居た。ほんの僅かなきっかけひとつで、狂気に走りかねない危うさがある。だからこそ、手塚は自分の傷ついた様を仲間達に見せるわけにはいかなかった。親友である大石でさえも、今は僅かに距離を置いている。心優しい大石の事、手塚を気遣わずにはいられないだろう。だが、今はそうして貰うわけにはいかなかった。 「俺様に弱みさらけ出すなんざ呑気なもんだ。寝首かかれても知らねぇぜ?」 「跡部ならば大丈夫だ」 手塚は迷わぬ瞳できっぱりと言い切った。 何故だかわからないが、手塚は跡部の事を信用できる奴だと思っていた。それは、最初に出会った頃から変わらない。最初といえば、それは青春学園に転入してからの跡部ではなく、かつて氷帝学園に在籍していた当時、見かけた程度の事がそれにあたるのかもしれない。だが、その時の印象も、青春学園の生徒となってから、誰とも関わらず過ごしてきた跡部を見てきた期間も、こうして共に生死を分かち合う状況となった今も、跡部に対する心証は変わらない。 跡部の告白は衝撃的だった。ほんの身近に居た人物が、人を殺した事があると告白したのだ。衝撃を受けぬ方がおかしい。だがそれでも――跡部を怖いと感じた事はないし、彼が狂っているとも思えない。跡部は常に正気に見える。倫理観が自分達と違うと断じる者も居たが・・・・手塚にはそうとは思えなかった。 恐らく、跡部はここで最も信頼できる人物なのではないだろうか。根拠となるべきものは、何にもないのだけれど。 「は、青学の手塚と言やあ音に聞こえたもんだが、ここまで楽観主義だったとはなぁ。長生き、出来ねぇぜ?」 「このプログラムを生き抜くことができなければ確かに長生きとはいえないな」 「・・・・ふん」 「だが跡部と二人になれて良かった」 「ああん?」 何言ってやがる?とでもいうような表情を浮かべる跡部に、苦笑が沸きそうになった。 どこが違うのだろうと思う。跡部は自分達と何にも変わらない。悲惨な経験を経ても、折れ曲がる事なくここに居るではないか。 「お前に、聞きたかったんだ。皆の居ない所で」 「秘密のお話ってね」 「跡部は生き残りだ。だから、ここにいる。だが本当に参加したのか?」 「どういう意味だ」 手塚の己に問うような言葉に、跡部は剣呑な視線を向けてきた。それは、跡部が初めて見せた【本当の感情】なるものであったかもしれない。 「以前に一度だけ、跡部が氷帝の選手に囲まれているところを見たことがある。・・・・楽しそうに笑っていた。じゃれあって、信頼しあって・・・・羨ましく、思ったんだ」 「――で?」 「それだけなんだがな」 本当にそれだけだった。ただ見かけただけ。日常の1シーンのひとつ。だがその光景が、今もなお忘れられない。 「・・・・なぁ手塚よぉ。日常なんてな、あっさり崩れ去っちまうもんなんだぜ?甘い考えは捨て去てれよな。友情ごっこに殉じて死んじまうつもりなら、話は別だが。そうだな。てめぇの買い被りに免じて、教えてやるよ。お前が見た奴等を殺したのは俺様だ。全員、な。ついでに言うなら向こうから襲いかかってきた。俺様を殺すために本気でだ。これも全員、だったぜ」 「・・・・・・本気で、か」 「ああ。――満足したかよ」 「取りあえずは、な」 揶揄るような視線に、小さく頷く。跡部が嘘を言っているとは思わない。それは確かに事実なのだろう。 だが――― その裏に、跡部の語らぬ真実があるのだと、手塚は確信を抱いた。 [ 2006/10/26 ] 07.逃亡 「―――逃げ出すって?ふふん、部長がコレなら部員もめでたい奴等だぜ」 「何だとっ!」 嘲りを隠さぬ跡部の嘲笑に、跡部に掴みかかろうとした後輩の腕を手塚が止めた。 「部長っ!こんな奴に言いたい放題させるなんてっ!」 「跡部が言っている事はひとつの事実だ」 「ですが・・・・っ!」 