「あとべは俺達の花だねー」
「……まだ寝ぼけてんのか?」
「起きてるC〜!」
グシャグシャと乱雑にタンポポ頭を掻き回すと、文句を言いつつも満面の笑みでジローがハイテンションに起き上がる。主張通り、眠りの世界の住民というわけではないらしい。
「ふふ。ジローの言う事もわからなくはないかな」
「……萩之介まで何抜かしてやがる」
「別にからかってるわけじゃないよ?かたくなな蕾が、俺達の前でだけ柔らかく咲き誇る特権の事を言いたいんだろうな、と思っただけ」
「花、ねぇ。ま、跡部は激いい匂いすっけどよ」
「宍戸、てめーは死ね。今死ねすぐ死ねとっととくたばって世界に貢献しやがれ」
「あぁ?!褒めてんだろーがっ」
「気色悪ぃんだよ」
「てめっ!」
今にも掴みかからんかとしていた宍戸を止めたのは狙いすましたかのタイミングでやってきた呑気な声だった。
「何やまた戯れあっとんのかいな。痴話喧嘩も大概にせぇ」
「まーた乳くりあってんのかよー」
「ばっ!ふざけんなっ!大体跡部に乳なんざねーだろっ」
「せやな。ホンマ惜しいわ。この顔で乳あったら最強やで?」
「黙れ変態」
「ぉわっ!」
「ってぇっ!俺は関係ねーだろっ!」
「うるせぇ同罪だ」
「ざけろよっ!」
「跡部。乳ないからいうて、気にする事ないやろ。跡部の脚は絶品や!この脚ひとつで傾国もんやもん」
「だ・ま・れ・糞変態がっ!」
言葉と共に跡部の足に縋りつかんばかりの忍足に、跡部渾身の蹴りが炸裂する。容赦ないその蹴りに吹き飛ばされた忍足の顔が、苦痛よりも嬉し気に見えたのは気のせいだろうか。いや多分気のせいではないだろう。
「あはは〜ゆーしばっかで〜!」
「おしたり本当あとべが好きだよな〜でもあげないC〜」
「ふふ。ジローも相変わらずやるねー」
「激ダサ」
笑いあっていた。
いつもいつも、笑いあっていた。彼らの集う所、そこはいつも笑いと騒動に満ちていた。
花々が咲き乱れる筈の春の季節。異常気象の冷え込みは、草木の息吹にも影響し、春の目覚めを遅らせて、代わりとばかりに未だ冬の吐息で満ちていた。
例年ならば学園を取り囲むように埋められた桜の大木が春爛漫の言葉通りに咲き誇っているものだが、この年ばかりは未だ寒々しい裸木のままだ。白い積雪が足下に眩しい。
季節外れの大雪は何か不吉な事の前触れかと、朝夕流れるニュースでは危ぶまれたものだが、ここ、この氷帝学園においては様相が異なる。我ら氷帝学園の門出には、これこそ相応しいではないかと笑い飛ばす者の方が多かったからだ。
「桜の開花は当分先、みてぇだな」
「通り過ぎて夏が来たりしてなっ」
「え〜それやだ。俺、皆と花見したいC〜」
「大丈夫だよ。すぐに暖かくなるから、皆で花見をしようね」
「それまで、俺達の花を愛でたらええ」
「・・・・・・だな。って、てめっ、いつから聞いていやがった?」
「お約束やーん」
明らかに外で聞き耳を立てていたであろう発言を、悪びれるでもなくさらっと言ってのける忍足に、律儀に突っかかるのは宍戸ぐらいなものだった。
「――だから誰が花だってんだよ」
「褒めてんだからいんじゃね?」
「・・・・向日」
「そうだね。まぁ散って貰っては困るかな。いつまでも華やかに咲き誇っていて欲しいし」
「・・・・萩之介」
「あとべの傍らってよく眠れるC〜。お気に入りの木の下で寝てるみたいに気持ちE〜」
「・・・・ジロー」
「真面目な話な。一年前の桜の木の下での誓い、忘れたわけやない。この気候やし、今年は無理と思っとった。何や結局、皆跡部ん所に集まっとるやないか」
「・・・・忍足」
「桜の木ってより、跡部が中心なんだよな。いつだってよ」
「・・・・宍戸」
言葉と共に向けられた真っ直ぐな視線。いきなりマジになってんじゃねぇよ、と軽く返す筈が、うまく言葉を乗せられない。
「まぁそんなわけで結成式。桜が咲いたらもう一度仕切りなおしって事で、今日は跡部を中心でいいかな?」
「・・・・・・・・・・・・」
最後を取りまとめるかのような滝の言葉に押し切られたような形ではあったが、跡部は仕方ないとばかりに頷いた。
一年前。
偶然学園一番の桜の古木の下で集まった六人。
目が合った瞬間に確信した。こいつらだ、と。それは跡部に限らず、そこに集まった皆に共通した感覚だったようだ。
半数は跡部にとって中等部へ入学する前からの知己。残る二人は初めての顔合わせであったのだけれど。不思議と妙な馴染みがあった。
向日は初心者だった。忍足は経験者だった。そして二人は入学前からテニス部に入ろうと決めていたらしい。
あの桜の古木には、何か吸引力でもあるのだろうかと思っていた。跡部にとってかけがえのない奴等に引き合わせてくれたその木の元に、今年も足を向けようと思っていた跡部だったのだが、そうではないのだと彼等が言う。
恥ずかしい奴等だぜ――と、何とか表には出さずに済んだものの、内心としては照れて仕方が無かった。
「・・・・・・・・あとべ。泣いちゃ、駄目だよ・・・・花が・・散っちゃう・・・・」
「――――――」
再び、あの桜の木の下で―――。
その約束は果たされる事もなく。
白い手を染める赤黒い血痕だけが、現実のものだった。
(花びらのような君の心)