静かに言い諭す手塚だが、手塚を抜かす者達は殆どが希望の兆しを跡部に水を差された事で、やり場の無い怒りを跡部へと向けかねぬ雰囲気だった。こんな場でなければ、これほどに追い詰められていなければ、もっと冷静にもなれたのだろうが・・満身創痍といった者や、親しい友を喪ったばかりの者達には、道理とても今は言い聞かせられるものではない。 「跡部、お前の目から見てこの計画はそれほどまでに無謀なのか?」 「無謀なんてもんじゃねぇ」 「できればどのあたりか指摘して欲しい」 「甘ったれてやがるな」 「可愛い弟の願いだとでも思ってくれ」 「可愛かねぇよ。面見て出直してきやがれ」 滅多にないであろう手塚のジョークに、皆が呆気に取られたような顔になる。それは一種のガス抜きになったようだ。先ほどまで張りつめていた空気が、幾分和らいでいる。代わりといって良いのか、跡部は秀麗な顔を、これでもかとばかりに嫌そうに顰めてはいたけれど。 「・・・・・・ま、多少の縁はあった関係だ。話してやるから大人しく聞いてろよ、坊や達」 跡部の言葉に再び険悪なムードになりかけた。実際、跡部はここに居る誰より1歳ばかり上だ。だからといって坊や扱いを享受できるような者は、この場には居らず、射殺すかの如く跡部を睨みつけている者も居た。 「ここは周囲を海で囲まれた島だ。外へ出る手段は船ぐらいしかねぇ」 「だが、俺達を監視している者達が居る。その船を奪えば・・・・」 「んな安易にいくかよ。考えてもみろ。相手はプロだぜ?しかも充分な武器を持った兵隊だ。そして警戒を怠ってはいない。今までにそうやって逃げ出そうとした奴が居なかったと思うか?そして、そいつらはどうなったと思う?」 「やり方次第じゃねーか。俺達は、絶対に逃げて――生き延びるんだっ!」 「・・・・がむしゃらに突っ込んでいってもな、無茶が通るような話じゃねぇんだよ。ひとつ、頭を冷やす材料を与えてやるよ。この忌々しい糞だせぇ首輪だが、」 喉元に嵌められた首輪を指で弄びながら、跡部は皆によくわかるようにそこに視線を向けさせた。 「こいつは、俺達の生命線――対象者の生存を確認する他、爆弾がしこまれているのは知っているだろうが・・それだけじゃねぇんだよ。こいつにゃ、俺達の会話をそっくり拾い出す機能も埋め込まれている」 「何、だって・・・・?」 「筒抜けなんだよ。脱走の計画なんざ、向こうは全て把握済みってわけだ。それでもてめぇらが爆発もせずに生かされてるってぇ事は、実現の見込みなし、と見限ったんだろうな。よかったな、僅かとはいえ命拾いしたんだぜ?」 頑是無い幼子を見るような目つきを跡部に向けられても、もう誰も反発心を示す事はできなかった。 [ 2006/10/26 ] 08.羨望 「――全て筒抜け、か。ならば、余程慎重に事を運ばなければうまくはいかないだろう」 しんと静まり返った場に手塚の小さな呟きが不思議な程によく通る。 「・・・・手塚」 名を呼んだのは大石だっただろうか。その顔には安堵したかのような喜びがあった。 絶望の中に一筋の光を見出だしたかのような・・・・それは望ましい希望なのだろうか。 (美しい光景だよな。――は、感涙もんだぜ) 跡部は一人褪めた表情で手塚を中心に息を吹き返したかのような青学の面々の顔を見渡した。 (だがな、手塚よ、絶望の先には絶望しかねぇんだよ) その言葉が喉元まで出かかる程に、跡部の絶望感は深かった。 「この後に及んでもまだ諦めないって?」 「諦めてしまえばそこで終わってしまうだろう?」 「――――」 理屈上はな、と言葉で否定する事は簡単だった。けれども跡部は沈黙を守る。 何処までも真っ直ぐで、澄んだ目が跡部を見ている。硝煙のカスが付いたレンズの向こう側には迷いもあるだろう。それでも彼の肩には仲間逹の命と信頼がのしかかっているのだ。その壊れた肩の上に。 (ああ、立派だぜ。御立派なもんだぜ) 跡部の心を占める感情は重く暗い。その時跡部が手塚に抱いた感情は【嫉妬】であっただろう。自分が喪ってしまった、もう二度と手にする事のできぬ夢を、その手に持つ手塚に対して、羨ましいのではなく妬ましいのだ。 「だから跡部、お前の力を貸して欲しい」 「は、俺様もお仲間扱いしてくれるって?ありがてぇこったな」 「そんな言い方はないんじゃない?手塚は君の事を思って・・・・」 「ありがた迷惑ってぇ言葉もあらぁな」 「――跡部、君は」 不二の表情が厳しさを増したが跡部は迷惑極まりないという態度を崩さなかった。 「不二、すまないが引いてくれ。跡部とは俺が話したいんだ。誤解を招く言動の多い奴だが、本当に信頼できる奴だと思っている」 「確かに跡部の経験と知識は貴重だけど、ここまで和を乱すような奴は危険じゃない?」 「そうは思わない。跡部の助力が無ければ俺達は一人として生き延びる事ができないだろう。いや、今ここに居る半数以上が命を落としていただろうな。――それだけではない、か。正直に言おう。俺は跡部に傍らに居て欲しい。この場だけではなく、ここから外に出た先でも」 「あ、はは。まるでプロポーズみたいだね。手塚が誰かに執着するなんて珍しいや」 「そうかもしれないな」 「え?」 「プロポーズかと言っただろう」 「え?あれ?本気?」 「・・・・・・・」 手塚の顔はどこまで真面目だった。 「―――っ、そこは否定しろよっ!」 上擦ったような叫びにつられて目を向ければ、跡部の白い顔に朱が走っている。冷然とした態度が初めて崩れた瞬間だった。 「てめっ!冗談は眼鏡だけにしやがれっ!」 「・・・・・・ジョークで眼鏡をかけた覚えはないが。まぁそう照れるな」 「照れてねぇよっ!!!」 そう叫ぶ跡部の顔は、今までにないくらいに年相応で、ああ、跡部も自分達と変わらぬのだと、今更ながらに皆が思い知る。自分達に見せていた跡部の顔は一面でしかなく、これこそが本来の彼の姿なのかもしれないと、手塚が跡部にこだわる理由がわかったような気がした。 [ 2006/10/27 ] 09.盗聴 「あとべー結構可愛いにゃー」 「・・・・・・触んじゃねぇよっ!」 人懐こい菊丸が跡部の背後から覆い被さるようにして抱きついた。咄嗟に払い退ける跡部だが、その顔は未だ赤いままで、何やらほんわかした空気があたりを包む。 「いい匂いだにゃー」 「お、おい、英二?」 ほわん、と嬉しそうな表情を浮かべる相棒の菊丸の体を支えつつ、大石は菊丸の目の前でぱたぱたと手を振った。 「あ、本当だ」 「・・・・ふむ。跡部は何か香り物を付けているのか」 「――なっ!」 気づけば取り囲まれていた跡部は、興味深々といった態で跡部に近づきその匂いを嗅ぐ不二と乾の二人から、ひきつった表情で距離を取ろうとする。いきなり匂いを嗅がれれば、まぁ当然の反応と言えるが。 「・・・・・・お前達」 「何?手塚」 「跡部から離れろ」 身を張って守るかのように、乾達との間に己の身を滑りこませる手塚に跡部は複雑そうな表情を向けた。行動理念が掴み辛い得体の知れない二人よりは手塚の方がまだまし――その感はあるものの、手塚に借りを作るのも嫌だったからだ。 「手塚って結構嫉妬深いんだね」 「新たな発見だな」 「あはは。手塚も人の子だって。それに手塚って結構心が狭い所があるんだよ」 「手塚のケチー」 わいわいと騒ぐ仲間達を見据える手塚の視線はきつい。ほぼ睨んでいると言って良い。だが、彼らもまた一癖も二癖もいかぬ者達ばかり。平気な顔で受け流していた。 「・・・・・・・・・・・・・」 楽し気な光景が喪った者達の顔を思い起こさせる。自分達もああして、埒もない事で笑いあい、ふざけあい、輝くような時間を過ごしていたのだ。触れる手の温かさを今も忘れない。命が失われ、冷たくなった体の硬さを忘れない。彼等が自分に向けてきた想いの深さを――けして忘れる事はできない。 「―――跡部」 「・・・・・触るな、ったろうが」 今度は払いのける事なく、静かに身を引いた。手塚の手が跡部の肩に触れる寸前の状態のまま、空に浮いている。 「泣きそうに見えた」 「泣かねぇよ」 「触れてはいけない理由は何だ?」 「・・・・・・・・・あいつら以外に触れられたくねぇんだよ」 「そうか」 跡部の言葉に納得したように手塚は手を引っ込めた。 「跡部は、氷帝は・・・・仲が良かったんだね」 「それがどうした」 「話してくれないか?彼等の事を。彼等の事が無為の存在であったとは、俺には思えない。覚えていたいんだ」 「そうだね。僕達の代わりに命を落としてしまった彼等の事を、知っておきたい。彼等が最後にどうしたのか、教えて欲しい」 「生憎だが、話をするつもりはねぇ。あいつらの命はあいつらのものだ。てめぇらにゃ関係ねぇだろ。お涙頂戴ものを望んでんなら他をあたりな」 「そんなつもりはない。すまない、無神経だっただろうか」 「―――別に。何があったかなんて、俺も一部しかわからねぇ。当事者だったからな。記録は、残ってるんだろうけどよ」 「それはどういう意味だ?」 「・・・・・・盗聴装置が付いてる話はしただろ。俺達参加者の管理もあるが、最も役に立ってるのは、薄汚ねぇ覗き見にだ」 「僕達の会話を記録しているって事か。・・・・その死に様までも」 「舌なめずりしながら、聴いてんだろうよ。密かなお楽しみって奴だな。――それと、こいつを元に賭けも行われてるんだぜ」 「な?!」 跡部の言葉に、全員が息を呑む。 「・・・・・莫大な金がかかった生き残りゲームだ。こいつを当てれば一生遊んで暮らせるってぇ話だぜ。胴元は奴等だが、賭けに参加しているのは・・・・・・生徒達の親も含んでいる」 「馬鹿なっ!」 「父や母がっ?!」 「・・・・母さん・・・・」 「勝ち抜いて、生き残った先で、出迎えてくれる親が居る。その親は子供が命がけで戦うサバイバルゲームで賭けをしていたんだ。大抵は自分の子供に賭けるから、大儲けだな。勿論、抵抗する親も居る。冗談ではないと、食ってかかった場合――参加権の代わりに与えられるのは容赦ない鉛弾だ」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「つまるところ・・・・生きていたら、賭けに乗ったって事なんだよ。今も安全な壁の向こう側で、俺達の様子を伺っているんだ。札束を握り締めてな」 跡部の言葉は、彼等に帰る場所はもうないのだと、突きつけていた。 [ 2006/10/27 ] 10.始まり 頬を抜ける風はひんやりとしていた。 荒涼とした荒地に跡部は一、人立っている。 ひそやかに近付いてくる他人の気配にぴんと真っ直ぐ延ばされた背に微かな緊張が走った。 「・・・・・・・一人にしろと、言った筈だ」 「生憎だがそれはできない。お前にもしもの事があれば全てが瓦解するんだ。もっと自覚してくれ」 咎める口調に跡部は小さく溜め息を吐く。深窓の姫君が如く終始ガードをつけられ、一人では外にも出させて貰えぬ有様。うんざりもする。 もともと跡部は活動派だ。奥にこもって智略を張り巡らすよりも、率先しての陣頭指揮を好む。役目さえなければ切込み隊長として暴れ回りたいぐらいなのだ。 だが、まぁ自分に課せられた役割なるものを、跡部はよく理解している。祭り上げられるのもこれが初めてというわけでもない。効果を考えれは仕方がねぇな、と望まれるままに演じてもきた。 だが、もうちんたらやっている余裕はない。事は走りだしたのだから・・・・。 「俺が消えても誰か代わりが出て来るさ。転がりだした流れは止まらねぇ」 「そうではない。お前だから、お前が居るから、俺逹は走り続けられるんだ」 「お膳立ては揃ってる。泣き言抜かしてんじゃねぇ」 「跡部は本気で自分の価値を自覚してくれ。気が気ではない」 「うるせぇよ。触るな」 伸ばされた手が触れる寸前、跡部はその手をぱしりと弾いた。 「まだ駄目か」 「そっちが学習しろ」 「考慮はしておく。だが、そんな薄着では風邪を引くだろう」 「んなヤワじゃねぇ」 「体を壊してからでは遅い。―――これで少しはましだろう」 手塚は上着を脱ぐと跡部の肩にかけた。伝わる熱がじんわりと跡部を包む。 「・・・・気に入らねぇ」 「何がだ」 「―――余りやがる」 憮然とした表情で袖のあたりをつまむ跡部に、手塚の顔が僅かに綻ぶ。普段の鉄面皮を崩さぬ手塚を知る者がそれを見たら、驚きに目を見張った事だろう。 「悪いな、ワンサイズ上なんだ。だがこういう時、俺の方が小さくては様にならないだろう」 「ふん」 悪態をつきつつも、跡部は手塚に上着を突き返しはしなかった。軽く襟元を寄せた事からいっても、寒気を感じていたのだろう。実際、手塚がここに来て間もないのだが、足元から冷え込みが広がっていくような気がしている。そんな中で、跡部はゆうに1時間は過ごしていたのだ。 「戻ろう。皆も心配している」 「―――悪ぃな、俺の我侭でよ」 「跡部が謝罪するとは珍しい」 「んだよ、そりゃ。俺様だってな―――ああくそ、なんでてめーは、そうやって・・・・戻すんだ」 「・・・・・・・・・・・」 かしりと頭を掻く跡部の困惑を、手塚は気づかぬわけではない。祭り上げる駒としてだけ接すればよいと、跡部が望んでいる事を知っていても、その望みを叶えるつもりはない。代わりにはならないだろう。彼等は跡部にとって絶対の存在だ。その結びつきは今なお強固で、跡部の心をがんじがらめに縛っている。 彼等は確かに跡部を想っていたのだろう。信頼と愛情をもって結びついていたのだろう。だが、手塚にとってそれは呪いにしか見えない。彼等はその命をもって、生涯断ち切れぬ鎖で跡部を絡め取ったのだ。 「ここに来たいといったのは俺の我侭だ」 「そうだな。だが、跡部にとっては必要な事なのだろう」 「・・・・・知ったような事抜かしてんじゃねぇよ。―――ここは、俺達が戦わされた島だ」 「何もないな」 「俺が回収された後、ここはミサイル訓練の目標点となったんだとさ。残るわきゃねぇ。島の形事態変形してやがるぜ。―――あの先が、海に向かって突き出ていた。向日が落ちた。あそこは―――林だった。宍戸の馬鹿が柄でもねぇ長広舌をかましやがった。向こうは―――島民達が住んでいたらしい民家があった。残されていた米で萩之介が粥を作ってくれた。―――あそこに、川が流れていた。干上がっちまって跡形もねぇがな。忍足の野郎が鈍臭く足を滑らせた」 「・・・・・・・・・・・」 「―――ここで、ジローが眠った。一緒に寝ようと、煩かった。あんまり煩ぇから付き合ったんだがよ・・・・・・・・目が覚めたのは、俺だけだった」 「・・・・・・・・・跡部」 「同情すんな。慰めんな。てめぇから何か許しを得たいなんざ、思っちゃいねぇんだよ。俺は、大丈夫だ。狂う事もなく、ここまで来た。あいつらを忘れる事なく、ここまで来た。涙なんか流れねぇ。悲しみなんざ、感じてねぇからな。あいつらは確かに死んじまった。俺がこの手で殺した。だが・・・・ここに――――居る。だから俺は、ここに来たかった」 「・・・・・・・・・・・・」 跡部は答えを求めていなかった。手塚の言葉を求めていなかった。相槌も慰めも何の言葉も、手塚は口に出す事ができない。 「―――見ろよ。夕陽が・・・・・沈む」 「燃えるような、夕陽だ」 「ふ、詩人だな、手塚よ。この国を俺様が・・・・・・・・・沈めてやるよ」 「お前ならば、可能だ」 沈みかけた夕陽を背に振向いた跡部の表情は、影となって見えない。その姿を眩しげに見やり、手塚は目を細めた。 [ 2006/10/28 ] /. 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